#10 メシドキには来ないで欲しい。
◇
時に、ありきたりな風景は人に安心感を与える。
汚れて帰って来た娘をお風呂に入れ着替えさせ、一緒に晩ご飯を作り、晩御飯が出来ると娘はお父さんを食卓へと呼びに行く。お母さんはお手伝いをしないお父さんに小さくため息をついたが、娘はお手伝いの間お母さんを独り占めできて少しだけ嬉しかった。
――スィーー!!
そんな日常の風景に飛び込んできた黒い物体。
◇
(『メル!宿屋の親父が怒ってたの、あん時折れた木刀のせいだったぞ!いやー焦ったぁ!』)
俺がそう言うと、メルは“えっ、まじ?”という顔を見せた。残念ながら……マジだよ(笑)
「さぁ、早く食べましょう!」
ご飯の支度が整ったようで食事を促すエリス。テーブルに並ぶのは穀物の煮込みと白いご飯。
元・日本人としては白いご飯の存在は大きいよね。何て言うか、神だよね。この世界にも白米が在るって事は良き事だ。
「はぁい!」
子供らしく明るく元気な返事をするメル。
しかし一人だけ元気の無い男が居る。ハァとかフゥとか言いながらリビングと玄関を行ったり来たりしているモルドー。いつもの幸せ顔はどこへやら、今日は少しやつれている。
モルドーの奴、どうしたんだ?まぁ、娘が怪物じみたパワーで人を吹き飛ばした上に平然とトドメまで刺そうとしたんだから、ショックを受けるのも当然か。いや待てよ?モルドーは吹き飛ばした所までしか見てないか。
やっと食卓へ来たモルドーが椅子に座り、エリスとメルの顔を交互に見つめる。
「あー、すまないが大切な話があるんだ」
暗い顔のまま唐突に切り出したモルドー。
―――コンッ、コンッ!
が、モルドーが話を切り出すのを遮るようにドアをノックする音が鳴った。
「モルドー殿!!話が決まったか聞きに来たんじゃが!開けてもらえるかの!?」
外から聞こえてきたやたらとデカい声、それは村長のジジイの声に間違いない。
近所迷惑なジジイだな、帰れ!
村長のジジイの声を聞き、座ったばかりのモルドーが“バッ!”と立ち上がり玄関へと向かう。
「ああ!ワソ……村長、実はまだ話してなくて。今話そうとおもってたんです」
モルドーはペコペコしながら村長と言葉を交わすと、振り返り今度はエリスとメルに向けて言った。
「実は今日、村に居た天使族がメルを“天使族の城”へ客人として招待したいらしいんだが、その話を聞かされたとき、お父さんは可愛い我が子を安全かも分からない場所に行かせることなんて出来ないって反対したんだ」
ふむふむ、まぁ親としては当然の事だよな。よし、これで今回の騒動は終わりかな?
しかしモルドーの話はまだ続いた―――。
「反対したんだが、今回の出来事は村の今後に関わる事になるって村長が言うんだ。これから先、天使族とよい関係を作っていくためにも無下に断るわけにもいかないと」
要は天使族の誘いを断って逆恨みされ、村に侵攻なんてされたら目も当てられない!ってことだな。
悩むモルドーを意に介さず、メルが「私は行っても良いよ!多分、大丈夫だし!」と言いながらチラッと俺を見る。
(『えっ?ま、まぁいざとなったら飛んで逃げればいいか?』)
突然のメルのアイコンタクトに対して間抜けな返事をする俺。
実にあっけらかんとした様子のメルに続いて、エリスもにっこりさせた口を開く。
「良いんじゃない?この子強いし!今日だってボカーン!って変な人やっつけたしね。それに可愛い子は崖から落とせ!って言うじゃない?」
なんだその言葉は。この世界のことわざなのか?ライオンみたいな考え方だなオイ。
「村から出たこともない子をいきなりそんな所に行かせるなんて!それに遠くへ行ってしまって、この子に悪い虫がついたらどうするんだい!」
なかなか賛成する気になれないモルドー、その声が次第に大きくなってゆく。七歳の子供に悪い虫が付かないか心配するなんて、こんなんじゃあメルがお年頃になったらと思うと見てられないな。
それに、悪い虫はついてないが変な悪魔なら憑いているぞモルドーよ。
って誰が変な悪魔だ!んバカたれがっ!
「すまんが、話は決まったかの?」
ドアの隙間から村長のジジイが顔を出して結論を急かしている。
「村長!私行きますっ!」
急かす村長のジジイに答えるメル。
「ええーっ!メル!知らない土地に行くって事がどんなに危ないか分かってるのかい!?メルが強い子なのは父さんも分かってるけど、それでも父さんは心配だよ!」
突然のメルの言葉にぎょっとして目を大きくするモルドー。
「行ってらっしゃい!」
エリス、お前はもうちょい心配しろよな。
「決まったようじゃの。メルよ、急ですまんが明日の朝には向かってもらうでのぅ。今夜の内に服などは準備しておいてくれんか。食べ物は村で用意するでな。」
村長のジジイがモルドーを無視して話を進めだす。
「ちょ、ちょっと村長ー!」
「うぬぅ、お主の心配も分かるが……。そうよのぅ、メルを行かせてくれるなら村から礼金を出すことにするとしよう。そんなことくらいしかできんが」
村長のジジイはモルドーを金で買収する作戦だ。
「いや、村長!お金の問題じゃなくてですね?メルに何かあったら大変という話でして!」
モルドーは金の誘惑にも負けず食い下がっている。
今日のモルドーはカッコいいじゃないか!そりゃ村から始めて行く冒険地で浮遊城は無いよなぁ。行くのが愛娘ともなれば尚更だ。
浮遊城なんて、ゲームだとしたら後半のイベントで行く所だしな。初めのうちにそんな所に行っちゃイカンだろう。
初めの冒険は近くの洞窟とかの雑魚退治にしとこうぜ。ともかく今日のモルドーは正論を言ってるぞ!
俺はお前を応援する!どうか皆さま、清き一票を!
「ふぅむ…。仕方ないの、もう一度村の連中と話して来るとしよう」
村長のジジイはモルドーに根負けしたようだ。これで今回の話は――――。
「モルドーさぁぁぁぁん!居ますかぁぁぁ!?」
この声は……。俺と、恐らくメルにも……。
“ザワッ”と背中を撫でられるような感覚が湧きあがった。
「モルドーさん!あのねぇ!あの天使族に聞いたんだけど、ウチの宿壊したの、メルちゃんなんだってなぁ!いゃー私もね、子供のしたことにあまり大きい事言いたくないんだけどさ!壁だけじゃなく、大事な柱までやられちゃってるからこれはマズイってんで言いに来たんだよ!」
やっぱり宿屋の親父だ。ターゲットはモルドーか!?
突然の話にモルドーは目をパチクリさせて言った。
「えっ!?宿屋の旦那さん!?一体、なんのはな…」
「えっ!?とかじゃなくてね!建て替えたばかりのウチの宿が壊されちゃったの!メルちゃんに!
ただ、わざとじゃないみたいだからさ!全部直してくれるならそれで良いから!」
モルドーの言葉を遮ってまくし立てる宿屋の親父。知らぬ話の内容と、宿屋の弁償にかかる金額がどれ程か分からない恐怖でモルドーとエリスはお互いを見つめ合う。
―――――と、モルドーとエリスが同時にメルに問いかけた。
「メル?本当なの?」
メルは一瞬俺の方を見たが、すぐにモルドーとエリスの方へ向き直す。
「私そんなの……知らなかったの……ごめんなさい!」
まるで本当に知らなかったかのように、メルは泣きそうな声で二人に謝った。なかなか演技派じゃないか。
「うちはそんなにお金も無いし、同じ村の人に迷惑もかけられないし」
モルドーとエリスは困った顔をしながらヒソヒソと相談している。
「ウチも建て替えたばかりだから、気にしなくて良いよ、とは言えないんだよなぁ!すまんけども!」
怒れる宿屋の親父は更に追い込みをかける。興奮覚めぬその様子を見たモルドーとエリスは先程より大袈裟に困った顔をして見せた。
ここまで大袈裟だと馬鹿にしているようにも見えないか?
モルドーは自分のおでこを見ているかのような上目遣いで下唇を突き出した表情をし、エリスは全てのパーツがくっつくくらいに目と鼻と口を顔の中央に寄せて、しわっしわな顔を見せている。
馬鹿にしているように、と言うか。間違いなく馬鹿にしてるだろコレ!
「そんな顔されてもねぇ!!」
宿屋の親父は、やっぱり怒った。―――しかしその時、一人のジジイが流れを変えた。
ドアと宿屋の親父の隙間からヒョッコリと顔を出した村長のジジイが囁く。
「モルドー殿、あの話受けてくれるならば村のお金で代わりに宿を直しても良いんじゃぞ」
その言葉にモルドーとエリスは根競べでもしてるかの様に続けていた変な顔を止め、また二人で見つめ合うと、急にそそくさと動き始めた。
「はい、メルちゃん。これにクッキーとお水入れておくからね、忘れないようにね!」
エリスが小さな鞄をメルに手渡す。
「メル、これは小さな剣だけど壊れた木刀よりはずっと丈夫なはずさ。護身用に持って行きなさい。」
モルドーが暖炉の上に飾ってあった刃渡り五十センチメートル程の短剣をメルへと渡し、肩をギュッと抱きしめた。
そんな二人の様子を見て村長のジジイはニヤリ。
「ほっほ、宿屋の主人よ、そういうことじゃ。宿は村が直すから気にせんでええ。」
村長のジジイの言葉に納得したようでやっと帰っていった宿屋の親父。
それから話し合いを終え、すっかり冷めてしまった晩御飯を食べ終えた後の語らいのひととき、モルドーとエリスは口を揃えて言った。
「「メル、明日は気を付けて行くんだよ!」」
「う、うん。分かった。」
大人ってのは理不尽な生き物だよな。頑張ろうぜ、メル。