#115 花弁と髑髏。
「行ったか?」
「ああ」
とある岩影に怪しく身を潜める二人の男達。
ボサボサに伸びた長髪をガシガシと手櫛で整えながら一人が尋ねると、もう一人は線のように細い眼をさらに細めて答えた。
「どうやら飼い犬の片割れはお留守番みたいだな」
「ふぅん、予想通りってとこか」
「通話石は?」
「忘れるわけないだろ。それにしてもよ、通話石、このまま売って逃げちまえばしばらく遊んで暮らせるんじゃねぇのか?」
「やるなら一人でやれよ?俺は逃げきれる自信が無いからな。ってか、親の魔石も無きゃ買い取り手なんて現れないぞ」
「……冗談だって。それに、通話石売らなくたって、今回の作戦が成功すれば十年は遊んで暮らせる金が手に入るんだ」
「しっかし、本当に成功するのかね?」
「大丈夫だろ?なんたってギルドからの使いなんだ、俺達みたいな凡人とはレベルが違うんだろうよ」
「だと良いがね」
「そんじゃま、開始の合図といこうか」
一人が腰に付けてある袋から取り出したのは、手のひら大に加工された六角柱の魔石。
男によって魔力の込められた魔石がぼんやりとした光を帯びる。
「“足の悪い飼い主は杖を手放さなかった。が、全ての槍は投げられた”」
――パキン。
男が何者かに向けた言葉を発すると、綺麗な六角柱には無数のヒビが入り、やがて砂の様な粒子となってサラサラと風に流れた。
「あーあ、話には聞いていたが、本当に一回使っただけで壊れるんだな」
「所詮、俺達になんぞ粗悪品しか渡されないさ」
◇◆◇
「いよいよか!ラバンニ、ジークス、お前達の出番だ!急ぎ我らの宿願を果たして参れ!」
豪華絢爛な部屋の中、居るのは四人の男。
長テーブルの中央に置かれた六角柱は高さ約五十センチ、面から面の寸法が三十センチ程の大きな魔石。
部屋の品位に見合った格好をしているのは二人。
どこからどう見ても場違いな格好をしているのも二人。
「ケヒッ、ケヒッ、ケヒッ、そう慌てなさんなパルカスの旦那。獲物は安心安全な城の中でのんびり高みの見物を決め込んでいるんだろ?」
とある屋敷の一室。
魔石からの声を聞き、初めに口を開いたのは一番大きな椅子に座る、カールのかかった金髪と立派な口髭、まさに絵に描いた貴族と言える豊満な男。
それに答えるのは、黒ずくめの男。
オマケ程度の髪の毛を頭部に乗せた、見るからに陰険な面長の中年で、明らかに身の丈に合っていない大きな衣服を着用し、手を揉みながら話す様には一切の清々しさも凛々しさも無い。
「あふふっ、ラバンニぃ、おめぇさんの言うことは何時でも正しい。正しいぃぃ。あふふっ、獲物さん、余裕ぶっこきでふんぞり反っているに違ぇねぇ。違ぇねぇぇ」
ラバンニに同調するのはパルカスよりも一回り小柄ながら、顔も体もぽっちゃりと丸く、髪も髭も無い、鏡餅の様な男。
用意されていた砂糖菓子をコロコロとしゃぶりながらニタリと笑う。
「侮るな。奴は手負いとはいえ、一時は国内最強の騎士とまで呼ばれた男。その上、魔法師団も王都に留まったとなれば、そう簡単な話ではない。こちらは財産の半分を支払っているのだ、失敗は絶対に許さぬぞ」
「ケヒッ、だから俺達に依頼を出したんだろう?高級グラスに年代物のワインでも注いでさ、祝杯を上げる準備をして待っててくれよ」
「むぅ。イーストランスと上級兵士が同時に都を離れるなど、二度と無い好機。確実に殺ってくれないと困るのだぞ?」
「パルカスゥ、パルカスゥ、執拗いぞぉ。そんなに心配ならおめぇさんも来れば良いじゃねぇかぁ」
「お前達!アグレシオ公爵になんたる口の利き方を!本来であれば、お前達が直に話して良いお方では無いのだぞ!」
三人の会話を静聴していたやせ形のラバンニとジークスの振る舞いに怒りを露にするのは、苦労人である事が容姿からにじみ出ているやせ形の男。
きっちりと七三に分けられた茶色の髪は、怒りと共に若干の乱れを見せる。
「公爵ぅ?今は伯爵なんだろぉ?ねぇ、ねぇぇ?」
「貴様っ!」
「よい、ロウウェル。私に対する態度も呼称も、今は然したる問題ではない」
「パルカスの旦那もこう言っている事だし、そう怒るなよロウウェル・キシレーサ子爵殿。ケヒッヒヒ、怖い顔をされると、俺達もビビって本来の力が出せないかもしれないだろう?」
「……分かりました。ならばこれ以上の口出しは致しません。ラバンニ、ジークス、其方達の成功を心より願っている」
「へぇへぇ、此処に居ても寛げなさそうだ、行くぞ、ジークス。ケヒッ、ケヒヒ」
「あいよぉ、ラバンニぃ。行くぞ、行くぞぉ」
会釈のひとつも無しに部屋を出るラバンニとジークス。
ドアの外に待機していた護衛を「邪魔だ」と押し退け、ずかずかと歩いていく。
「アグレシオ様、本当に彼らに任せて大丈夫なのでしょうか?」
「依頼は確かな情報筋から出したものだ。あの二人が裏ギルド・ラナファイから送られた者ならば、この手の依頼に関しては信用するに足る実力者なのだろう」
「であれば良いのですが、ラナファイの本拠地は中央都市・ディトス近郊に在ると聞きます。はたして、この東の地まで優秀な人材を送るのか、正直、私は不安です」
「証は背中に刻まれた花弁と髑髏の彫り物らしく、関係の無い者が真似して名を語るは死を意味する、とも聞く。彼らの背にその彫り物がある以上、信じるより他ないだろう」
「そう、ですね。六年前に叶わなかった復讐を……今度こそ……」
「うむ」
◇◆◇




