#104 可愛い女の子。(3)
◇時は少しだけ遡り。東門・外側◇
「死人が出るぞォォオッッッ!」
「ニャッ!」
「痛だっ!ミナ!?なぜ叩く!」
「アーマス、ちょっと落ち着くニャ!落ち着くニャー!」
「死人って!メルがそんな事する訳ないでしょ!?だよね?ね!?」
「あわわわわ!はややは早く出ていかないと!!」
実はメルの戦闘力は想像以上かも!と気付いてしまった四人のローグはプチパニックを起こしていた。
そんな状況の中、門番二人がメルへの攻撃を仕掛けてしまう。
「ああっ!危なななぁっ!?って、止めたぁあっ!?」
「わぁお!これはひょっとすると、門番じゃあ戦いにもならないくらいメルの方が強いニャ!?」
「ちょっと待って!?あの重そうな騎士二人を軽々持ち上げちゃったよ!?」
「本当だ。手加減できるくらい実力差が大きいなら門番が怪我をすることは無いかもしれないねえええ!?投げたぁぁぁぁあ!?」
「うおお!あれ、生きてるか!?」
「すぐに立ち上がったから多分大丈夫ニャ!多分!!」
「わわわ!自分が行って回復してくる!」
「いや、ちょっと待ってヤハス様!」
地面を激しく転がった門番を心配し、慌てて駆け寄ろうとしたヤハスだったが、レイアが待ったを掛ける。
「待ってる暇なんてないよ!」
「メルの様子が変!回復しようとしてるのかも!」
「えっ!?もしかしてメル様、力加減を間違えただけとか?」
「門番がひとり通話石に向かったニャ!」
「もう少し様子を見ましょう!ヤハス様が本気を出せばここからでも門番を守れますよね?」
「それは……無理を言ってくれるね」
焦りと混乱で既に珠のような汗を額一杯に浮かべているヤハス。
様子見と言いながらも、四人には戦闘中と変わらぬ緊張感が沸き起こっていた。無論、ヤハスの緊張は他の三人の比ではないのだが。
「わっ!岩が道を塞いだ!リエルがやったの!?」
「それはともかく、通話石まで岩に飲み込まれてないか?通話石って確か、騎士の平均年収に匹敵するくらい高い筈だが」
「それ、マジニャ?僕は何も見てない!何も聞いてない!何も知らないニャー!」
「あの門番、まだ諦めてない!今度は騎士見習いの詰所を目指そうとしてる!」
「見習い騎士が増えれば自分だけじゃ補助しきれないかも!」
訓練所を兼ねた詰所は四つの門の全てに隣接して存在しているが、例によって東門の詰所は見習い騎士のなかでも将来有望な者達が配属されている。
とは言え、見習いは見習い。現役の門番が太刀打ち出来ない中で詰所からの応援が来たところで、怪我人が増えるだけという事は明白なのだ。
その心配も杞憂となるのだが。
「おおお!?馬鹿デカい火の球が出たぞ!」
「リエルって土だけじゃなくて火属性の魔法も使えるの!?でも、お陰で門番も諦めたみたい。怖すぎて見ていられないから早く降参して欲しいんだけど」
レイアが愚痴ったところで四人の耳にも「グラン・ヒール!」という声が届いた。
メルは声が大きいので、周りが静かでさえあれば、多少の距離があってもハッキリと聞こえるのだ。
「ホッ。メル様、やっぱり回復しようとしてたんだ……良かった」
しかし、四人の耳には別の声も届いてしまう。
「メルー!助けてー!」
続けて聞こえてきた内容を纏めると、どう考えても巨大な火球を出したまま消せなくなったというものであった。
「どうして自分で出した魔法を消せないの!?ねぇ、ミナ!?」
「知らない!知らない!僕はここに居ないニャー!」
「メルが空に放って別の魔法で、と言っていますが……そんな事が可能なのですか?」
「分からない、けど、あれだけ大きな火球を消すための魔法なら魔力錬成にも時間が掛かるはず」
「失敗する可能性が高いと言うことですか」
「そうなるね。自分がホーリープロテクションでリエルの魔法を抑えるから、皆は門番を避難させて」
「分かりました!俺が近い方の門番を守るから、足の早いミナは奥の門番を――――おお!?」
「…………ニャ?」
「嘘……!消しちゃった?詠唱省略であの威力?しかも今の魔法って水魔法と風魔法の複合魔法だよね?リエルって一体、いくつの属性持ちなの……?」
「はぁ、心臓が持たないよ。皆が無事なら良かったけどさ」
「ヤハス様、汗でびしょ濡れじゃないですか」
「汗だけじゃないよ。緊張しきりだった所為で指先が震えてるんだから。さて、今更どうやって出ていこうか?」
「それなら俺に考えがあります」
「聞かせて」
◇◆◇時は戻り。ベクール東門内側◇◆◇
「やぁ、東門の門番さん。我らの救世主の力はどうだった?」
命を摘み取られるかと思った相手に回復魔法を掛けられ、頭一杯にハテナマークを浮かべている二人の門番。
そんな二人の側に歩み寄ったのは、よもやメルが何の罪もない門番を殺すわけは無い!と信じたい気持ちと、万が一にも門番を殺させる訳にはいかない!という板挟みにより、汗だくを通り越してびしょ濡れとなっているヤハス。
続いて名の知れた三人のローグが登場したことで二人の門番の頭はさらに混乱。
その疑問を四人にぶつけるのは必然であった。
「なっ!?聖神様!?それにお三方まで!?」
「ご、ご説明下さい!!」
さりげなく、肉体・精神共に疲労困憊のヒガシーノに【ヒール】を掛けつつ、ヤハスが頷く。
「うん、君達も既に気付いているとは思うけど、メル様とリエルは黒ノ王と戦う為にワプル村と浮遊城から出向いてくれた精鋭だよ」
「えっと、ヤハス様?」
説明が欲しいのはメルも門番と同様であった。が、それはヤハスも始めから分かっていた為、すぐにパチンと目配せをした。
「どうりでお強い訳ですね……しかし、そんなお二方と私達を戦わせたのはどういった意図で?」
「(意図もなにも!説明しても信じてくれなかったじゃん!)」
(こっちは悪くないもん!べーっ!)
「(戦いになっちゃったのは門番さんの勘違いからだよね?)」
(私もそれに乗ったのは悪いんだけど……)
ヤハスへ向けたヒガシーノの問いを聞き、ヒソヒソと小言を漏らしながら頬を膨らませたのは、ずぶ濡れの髪を軽く絞っている最中の二人。
メルとリエルの様子から、四人のローグも大体の顛末を察したものの、二人のあまりの膨れっ面にうっかり笑ってしまいそうになる。
「まず理解して欲しいのは、今回はどうにか黒ノ王の脅威を払えたとは言え、世界にはまだまだ多くの脅威があるという事」
ぐっと堪えたものの、門番に答えるヤハスの口端は微かに震えていた。
「それは勿論、我らも理解しているつもりです。日々の鍛練はそういった脅威から国や人々を守る為でありますから」
「ならば自分から敢えて言わずとも、先程の戦いで己の力不足が分かったでしょう?優秀な騎士と認められて東門の門番に選ばれた君達なら尚更に」
「……はい。メル様にリエル様、仮にお二人が国に対して害意を持っていたならば、我らの力不足により今頃どれ程の被害が出ていた事か……」
「うん。でも、幸いにも二人は味方。特にメル様はいずれこの国を、もしかすると人界を背負って立つ程のローグとなる力を持っています。その可能性と頼もしさを、実際に戦って知ってほしかったのです」
「おお!そういう事だったのですね!」
「ですが!それならそうと始めから言ってくれても良かったのでは!?」
「始めから二人が味方、しかも黒ノ王の討伐に参加するほどの手練れだと知っていた方が本気を出せたって言いたいの?」
「あっ、いえ……ここまで力不足を痛感する事は無かったでしょう」
「確かに君達には少し悪い事をしたとは思ってるけど、東門の門番である君達にだからこそ、ね?」
「聖神様はそこまで我らの事を……今後の鍛練の励みとさせて頂きます!」
(本気で死ぬと思ったけど……)
「日々の鍛練、精進します!」
(しばらく悪夢が続くかな……)
「じゃあ、自分達はトーラスにも報告をしなければならないから、メル様とリエルを通してもらえる?」
「もちろんです!」
「ありがとう。少し散らかしちゃったけど、ここの事は君達に任せ…………こほん、通話石は天使王が代わりを用意してくれると思うから、それで問題が無ければ自分達はもう行くね?」
「(えっ。リエル、大丈夫?ヤハス様はああ言ってるけど、通話石、凄く高いらしいよ?)」
「(全然大丈夫です。ミハエル様ならこれっぽっちも気にしないから)」
心配するレイアの耳打ちに、リエルは親指と人差し指の間を狭めて答えた。
「(さ、流石だね)」
「では、行きましょうか」
「うん」
長居は無用とでも言わんばかりにそそくさと歩き始めたのはアーマスとミナ、ヤハス。続いてレイアとリエルも歩き出す。
少し出遅れたメルは、何度も何度も小さなお辞儀を繰り返しながら、申し訳なさそうに皆の後を追った。
「あの!ちょっと待って下さい!」
呼び止められ、途端にビクンと背中を揺らしたのは先頭を切って歩き出していた三人。
「おっ?」
(くっ、聖神であるヤハス様がそれっぽい事を言えばやり過ごせるのではと思ったが、考えが甘かったか!?)
「…………ッ!」
(僕は何も聞こえない!見ていない!ここに居ない!)
「ななな、何か問題があった?」
(話が違うよアーマス!)
「どうして博芸のミナ様は眼を閉じ、耳を伏せ、鉄壁の守護者であるアーマス様が手を引いておられるのですか!?もしや、黒ノ王との戦いで何かあったのですか!?」
クージーが言った通り、ミナは通話石ボックスが岩に飲み込まれた直後から、自らをこの場に居ない者としている。
「…………ミナは大体いつもこんな感じだ!」
「…………ッ!」
(僕は何も聞こえない!見ていない!ここに居ない!あっ、ハイドを使っておけば良かったニャ!)
「なるほど……初めて知りましたが、それなら安心です!」
(これも博芸と言われる由縁なのだろうか?)
「それだけ?じゃあ、またね」
「あの!私からもひとつお聞きして良いですか!?」
「な、何?」
「失礼な質問かもしれませんが、天使であるリエル様は分かります。が、メル様は一体どういったお方なのですか!?我らと同じ人族ですか!?だとすれば、どうやってあれ程の強さを身に付けたのですか!?」
「ふぅん。本当に失礼じゃない?」
「あうっ……!も、申し訳ありません!」
「別に失礼だなんて思ってないです!私は人族ですけど、ワプル村には小さな頃から戦い方を教えてくれる人が居て、天使族の皆からも沢山教えてもらえて、本当に良い人達に巡り会えたからです」
「素晴らしい、出会った人々と築いた絆であれ程の力を身に付けたのですね」
「それから、思いっきり投げちゃってごめんなさい!ワプルには丈夫な人が多かったんで、同じ感覚でやってしまいました……」
(村長にお父さんにお母さん!髭おじちゃんにゲインさん!幼かった頃の事とはいえ、お相撲ごっこ、本当は痛かったのかな?ごめんね!)
(メルは詳しく知らないから仕方がないけど、東門の門番にそれを言うのは少し可哀想じゃない?)
「い、いえ、お気になさらず。いつか貴方と全力で手合わせを出来る事を目標にさせて頂きます!」
(マジでぇぇえ!?あんな馬鹿力でぶん投げられても全然平気な人しか居ないの!?戦闘民族だっけ!?ワプル村怖えぇぇえ!)
「えっ?ええっと、応援してます!」
「ふふ。メル様が何者か?だなんて、君達には見る目が無いね」
「「はい…………?」」
「メル様は見ての通り、ただの可愛らしい女の子だよ」
「確かに!」「御尤もです!」
勢いよくヤハスの言葉に同意したヒガシーノとクージーだが、言うまでもなく、その顔は引き攣っていた。
「でしょ?じゃあ今度こそ本当に、またね」
僅か数分とはいえベクール王都・東門での思わぬ足止めがあったものの、ずぶ濡れだった服はレイアの魔法【エアリーヒート】により乾燥され、無事に王都入りを果たしたメル。
城に向かう途中、新鮮な景色や商店、特に食べ物を扱う店に何度も誘惑されたリエルを、その都度「また今度!」と説得し、どうにか城へとたどり着いた。
今回は東門の時とは違い【聖神】が隣に居た為、すんなりと城門をくぐり、謁見の許可を得ることに成功。
【兄妹演技作戦】の本格始動を間近とした。