#105 ベクール城内、控室。
今回は東門の時とは違い【聖神】が隣に居た為、すんなりと城門をくぐり、謁見の許可を得ることに成功。
【兄妹演技作戦】の本格始動を間近とした。
◇◆◇ベクール王城・来客控室◇◆◇
城の中は若干ピリついていたが、六人がすぐさま来客者用の控室へと案内されたという事で、ベクール王は情報を欲しているだろう、という予想が確信へと変わった。
「椅子の下もテーブルも変なところは無さそうだぞ」
「置物も、特に何かを仕掛けられたりはしていないニャ」
「ドアに張り付いている者も居なかったからな、とりあえず盗聴を心配する必要はないだろう」
今回は案内役の兵士が同室待機を命じられていなかった為、もしや仕掛けがあるのでは?と勘繰ったローグ達だったが、その予想は幸いにも外れであった。
「それは良かっ……ふぁぁ。やっと一息つけたぁ」
ふかふかのソファに腰掛けるや否や大きな欠伸をしたレイアは、腕を枕にして中央に置かれたテーブルへと突っ伏した。ここがまるで自室であるかの様な振る舞いである。
別のソファでは、どっかりと腰を下ろしたアーマスが「作戦が終われば更なる名声が獲られるのか……ううむ、楽しみだなぁ」と笑みを浮かべた。
「こっ、こんな場所でよよよくそんなに寛げますね!ししし、しかも謁見の前だというのに!」
「ヤハス様は相変わらずだニャ。僕らと違って何度も謁見の経験はある筈なのに……逆に凄いと思うニャ」
ふわりと太ももの上に乗せた毛並みの綺麗な白い尻尾を擦りながらミナが言う。
「わ、私も緊張してきました!リエルは大丈夫?」
「…………何が?」
「ごめん、なんでもない」
「はわわ、不安だなぁ。なんてったって相手はトーラスだよ?ヒールで性格の捻れまで治せるなら良かったのに……」
憂鬱な気分から言葉まで悪くなっているヤハス。そんな聖神を見ていると自分の緊張まで大きくなってしまいそうだと感じたメルは、何か気分を変えられる物は無いかと周りを見渡す。
と、見つけたのは背の低い棚の上に置かれたお洒落なカップやポット等が並べられたティーセットと、嫌味かと思えるほど高級感を表に出した紅茶の葉の袋。
もしここにルベルアが居たのなら『これ、タダで貰って良いんだろ?』なんて言って根こそぎ体の中に仕舞い込んだ事だろう。
「ねぇ、リエル、喉は渇いてない?」
「渇いた」
「ふふ。アーマスさん、そのお茶って、飲んでも大丈夫ですか?」
「お茶?ああ、その紅茶なら自由に飲んでも良い筈だが、今日は同室待機の兵士が居ないから自分でいれなくてはならないぞ?」
紅茶を“お茶”と呼んでしまうメルの田舎者ぶりはルベルアが胸キュンするポイントの一つとなっている。
「大丈夫です!皆の分もいれますね!」
ポットの使用法はバースから奪……貰った魔法瓶と同じく、隠し底に備えられた火の魔石に魔力を送ることで水を暖める仕組みだ。
少しした後、六つのカップに紅茶を注ぎいれたメル。
これまた洒落たトレーに六つのティーカップを乗せると、人並み外れた抜群のバランス感覚によりカップの中の紅茶に微動すらさせず、軽やかに配り終えた。
「ありがとう」
「どういたしまして!これ、凄く良い匂いだね!」
「メル、そこは香りと言っておいた方が女子力高いと思う」
「あっ!凄く良い香り!」
「うん。メル可愛い」
素人が雑にいれたとはいえ、流石は高級な紅茶。幸せな香りが部屋一杯に充満し、高まりつつあった緊張を和らげた。
といっても、緊張しているのはメルとヤハスだけなのだが。
「ねぇ、私の分が無いよ?」
「えっ?ごめんなさい!六つ用意したつもりだったんですけど……」
言いながら、足りなかった分の紅茶を用意しようと腰を上げたメルだったが、立ち上がる際に見流したテーブルには、しっかりと人数分のカップが置かれている。
「あれ?」
「えへへ、ごめんごめん。メル様なら良い反応をしてくれそうだと思って悪戯しちゃった」
ソファの上。誰も居ない空間が一瞬ぐにゃりと歪むと、そこには脚を組み座るシルクハットの男が。始めからこの場に居たかの様な振る舞いである。
「レコさん!」
「ちょっとお願いしたい事があってさ」
「本当に何処にでも自由に現れる事が出来るんだ」
「泥棒し放題ニャ」
「出来ない事の方が多いけどね」
「レコさん、お願いって?」
レイアとミナの言葉に、フッとため息をついて答えたレコード・ルーラー。
彼の登場にもすっかり慣れたもので、すぐに“お願い”が何なのかを尋ねたメル。
「うん。お願いっていうのは、伝信を始めるタイミングが分からないから、誰かに合図を出してもらおうと思って」
レコード・ルーラーからの注文。それに対し、アーマスが真っ先に相槌を打つ。
「確かに。タイミングについて細かいことは決めてませんでしたね」
「謁見が始まると同時では変ですか?」
「レコと僕らの関係がそう簡単にバレるとは思わないけど、同時は流石に怪しすぎニャ」
「それもそうですね。うーん……」
ひとつの案を出したメルだったが、その案はミナにより不採用となる。
「可能なら、合図を出してもらってから少しだけ間を空けて伝信を始めるっていう形が理想なんだけど、それでも良い?」
「それも怪しまれないようにする為?」
レコード・ルーラーからの問い掛けに、レイアが眠たそうに目を擦りながら聞き返す。
「それもあるけどね。ユクスが皆を見ている筈だから、私が伝信を使うより先に伝信の開始を教えられたらルベルア達も動きやすいかな?と思ってさ」
「あー、なるほど」
「つまり、俺は今見られている!手でも振っておくか!わはははは!」
「「「「……………。」」」」
「アーマスって、本当に……いや、なんでもないわ」
「なら、自分達の誰かが目を擦ったら、ってのはどう?目を擦るくらいなら自然に出来るし、トーラスも怪しまないと思うけど」
「誰かが目を擦ったら、ね。私はそれで良いけど、“誰か”を決めておかなくても大丈夫?」
「問題ないと思う。必要以上に詳細を追及されそうになったりだとか、トーラスの機嫌が悪くなったりだとか、これ以上謁見を長引かせたくないって考えた誰かが目を擦る。そんな感じで」
「了解。ユクスにも“誰かが目を擦ったら”伝信の合図だと、そう伝えておくね」
「普通に目が痒くなったらどうするニャ?」
「我慢して」
「理不尽ニャ!」
「ふふ。さて、ベクール王の準備も出来た様だし、そろそろお呼びが掛かるかな?私はまた消えておくから、またね」
「はい!レコさん、またね!」
去り際、メルの頭をくしゃりと一撫でしていったレコード・ルーラー。その顔はどうして、どこか物寂しげに見えた。
「思っていたよりも早くに謁見が開かれそうですね」
「伝説の一角の討伐に関する報告だからね。裏であれこれ動いている貴族達の様子が目に浮かぶよ」
「もしかしてお金も大量に動くニャ!?」
「間違いなくね。結果として【黒ノ王の驚異を消した】という自分達の行いは全て天使族との共闘や人選を進言した貴族、ひいてはそれらを決断した王の手柄となってる筈さ」
「実際に動いたのは天使族や俺達だと言うのに」
「まぁ、良いんじゃない?あたし達からしてみたら、今回は裏で獲たものが大きすぎるでしょ?メル達とも出会えたんだから」
「おお、だな!」
ローグ達の言葉を聞き、テーブル上のカップ等を片付けていたメルの耳は微かに赤らんだ。
「ユクス様は雲海の谷にわざと財宝の一部を残してきたと言っていたし、その羽一枚にもどれ程の価値がつくか分からないよ」
ヤハスが懐から出した黒い羽。必要になるかもしれないからと、ユクスから大鴉形態の羽を一枚貰っておいたのだ。
丸めて紐で結んでおいた羽の紐をほどくと、その大きさはヤハスの背丈をゆうに越え、控室の天井をハラリと払った。
「改めて見ても巨大な羽ですね。本当に、凄いとしか言えません」
「うん」
――コンコン。
「失礼しても宜しいですか?」
「どうぞ」
答えながら大鴉の羽をクルクルと丸めたヤハスは、再びすっぽり胸元へと仕舞い込んだ。
キィ、と音を立て開かれたドアの先には、四人のローグがフスカに向かう前に城へ訪れた際、同室待機を命じられていた者と同一の兵士が立っていた。
「失礼します。陛下の――――」
「ィッックソォォイッ!!」
「――なっ!?」
(威嚇!?東門だけじゃなく、ここでも暴れようってつもりか!?天使族ってこんなんばっかかよ!?)
この兵士の思い込みはあながち外れではない。
「大丈夫?リエル」
「ヤハス様が天井の埃を落とすから」
「じじ自分の所為!?天井に埃が付いてたのはトーラスの管理が悪いからでしょ!」
「ってか、もうちょっと静かにクシャミをしようよ」
「私は静かな方。メルのクシャミだったら皆の鼓膜は無事じゃ済まない」
「…………怖っ」
「ち、ちょっとリエル!私のクシャミは可愛いってルあっ、言われたことがあるもん!」
「ご、ごほん!陛下の準備が整いましたので、謁見の間へとお向かいください」
(だからローグ連中と関わるのは嫌だって言ったのに!上司の奴は面倒な事を全て俺に押し付けるんだっ!チキショー!)
「あっ、ごめんなさい!分かりました!」
「お金が貰えるんだから、早く行こうニャ」
「だな!」
(もう、早く行ってくれるならなんでも良いよ!)