#106 初めての謁見。(1)
「あっ、ごめんなさい!分かりました!」
「お金が貰えるんだから、早く行こうニャ」
「だな!」
(もう、早く行ってくれるならなんでも良いよ!)
控室を後にし、すれ違う兵士や身分の高そうな者に会釈をしながら謁見の間へと向かい歩いていたメル一行。
その通路の途中で待っていたのは、兜を被っておらず、他とは少し毛色の異なる鎧を身に付けた一人の騎士。
(綺麗な白銀の髪。お父さんの言っていた人……は短髪で白銀の髪だったから違うかな)
実はワプルから立つ際に、ルベルアとメルは注意人物としてモルドーから二人の人物に対する簡単な容姿を聞いていた。
仮にルベルアやメルの戦闘力的にはその者らに勝てそうであったとしても、仲間の身を案じるのであれば絶対に手は出すな、とも。
一人は、知らないという事で名までは教えてもらえなかったが、空色の髪と緑の瞳が特徴的な長耳族。
もう一人は、人族でありながら人族の限界を超えているという、裏社会の暗殺者【デュオ・ハザード】。その名が本名なのか通り名なのかは分からないが、経歴を考えると後者の可能性が高いだろう。
外見での特徴は、かつて滅びた白狼族そっくりの白銀の髪色に鋭い眼。右肩口から左の腰元までに残る大きな傷痕だとか。
鎧の上からでは傷痕の有無を見分けることは出来なかったが、長髪である事や、凛々しくはあれど鋭いとは少し違う眼に、この騎士がモルドーから聞いた注意人物ではないと判断した。
「皆様の成された功績、私も感銘致しました」
「おっ、お褒めいただきありがとうございます!わたた私はメルと言います!」
出会い頭、他の者と同様に軽い会釈でやり過ごそうとしたメルだったが、騎士からあまりにも丁寧な言葉を並べられた為、緊張も相まって不必要な自己紹介を行ってしまう。
「これはこれは、私のような者にまで名乗っていただき有難い限りです。私の名はムアーカ・ゲシュナルド、陛下より騎士爵を賜り、側近を務めさせていただいている者です」
「あの!宜しくお願いします!」
(ムアーカさん。お父さんの言っていた人とは名前も違う)
「メル、テンパりすぎ」
メルの唐突な挨拶にも澄ました顔で答えたムアーカは、肩に掛かった白銀の長い髪を背に払い、端然と頭を下げた。が、その振る舞いとは裏腹に、メルやリエルを見る眼は穏やかなものではなかった。
「へぇ?で、本音を言うと?」
「はは、やはりヤハス様は手厳しい。私は本音でしか物事を語りませんよ。さぁ、陛下が謁見の間にてお待ちですので」
平然と言葉を返し謁見の間へと歩み始めたものの、ヤハスの一言にはムアーカの口許も僅かに歪んだ。
「(ふぅ。どうしよう、き、緊張しすぎて上手に喋れないかも!)」
ムアーカの後を進むメルが胸を押さえながらリエルに囁く。
「(メルって変。どうして今更謁見くらいで緊張するの?どっちかって言うと、王と話す事よりもヤハス様とかの方が緊張すべき相手だと思うけど?)」
「(ち、ちょっとリエル!?ムアーカさんに聞こえたら怒られちゃうよ!それに、ヤハス様達は優しいけど……お城には貴族が多いでしょ?相手が王様なら尚更だよ!)」
「(何の権力も無い私達になんて誰も興味を持たないよ。緊張するだけ無駄だと思う)」
「(そ、そうだけど、緊張しちゃうんだもん!)」
「(ワプル村はベクールの領地。辺境伯に任せている訳でも無さそう。だから、ベクール王はメルの親同然)」
「(そう、かもしれないけど、そんなに単純じゃない気が……)」
「(王っていうのは、領民が日々を楽しそうに過ごしている、領民が食べ物に困らずお腹いっぱいに出来ている、それを見る事こそが最高の生き甲斐。だから緊張した姿を見せる方が失礼)」
「(それはミハエル様の言葉?)」
「(うん)」
やはり、同じ人種族という括りでも、人族と天使族では考え方の勝手が違うのでは?と、メルが複雑な表情をしたところでムアーカが足を止めた。
「謁見の間はこちらになります。皆様には不要の言葉と存じますが念のため。陛下は寛大な御方ですが決して失礼の無きようお願い申し上げます。では、私に続き中へとお入りください」
開かれたドアの先、一番始めに目に飛び込んできたのは最奥玉座に座る王の存在と、その斜め後ろに立つ、フードを被り、いかにも魔導師といった格好をした人物の姿。
(うう、心臓が破裂しそう!)
多くの装飾に彩られた五十畳程の大きな空間に化粧柱が立ち並び、星降りをモチーフとしたベクールの国旗が、玉座までの赤絨毯の上に張られた綱に掛かっていた。
ヤハスを除く三名のローグは黒ノ王討伐隊参加時と合わせて二度目の光景となるが、その時とは少し違う。
赤絨毯の脇には五十を超える数の、頭から爪先までをミスリル製の鎧で覆った上位騎士達が、体中央で押さえるように持った剣を足元に突き立て、びっしりと並んでいる。
騎士達の胸鎧には国旗の絵柄と、立派な鬣と一角を持つ馬に跨がり槍を構える騎士の絵柄を合わせた紋章が刻まれており、常識者ならば一目で彼らが国王直属の騎士団【イーストランス】だと理解した事だろう。
残念ながらメルとリエルにベクールの常識は備わってはいないが、ただならぬ雰囲気はメルの緊張を増大させるには十分であった。
右側に並ぶ列の最前、ムアーカと同じように兜を装着していない騎士が立っており、目元や口元がなんとなくベクール王と似て見えた。
とはいえ、訓練焼けした肌に短く整えられた暗めの茶髪など、ベクール王とは異なる部分の方が多いのだが。
その騎士は、鋭い眼をしてメル一行の一挙手一投足を追っている。
荘厳な部屋の造りに感心して周りを見渡していたメルは不意にその騎士と目が合ってしまい、背筋を硬直させた。
「黒ノ王討伐隊の皆様をお連れ致しました」
ムアーカの言葉で歩みを止める一行。メルはうっかりもう一歩を踏み出してしまった為、慌てて後ろに下がる。
足音も無くなり、シンと静まる謁見の間。ベクール王へと頭を下げた後、左側に並んだ騎士の列の最前へと移動したムアーカ。
その一連の流れを見届けると、アーマスが跪き頭を垂れた。アーマスが動いたことを合図変わりにし、レイアも跪く。今回は下着を露にする事なく上手に出来たようだ。
ミナも脚を交差させ、両手を上げると、腰を折り足元に両手をペタリとつける。その後で腰を落とし、頭を下げた。猫科獣人族特有の最敬礼である。
(どうしよう!どうしよう!どうしよう!礼儀作法の勉強はしてなかった!教えてもらった事もないし、どうしよう!)
ミナの並びに立つヤハスにはまだ頭を下げる様子がなかった為、ヤハスの右横に位置したメルはどうしようかと悩んだが、そんなメルを察し、ヤハスがメルの腰元をポンと叩いた――。
「ひゃいっ!!」
――が、今のメルには少し刺激が強かったようだ。
メルの大きな悲鳴で腰を抜かしそうになったヤハスだが、実は両脇に並び立つ騎士達や、ベクールの国王トーラス・ドラフォイまでも、驚き、ビクンと肩を揺らしていた。
「(レイアを真似て!)」
仕方がなくヤハスが耳打ちすると、コクコクと激しく首を縦に振り、立て膝をして頭を下げたメル。
これで自分が頭を下げればようやく謁見が始まると、心の中で「ふぅ」と溜め息をついたヤハスだったが、メルの隣、右端に並んだリエルが一ミリも頭を下げていない事に気付き、再び嫌な予感に包まれる。