#13 命のオンジンはアナタ。
◇テスタントドラゴンに乗りワプル村を後にした二人。そのすぐ直後、エンドルゼア東部の空には異常なまでに興奮する小さな女の子と悪魔の姿があった◇
「すごーーい!景色が綺麗ーー!うわぁーーぃ!」
(『俺たちは竜に乗っている!!竜だぞ!!ヒャッハーー!!』)
テスタントドラゴンの背の上ではしゃぐメル(と、自分で飛べるくせに乗っている俺)は早くもワプル北にそびえるツナウ山脈へと差し掛かっていた。
(『プルルルルルゥィッフィーーー!』)
「ウィィィィィッヒィィーーーーーー!」
「あの、喜んで頂けて私も嬉しいのですが、もう少し静かにして頂けますか?私は元々聴力が高いのですが、この姿だと普段よりかなり高いものでして」
特徴的な低い声に注意され、俺たちは背筋を伸ばしてお互いの顔を見合わせた。と言っても、俺の声がテスタントに聞こえる事は無いので、メルはアホみたいに一人で騒いでいた事になる。
「あっ、すみません……」
耳まで真っ赤にして謝るメル。しかし、少し注意されたからといって、この興奮が簡単に冷める筈がない。ドラゴンの存在しない世界から来た俺にとっては夢のような出来事なのだから。
「テスタントさん!本当にすごいです!!もうツナウ山脈の山頂を越えるんですね!」
「ええ、せっかくですので少し山肌を掠めながらツナウ山脈を越えて行きましょうか!しっかりお掴まり下さい!」
何だかんだ言いながら上機嫌だな、テスタントドラゴン。ニクい演出じゃないか。
「わぁ!低空飛行ですね!?見たいです!うわぁ!わくわくするー!」
メルはテスタントの提案に体を揺らして喜び、しっかりと掴まりながら明るい声を出した。本当に無邪気な子供というのは、見ているこちらまで楽しい気分にしてくれるな。
キィィィイイン!
風を斬って降下して行くテスタントドラゴンがツナウ山脈の尾根のすぐ上を狙って飛んでいく。
早送りの映像のように近づいてきた尾根、その上スレスレを巨大な竜に乗り飛び抜けたのだから、迫力と感動は想像以上である。
――バッチィィイン!
ん?尾根を通りすぎる瞬間に何か聞こえた気がするが。
「い……っ痛いー!!何か当たったー!痛いよーっ!」
酷い音が聞こえたかと思うと、何故だかオデコを押さえ痛がり始めたメル。テスタントドラゴンが地面にぶつかった訳でもないし、尾根には一本の木も生えていないのだから、木の枝が当たったという事でもないだろう。
「むっ!?どうしましたか?」
「ふぇぇん、何か硬い虫みたいなのが顔に当たりました……」
オッドアイを涙でショボつかせて答えるメルを見ると、オデコの真ん中がふっくらと腫れており、まるで額の秘孔でも突かれたかの様に赤くなっている。
「なるほど、地面が近いと虫が居ますからね……、上空に戻りましょう」
テスタントドラゴンは少し申し訳なさそうに呟くと、即座に翼の角度を変えて上空へと空路を戻した。
しかし残念ながら、初めてドラゴンに乗ったメルの思い出は、オデコに硬い虫がぶつかった記憶として上書きされたことだろう。既に興奮は完全に冷めきり、黙りきって死んだ魚みたいな目をしているのだから。
下を見渡せばワルプ村側とは反対側のツナウ山脈北側の景色が広がっている。特に気候が違うわけでは無さそうだが、ツナウ山脈南側よりも緑や短い木々が多く感じる。
(『なぁ、メル!あとどのくらいで城につくのか聞いてみよーぜ?』)
「(えー、別にいいよ。そのうち着くでしょ?)」
俺の声に素っ気なく返すメル。テンション下がり過ぎで怖いわ!
「そうですねぇ、後少しでしょうか。もうじき見えてくると思いますが」
聴力の上がっているテスタントドラゴンにはメルの小さな“一人言”が聞こえたようで、到着時間を教えてくれた。
5分……
10分……
俺の体内時計はかなり正確なのだが、それらしき場所は見えてこない。
(『メル、トイレは大丈夫か?』)
「(うん)」
20分……
たまに小さな村が見えたり、湿地が見えたりしていたが、緑の多い地はまだ続いている。
30分……
またひとつ小さな山を越えると、少し岩場の割合が増えた。
40分……
って…おいおいおい!テスタントさんよぉー!何が後少しだコンチクショー!もういっそここでお前を叩き落として自分で飛んで行こうか?アアン!?とか言ってやりたいが、我慢するか……。
約1時間…
「さぁ!見えてきましたよ!あちらが我が主の治める浮遊城です」
そう言うテスタントドラゴンの声は少し高く、嬉しいのが俺にも伝わってくる。
見えてきた島は本当に空の上に浮かんでおり、雲ひとつない青い景色にぽっかりと美しい絵画のように存在していた。
昔、祖母が集めていた絵葉書の中に、外国の海に囲まれた綺麗な町の写真があったのだが、この町並みはそれによく似ている。
(『やっと着いたな、綺麗な島が本当に空に浮かんでるぞ!』)
「………………」
メルは険しい表情をしたまま、唇を噛み締めて押し黙っている。
「フフ、少し時間がかかってしまったので疲れてしまったのですね?城に着きましたら主に合う前に少し休憩致しましょう」
黙っているメルの気持ちを察してテスタントドラゴンが声をかける。
少し時間がかかってしまったので。じゃないよ!お前はあと少しって言ったんだぞ!あと少しって!あれから一時間は経っとるわい!
「………て」
ん?
「はや……て」
(『メル?何か言ったか?』)
「早く降りて!って言ってんでしょーオオオォォォ!!」
突如として鬼の形相で咆哮したメル。その小さな体からは想像できないほどの声量により、まるで魔法が使われたかのように音の衝撃波が生み出された。
(『おおっ!??』)
「プギィィィィイイィィ!」
メルの超音量の咆哮にテスタントドラゴンの鼓膜が破れ、耳から血を出し叫び声を上げると、そのままフラフラと浮遊城めがけて落下を始めた。
「……………!!」
メルの形相は依然として鬼のまま。よく見ると両手でお腹の下の辺りを押さえている。
えっ!?まさか!?メルの奴……。と、とにかく!この状況を何とかせにゃー!!
魔力の塊であるこの体に力を巡らせた。創造するイメージは巨大な手と翼!ググググッ!体が音を上げて変化してゆく――。
(『ガァッ!!』)
巨大化させた手で落ち行くテスタントドラゴンを鷲掴みにし、メルをもう片方の手で“ふわっ”と掬うように掴み上げた。
それにしても落下が早い上に、握り潰さないように加減しながら翼も同時に動かすのが思った以上に難しいじゃねぇか!けど、失敗する訳にはいかんよな!
――ブワッ!
作り出した影の翼が大きく広がり、風を受ける。少しでも落下の勢いを殺して浮遊城に着陸出来れば良いが――。
◇粘るルベルアをあざ笑うかの様に、浮遊城は猛スピードのまま目前へと迫っていた◇
(『ウォォォォオ!』)
落下抵抗を高める為に限界まで翼を広げたのに大して効果無いぞ!くそっ、航空力学とか習っとくべきだったか!?
真下に見える浮遊城はかなりの大きさがあり、近づくにつれ島の中に居る天使と思しき住人たちが落下してくるドラゴンに気付き、不安そうに見上げている。
(『グギギッ!』)
歯を食い縛り再度上昇を試みたが、全身に分散された魔力を上手くコントロールする事に失敗、全ての勢いを消すことが出来ないままに浮遊城へ落ちた。大爆発が起こったような轟音を響かせて―――――。
(『はぁ、はぁ、何とかなったぁ!』)
◇結果から言えば、着地に成功した!と言って良いだろう。
というのも、ルベルアは着地の直前に体の下の部分を伸ばし地面に突き刺した、それにより地面にはボッコリと穴が空いてしまったのだが、突き刺した反動と伸ばした部分が若干のクッション性を生んだ事によりテスタントドラゴンもメルも無傷で済んだのだ。
それが計算だったのか、偶然によるものだったのかは……気にしてはいけない。どの道この出来事について本人が浮力が生まれなかった理由を知るのは随分と先のことになるのだから◇
いやー、危なかったー!……じゃない!危機はまだ去ってないんだった!!
(『メル!』)
俺は右手を開放し、ただ名前を呼んだ、皆までは言うまい!
「ごめんなさい!」
野次馬が集まり始める中、謝りながら勢いよく俺の右手から飛び出したメル。
「すいません!誰か、トイレ貸してください!!」
メルは必死だった!誰がなんと言おうとメルは必死だったのだ!
天使族の一人が何かを察してくれたのか、グッタリとしたドラゴンと共に空からやって来た謎の女の子を怪しみもせずある方向を指をさした。
「トイレはあそこよ!」
メルはその場所を確認すると力強く地面を蹴った。もはや“走ると出ちゃう”とかいう次元では無いらしく、もの凄いスピードである。
「もう少し!!」
叫ぶメルの背中を後押しするように俺も叫んだ!
(『行っけぇぇぇぇぇえ!!』)
―――――少しして申し訳なさそうに戻ってきたメル。住人達に捕まっていなかったようで安心したぞ。
(『お帰り、無事に済んだようだね。さて、メル君。君はアレかね?漏らすくらいなら天使の一人や二人、亡き者になっても良いという考えなのかね?』)
わざとらしく問いかけてみる。実際、さっきのメルは漏れそうだったとはいえ、少し……いや、結構変だった。可愛い相棒の今後の為にも、叱っておくべきだろう。
「(ううっ、ごめんなさい……。まさかあんな事になるとは思わなくて……)」
メルは萎びた風船のような顔をして謝ると、“ハッ”と周りを見渡した。
「(あれ、ルアさん。テスタントさんは何処?大丈夫なの?)」
(『ん?ああ、魔法解除でテスタントのドラゴン状態を解除したらすぐに周りに居た天使の人達が医務室に連れてったみたいだぞ』)
その時の天使族の女性は綺麗だったなぁ。ムフフフ
(『俺の姿が見えれば誤魔化しながら事情を説明したんだけどさ、メルがまだここに居るって事はこれから警察みたいなのが来るのかな?』)
「(うーっ、そうだよね。どうしよう……)」
(『まぁ、手段さえ選ばなきゃなんとかなるだろ』)
――と、悪どいことを考えていると治療を終えたらしく、テスタントが戻ってきた。メルの事を恨んでなきゃ良いんだが、状況が状況だけに怒ってるよなぁ。
「テスタントさん!私、あんな事になるなんて思わなくて!ごめんなさい!」
メルが慌てて駆け寄り、深々と頭を下げて謝ったが、テスタントは怒っているというよりは、清々しい顔をして首を横に振った。
「メルさん、あなたの所為ではありません!むしろ貴方は命の恩人です!」
(『えっ?』)「えっ?」
「確かにメルさんの声で私は耳をやられました、しかし鼓膜など回復魔法ですぐ治るものです。問題はその後です」
『……。』「……。」
「あの時、私は何者かにより体の自由が奪われたのです!抗えぬ程の強大な力で!恐らく伝説の12神の悪戯か、何処かの強大な魔族の仕業でしょう。あなたが落下の衝撃を和らげていなければ私は確実に死んでいたでしょう。本当にありがとうございました!」
「う……え……っと。気にしないでください」
メルはそう言いながら俺の方をチラッと見る。
『あの時、コイツはメルの声で完全に気絶したよな?耳からドバドバ血を流してさ!おまけにトイレ以下の存在にされてよ?へぇー、そっかー。俺は悪者かー』
俺はお菓子を取り上げられた二歳児のように不貞腐れた。
そりゃ、影状態から実体化しても結局メル以外の奴には姿が見えないよ。それは分かってるさ。けど、あんなに頑張ったのに悪者扱いは酷いよなぁ。
するとメルが身振り手振りで“私は分かってるから!”“ルアさん頑張ったから!”“ルアさん、大好き!大人になったら結婚して!”という仕草をしている。
あ、最後のは違うか。んー、まぁメルが分かってくれてるなら良いけどさ。
それにメルが天使達から恨まれる事になったら大変だったしな、うんうん。そうだ、俺は器は大きく、心は広く!良い悪魔なんだ!気を取り直して優しい言葉でもかけてやるか!
(『まぁ、俺はメルが――』)
「しかし、あの様な感覚は初めてでした。あぁ、おぞましい!まだザワザワしますよ気持ち悪い」
(『――無事だったからそれで良いさ』)
◇この世界に運命の女神というものが居るとすれば、その女神の悪戯であろう。ルベルアがメルに語りかけると同時に、テスタントはその身に感じた嫌悪感を顔を歪ませて伝えた◇
『………。』
「………。」
ダァれが命の恩人だと思ってんじゃ!このクソピクピク天使野郎がぁぁぁあ!握り潰してやろうかクルァァア!
◇怒り狂う悪魔を尻目にうっすらほほ笑む女の子が居た◇
(はぁ、怒られなくてよかった!)