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#107 初めての謁見。(2)

 リエルが一ミリも頭を下げていない事に気付き、再び嫌な予感に包まれる。


 もちろん、その予感はヤハス以外のメンバーも感じ、メルが咄嗟に肘でリエルの脚を小突いた。

 すると、皆の不安を知ってか知らずか、リエルは自分以外に唯一立っていたヤハスへ目配せすると、コクリと小さく頷いた。


「…………?」


 ヤハスには、その頷きの意味するものが何なのかは理解出来なかったが、状況的に考えて“皆と同じようにすれば良いんでしょ?分かってるから安心して”という意味なのだろうと判断し、頷き返す。期待と願望を込めて。


 結果、リエルはおもむろに鞄に手を突っ込むと、中から一つの包みを取り出した。無駄の無い動きで包みを開くと、謁見の間には不釣り合いな良い香りが漂う。


 食堂・旅宿フタダ人気商品の木の実たっぷりパンである。


(えええっ!リエル!?何やってるの!?)


 本来であれば指示のあるまで頭を下げていなければならないメルなのだが、これには我慢できずに顔を上げ、リエルを凝視。とてつもなく自信に満ちた、誇らしげな顔をしていた。


「これはとても美味しいです!」


 声高々に言い放つと、天使族の秘宝かのようにベクール王にパンを見せつけたリエル。何を思ったか、今度はパクりと一口かじりついた。


「プククッ!」


「…………ワシの時間を無駄にする気か?」


 玉座の斜め後ろで背中を揺らして必死に笑いを堪えている魔導師とは対照的に、ベクール王トーラス・ドラフォイは酷く不機嫌そうに口を開いた。

 凍りつく現場の空気。王が発した息の止まりそうな一言に、誰ひとり眼を擦らなかったのが奇跡である。


「これが私に出来る最大の愛情表現です」


「愛情表現?」


 意味不明な言葉に、眉間にシワを寄せるベクール王。しかし、そんな王の表情を意に介さず、リエルはツカツカと歩み寄った。


「何を!?」


「止まれ!それ以上陛下に近づくと斬るぞ!」


「――――ッ!」


 剣を構え、怒声を上げる騎士達。もちろん彼らの耳には東門での出来事も届いており、メルとリエルを危険人物だと考えているのだ。

 ある意味、当然ともいえる騎士達の反応に、リエルの歩みがピタリと止まる。


「ヤハス殿に問う。この天使の娘が危険では無いと言い切れるか?」


「ふぅ。彼女の名はリエル、見ての通り純粋な天使族さ。危険人物なんかじゃないから怒らないであげて。自分も初めは驚いたけど、種族が違えば常識や礼儀作法も違う。人族と小人族(ノーム)がそうであるようにね」


 謁見が進まぬこの状況を気だるく思ったのか、ベクール王は頬杖(ほおづえ)をついてヤハスに尋ねた。問われたヤハスはいかにもそれらしい内容で答えたが、正直泣きたい心境である。眼を擦ってしまいたい心境である。吐きそうである。

 何せ、ヤハスとてリエルが何をしたいのかは分からないのだから。


「そもそも、どうして天使族とワプル村が繋がったのだ?元々関係があったという話しも聞かぬが、よもや結託して何かを企んでいる訳ではあるまいな」


「まさか。黒ノ王が引き連れてきた大量の鳥型モンスターを討伐している時に偶然出会ったと言っていたよ。それに、ワプル村はベクール王である君の領地、歴史が動いているのは国王()とリエルが出会った、今、この瞬間だと思うけど?」


「ふん。その取り繕った言葉だけで信用する気は微塵も無いが、これ以上時間を捨てるのも馬鹿馬鹿しい。今回だけは大目に見てやろう。お前達は剣を下げ、黙って見ていろ」


「ハッ!」


 熱くなっていた騎士達は返事と共に、剣を足元中央に、という元の体勢を作り出す。


「シャルティ、対処は其方に任せる」


「俺がここに居る。それだけで陛下の安全は約束されている」


 ベクール王にシャルティと呼ばれた魔導師が自信ありげに答える。顔は深いフードに隠れており、視力の高いメルは(おろ)か、より近い位置に立つリエルにも確認する事は出来なかったが、やや低めの女性的な声をしていた。


(シャルティ?聞いたことの無い名だけど、あれが噂のトーラスお抱えの魔導師団のトップかな?あの喋り口だし、かなりの手練れだと思っておいた方がいいね)


「うむ。さて、リエルよ、天使の愛情表現とやらを見せてもらおうではないか」


「はい」


 ベクール王からの許しを受け、再び歩きだしたリエル。ただひたすら一直線に玉座の前まで行くと、着ている白のワンピースの裾を片手でつまみ、ペコリと頭を下げた。


 これがカーテシーと同じ類いの挨拶ならば、両手でスカート部分の裾をつまむのが普通なのだが、片手に食べかけのパン、片手に裾、というのはかなり斬新なスタイルである。


 ベクール王の目の前という事で、流石のリエルからも緊張を窺えたが、表情はニッコリと可愛らしい笑顔を崩していない。


「ワシの目の前で、というのが天使の愛情表現か?」


「では、お言葉に甘えて」


「なっ!?」


「プグッ……!!」


 次の瞬間、ひょことベクール王の膝に腰掛けたリエル。

 謁見の間には、多くの鎧による雑音が溢れたが、騎士達がベクール王の言葉を思い出した事で、すぐに静けさを取り戻す。


 伏し目がちにリエルの行動を見ていたメル一行も驚きで心臓が止まりかける。むしろ、一瞬止まったかもしれない。


 そんな中、魔導師だけは玉座の後ろでくるりと体を反転させ、背中を震わせた。

 声こそ出していないが、誰の目から見ても大爆笑の真っ最中である。ベクール王の死角であるが故に、笑いを堪えることを諦めたようだ。


「はいっ」


「むぐっ!?」


「美味しいですか?」


「むぐむぐ、んん」


「はいっ!」


「ふごっ!」


 感想を求めておいての強制二口目、リエルのターンは終わらない。と思いきや、あまりにも恐ろしすぎる状況に耐えかね、メルが叫んだ。


「リエル!ストップ!悪気が無くても王様に失礼だよ!」


「ッ!!メ、メル!だって、私はただ……!」


「早く王様から離れて!あの、王様!本当にごめんなさい!!」


「むぐ、んん、うむ、不味くはない。リエルよ、其方、震えているのか?」


「はう、ええと、はい。ごめんなさい。もっと甘えたかったのに、緊張してしまいました。人族の王は天使の王より怖いです」


(えっ?リエル、怖かったのなら、どうしてあんな事を……っていうか、そんな事を言って大丈夫なの?)


「フッ、フアハハハハッ!いや、良い、実に良い。何か、ずっと昔に忘れてしまった感情を思い出した気分だ。怖がらせた事、謝ろう。震えがおさまるまでこうしていると良い」


「ありがとうございます。じゃあ、大国ベクールの王、口を開けてください」


「いや、パンはもういらぬ。それはリエルが食すが良い。それと、ワシにはトーラス・ドラフォイという名がある。リエル、そして黒き鳥ノ王討伐という偉業を成し遂げたお前達には、特別にワシをトーラスと呼ぶ権利を与えてやろう」


「はい、トーラス様」


「そんな!有り難きお言葉ですが、それはあまりに恐れ多いです!」


「ワシに一度言った言葉を変える様な恥ずかしい真似をしろと?」


「いっ、いいえ!」


(うええん!優しいのか怖いのか分かんないよ!でも、やっぱり王様、機嫌が良いんだよね?今なら普通にルアさんを紹介しても大丈夫だったりして)


(なんか、機嫌良すぎない?別に、呼ぶ機会なんて無いと思うから嬉しくないんだけど)


(って事は後払いの金貨二十五枚も確定ニャ!?)


(うおお!国王を名前で呼ぶ権利だと!今回の依頼、ローグ仲間への自慢の種が増えすぎて困るぜ!)


「分かれば良い」


「じゃあ、先に伝えていた通り、黒き鳥ノ王討伐に関する報告をするね」

(一時はどうなる事かと思ったけど、トーラスがあれだけ失礼な事をされて怒らないなんて、まさかリエル、誘惑(チャーム)の魔法を使った?いや、仮にそうだとしたら、奥の魔導師が見逃さないか)


 何故かベクール王の機嫌が良かった事を幸いとし、その機を逃すまいと、お辞儀をしてから即座に話し始めたヤハス。

 ようやく始まる謁見、眼を擦らずに済み、メル一行はホッと胸を撫で下ろす。


「聞こう」


 簡潔明瞭(かんけつめいりょう)に行われたヤハスの偽の(・・)報告。その内容はこうである。


 ・雲海の谷にてメル、天使族と共に黒き鳥ノ王を討伐した事。


 ・ドラゴン化した複数の天使により、ワプル村経由でベクール東門まで送り届けてもらった事。


 ・あえて東門を選んだ理由、リエル以外の天使が謁見に臨まなかった理由が、ドラゴンや天使族に面識の無いベクール王国民が恐怖し混乱する事の無いように、という天使王の配慮だという事。


 これらの報告に対してベクール王から出された質問は二つ。


 ・どうやってフスカ到着予定日を大幅に早められたのか。また、黒き鳥ノ王の強さはどれ程のもので、レコード・ルーラーの声以外に倒したという証拠があるのか。


 ・何故、天使王は数百年振りの異種族間交流をリエルに任せたのか。天使の大軍ならばともかく、天使王と護衛だけならば混乱は避けられた筈、そうしなかったのは人族への警戒からなのか。


 これら二つ以外に関しては、「天使王の書状からも予想はしていたが、東門での実践訓練と言い、メルの強さも一度この眼で確認しておきたいものだ」や、「ワプルを経由したとは思えぬ帰国の速さだな。ドラゴンは肉体的な強さだけでなく、人知を越えた速さも有しているという訳か」等と一人で呟き、勝手に納得した次第である。


 また、以外な事に、ベクール王は時折リエルからの耳打ちを素直に受けていたが、その内容は他の誰にも分からない。


 質問に答えたのはヤハス。


 先の質問には

「レイアの馬車酔いがあまりにも酷かったから自分が補助をしながら全力で走り続けたら、思いの外早く到着出来てね。黒ノ王には未だかつて無いくらいに苦戦したよ。何度も死を覚悟したし、仲間の命も失いかけた。正直、全員が無事だったのは奇跡としか思えない」

 と答え、ユクスから預かっていた一枚の羽を差し出した。


 次の質問では

「一緒に過ごした時間が短すぎるから、実際に会って話した自分の感想、って事になるけど、自分は天使王が人族に対してとても友好的な人物だと認識したよ」


「ならば、なおさらどうしてベクールへ招かなかったのだ?」


「ハッキリ言うと、天使王はすごく強面で、体もすごく大きい。もし天使王が来ていたら、かなりの騒ぎになったと思う。自分の予想だけど、リエルが選ばれた一番の理由は若さかな?」


「ほう?」


「多分、歴史が動く重要な場面をリエルに任せる事で、これから始まる人族との交流がより長く続くようにと。リエルが無事に帰れば他の天使族も人族が信用に足る種族だと認識する、っていう効果も狙いかな」


「なるほど、天使王は頭も回る人物だと窺える」


「うん。自分達からの報告はこれが全て」


 というやり取りが行われた。時間にして十数分、ヤハス以外の者はリエルを除いて相づちをしていただけだが、【兄妹演技作戦】第一段階の“偽報告”は無事に完遂された、


「最後に一つ聞くが、メルよ、天使王からの書状には其方が天使族・ワプル同盟の“盟主”とあったが、この先いったい何を目指すつもりだ?」


「あえっ!?あの、私はそんな――!」

(わああ!急におっかない質問きたぁあ!!)


「どうした?ワシに言えぬ事か?」


 顎に手を当て、意地悪な笑みを浮かべるベクール王。と、透かさずリエルが耳打ちをする。

 ちなみに、この謁見の中にあったどの質問でも解決できない一番の謎は、謁見中ずっとベクール王の膝上に座り続けるリエルの蛮行に他ならない。

 さらに加えると、すっかり安心したリエルは鞄から二つ目のパンを取り出している。


「(トーラス様、メルをいじめないで)」


「(ああ、分かっているとも)」


「えっと、上手く言葉に出来るかは分かりませんが、盟主というのは天使王ミハエル様が私を浮遊城に住む天使の皆に受け入れさせる為に使っただけのものなんです」


「同盟として何かを目指している訳では無いと?」


「はい。天使族は私の友達のような、家族のような、確かに大切な人達ですから、あえて言うなら助け合って平穏に暮らしていく事が目標です」


「分からぬでは無いが、其方に野心は無いのか?」


「今がとても幸せなので。ただ、私個人の目標という事であれば、ベクール総合学――――」


「イッップスゥウン!!」


「ふぐっ!」


「園で…………あ、ああ、リエル……!!」


「はわわ、トーラス様の髪が鼻に…………あの、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「へ、陛下!すぐにお拭き致します!!」


 顔面がパングズまみれになったベクール王。「ぷふぅっ!無理!」と吹き出し、玉座奥のドアから飛び出していった魔導師。

 大慌てで駆け寄り、ベクール王の顔面を拭くムアーカ。

 現場はまさに大混乱である!


 アーマス、レイア、ミナ、ヤハス、メル、五人は思った。“これは終わった!”と。

 そして、脳からの命令を待つことなく、体は自然に【眼を擦って】いた。


 レコード・ルーラーの声、発動!


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