#103 可愛い女の子。(2)
「死人が出るぞォォオッッッ!」
◇◆◇◆◇
「せあっ!!」「はぁっ!!」
カキィッ!
「あの、ごめんね?」
メルとリエルを危険人物と判断したヒガシーノとクージーは、即座にメルの左右へと踏み込み、鞘に収めたままの剣を同時に水平に払った。
二人によって少しずつタイミングと剣筋の高さを変えた水平斬りはメルの前後から差し迫ったが、メルは素早く体を九十度回転させ、あっさりと二本の剣を受け止めた。
「な、なんだと!?」
(どうなってる!?ピクリとも動かんぞ!)
「馬鹿なっ!!」
(ミスリルの剣を素手で受け止めただと!?)
驚きを隠せない二人。なにせ、これは魔力をよく通し強度も切れ味も高いミスリルの剣。
鞘に収めたままとは言え、骨折もせずに受け止めるなど、通常では考えられる事ではないのだ。
もちろんメルは素手ではなく、指先にルベルアの影を纏わせているのだが、ヒガシーノもクージーもそれに気が付かず、ただただ掴まれた剣を引き戻そうと力を込める。が、それも叶わず、ついには力を込めていた剣ごと、ひょいと体まで持ち上げられてしまった。
「えーと……」
(持ち上げてみたのは良いけど……どうしたら良いんだろう。この門番さん達なら丈夫そうだし、ちょっとくらいなら無茶をしても大丈夫かな?)
「なっ!なにぃぃい!?」
「おのれっ!これでも喰らえ!!」
予想外の出来事に我を忘れたヒガシーノとは違い、持ち上げられた体を咄嗟にひねり、蹴りを繰り出したクージー。
だったが――――。
「えいっ!」
ミスリルの靴がメルの脇腹へと届く前にブンと放り投げられてしまう。
その勢いは凄まじく、全身を鎧に包んだ二人は舗装として使われている石畳をバキバキと砕きながら、ボールのように地面を転がった。
それでも東門の門番としての意地だろう、剣を杖代わりにすぐさま起き上がろうとしたのは流石である。が、軽い脳震盪により、結局ガックリと膝をついてしまった。
「わぁあっ!だっ、大丈夫ですかっ!?」
(どどどどうしよう!!やり過ぎちゃった!?早く回復してあげなきゃ!!)
「くっ……!こ……こいつ……かなり手強いぞ……!」
「ガハッ……ハァ、ハァ……ヒガシーノ……俺が少しでも時間を稼ぐ……その間に、どうにか通話石まで行くんだ……!」
このまま王城へ何の情報も知らせられずに自分達が倒されたならベクールに住む人々もただでは済まない。逆に、王城へ連絡できたのなら王直属騎士団【イーストランス】がどうにかしてくれる。
そう考えた二人は、通話石での緊急連絡が命を賭すに値すると判断した。
「こいっ!俺が相手になろう!」
「あの!ジッとしてて下さい!」
剣を鞘から引き抜いたクージー。いまだガクガクと思い通りに動かない脚をなんとか踏ん張り剣を構えたが、そんな事はお構い無しにヒールを掛けようと距離を詰めたメル。
それと同時に通話石のボックスを目指して走り出したヒガシーノ。彼の身もボロボロには違いなかったが、騎士にとって命に等しい筈の剣を投げ捨て全力で走った。
(すまん!クージー!死ぬなよ!!)
「えっ!?ちょっと!?動かないで!」
傷だらけの二人を早く回復したいメル。しかし、クージーからすれば剣に一切怯むこともなく近づいてくるメルは、恐ろしく大きな重圧でしかない。
「黙れ!閃空!」
ギキンッ!
「だから!!もうっ!!」
「なっ……!一体どうやって……!」
軋む体から魔力を絞り出し、クージーが全身全霊を込めて放った飛ぶ斬擊。
それすらあっさりと相殺してみせたメル。相殺をする為の一瞬だけ影の刃を出した為、クージーには渾身の一撃を素手で払われた様にしか見えなかった。
剣を握っていられないほど力を使い果たし、地に膝をついてしまったクージー。騎士としての誇りがメルに鋭い眼光を向け続けたが、脳裏には自らに訪れる最悪の結末と、愛する家族との思い出が浮かんでいた。
(すまない……どうか、父の力不足を許してくれ……!)
そんな彼の元にようやくと言った感じで近づいたメル。その胸にそっと手を押し当て――。
◇◆◇
(クソッ……!クージーの覚悟、無駄にはしない!!例えこの命が散ろうとも、絶対に城へ連絡をしてやるんだ!!)
「ストーンエッジ!あっ!」
ドドドッ!
「うっ!?」
通話石を目指して走るヒガシーノの目の前、突如として地面から石柱の様な岩が突き出した。リエルの放った魔法である。
本来の【ストーンエッジ】は先端が鋭利になるものだが、そうなっていないのはリエルがヒガシーノを気遣ったからであろう。
もしくはヒガシーノを串刺しにすると、あとで怒り狂ったメルに撲殺されるかもしれないと予想したのだろう。
可能性としては圧倒的に後者の方が高い。
「メルが動かないでって言ったでしょ?」
「何を!こんな物で俺を止められると思うなよ!脚力強化!」
「なんなの!?本当に言うことを聞いてくれない人達っ!」
「――ッ!!嘘だろ……!」
加速し、目の前に突き上がった石柱を横から抜けたヒガシーノは思いがけない状況を知り、自ら足を止めてしまう。
通話石が設置されたボックスが、幾重にも重なりあった石柱により、跡形もなく押し潰されていたのだ。
これにはヒガシーノも絶望の色を隠せなかった。
「そんな……通話石が……!」
「いや……!それは……!わざとじゃ……!」
「……ならば、せめて応援を呼ばなくては……!」
(クージー、もう少しだけ堪えてくれ!!)
折れかけた心をギリギリのところで繋ぎ止め、目標を通話石のボックスから詰所へと変えたヒガシーノ。
「ねぇ!?仲間を呼んでも無駄だから!大人しく降参しない!?」
「俺達に黙って殺されろと言うのか!!」
「ころ……えっ!?なんの話!?」
「仲間を呼ばせたくないとは、さては貴様らのスキルは多用が出来ぬのだな!?悪いが足止めには応じないぞ!!」
「はぁ……分かってくれないんだから。ファイアボール」
もう一度脚に魔力を込め、詰所を目指そうとしたヒガシーノだったが、走り出さぬまま、魔力を霧散させてしまった。
何故ならば、自分達よりも力の劣る仲間を集めても無駄だと気付いてしまったのだ。
チリチリと火の粉を落としながらリエルの頭上に渦巻いた炎が、あっという間に超巨大な火球へと変貌したからである。
「これほどの魔力を持ちながら、二属性を操るだと!?そんな……馬鹿な……!」
「なんか勘違いしてるみたいだけど、私達は別に――――」
今度こそ完全に心の折れてしまったヒガシーノの耳に、いつ巨大火球を放つかも分からないリエルの声は届く筈もなく、ただ無意識のままに視線を動かすのがやっとだった。
そんな彼の視界が捉えたのは、力を使い果たし、膝をつき、メルの手を胸へと押し当てられ、まさにいま命を奪われようとしている仲間の姿である。
「クージーッッ!!」
叫んだところで無駄だと分かっていても、叫ばずには居られなかったのだ。
魔力が十分に込められ、光り始めたメルの手。クージーの顔は既に死を受け入れている。
そんな状況を見ていられず、ヒガシーノは思わず眼を伏せた……が。
「グラン・ヒール!」
「……はぅん!?」「……へぁ!?」
命尽きたと諦めたクージーは勿論、仲間の死を覚悟したヒガシーノまでもが誇り高き騎士とは程遠い声を出す事に。
「あの、大丈夫ですか?」
「一体……なんのつもりで……?」
「なんのって……やり過ぎちゃったみたいだから回復をし――――」
「メルー!助けてー!」
事態を把握出来ていないクージーから溢れた質問に答えようとしたメルだったが、途中で遮られてしまう。
「リエル?」
「これ!どうにかして!!」
リエルの頭上には巨大な火球がゴウゴウと音をたてて浮かんでいる。さてはまた後先考えずに魔法を使ったのかと理解したメルが「私もやり過ぎちゃったけど」と呟いた後、続けて言った。
「空に向けて放った後に別の魔法で打ち消せば良いと思う!」
「メル!天才!」
「普通だと思う!」
助言に従い、火球を空に向かって放り投げたリエル。投げたと同時に詠唱省略で別の魔法を唱えた。
ただ一つ加えて言うと、攻撃魔法を扱える者ならば、一度出した魔法を消すくらいは当たり前に出来るのだ。
勿論、リエルが普通とは違う事をメルは知っている。
「ウォータースパウト!」
たちまち発生した水流の渦が竜巻となって巨大火球を包み込み、瞬く間に火の粉ひとつ残さず消し去った。
ただし、残った水が大粒の雨となって近しい範囲に降り注いだため、二人の門番とリエル本人、そしてメルはずぶ濡れとなったのだが。
「ふぇぇん!上手に相殺してよ!リエルのばかぁ!」
「だってー!!」
ともあれ、門番二人が命を落とすことはなかった。と、ようやく東門の影からひょこりと出てきた四人のローグ。
「やぁ、東門の門番さん。我らの救世主の力はどうだった?」
リエルの雨に打たれた訳でもないのに、何故かずぶ濡れとなっているヤハスが小さな体で精一杯に胸を張って問いかける。
「なっ!?聖神様!?それにお三方まで!?」
「ご、ご説明下さい!!」
二人の反応も当然である。この四人が始めから隣に居たのなら審査官の到着を待つ必要も無かったのだから。
◇◆◇
◇時はほんの少しだけ遡り。東門・外側◇