#9 オトコの象徴。
◇ルベルアの叫び声が聞こえたという訳では無いのだが、ワプル村の村長は走った!西の防風林を目指し、息を切らせて走った!村の神童がまたとんでもないことをしでかしたのではと血の気を引かせながら走った!!◇
「痛っ……手が痺れたぁ!ルアさん、いきなり防壁陣なんか出さないでよぅ!」
本気で振りかぶった木刀が、硬い防壁魔法に弾かれた為に、手首を痛めて不満顔のメル。
(『いやいやいや!メル、ちょっと落ち着け!簡単にトドメなんか刺しちゃいけないだろ!この人も命の取り合いまでするつもりじゃ無さそうだったし、聞きたいことも沢山あるし……それに―――絵面的に!』)
俺は初対面の魔族もどきを全力で庇った。
「だって、ルアさんだって”遊びは終わりだ!“って言ってたじゃん!眼真っ赤っかにしてさ!」
(『それはまた違う意味で……って、メル、震えてるのか?』)
「ううん!大丈夫、全然震えてなんかないよ!?ねぇ、ルアさん。私、ちゃんと村を守れたよね?」
ふむむむ、メルは元々真面目だけど、ときどき必死すぎる時があるよね。必要以上にさ。
(『おっと、村長のじじいが走ってきてぞ』)
「本当だ!」
「ゼェ、ハァ、メルよ、お前は無事なのか!?何が起こったんじゃ!?テスタント殿は?」
全力で走ってきた村長のジジイが喉をヒューヒュー言わせながらメルに問いかけた。
「私は大丈夫だよ!テスタントさんは、そこでピクピクしてる」
「なわぁー!!テスタント殿!息は有りますか!?なんという、メル!やりすぎじゃ!すぐにミルザをここへ!」
テスタントの状態を見て驚き飛び上がった村長のジジイはツルツルの頭をグリンと回し、甲高い声でメルに叫んだ。
「村長、私ならここにおりますよ。この御方を治療すれば良いのですね?」
声の方に目をやると緑の髪の妖艶な美女がこんな所に!!けしからん!あっ。ミルザか。ミルザがまるで用意されていたかのようにすぐ後ろに立っていた。
「おお!ミルザ!来てくれておったのか!すまぬがすぐにこの者を治療してくれぬか!」
頼み込む村長のジジイだが、視線はミルザの顔より三十センチ程下の方を凝視している。このエロジジイめ!まったく…何処を見ているんだ……ふむむぅ!ぉぉ、全くぅぅ……けしからんふふ、ハァハァ。
◇変態二人の熱い視線を意に介せず、魔法詠唱を始めたミルザ◇
「この者に光の加護を!グラン・ヒール!」
ミルザが魔法を唱えるとテスタントが緑の魔方陣に包まれ、瞬く間にその傷を癒してゆく。
ん?そういえば…この魔法ってテスタントが髭おじちゃんに使ったのと同じだよな?
(『メル、そういやメルもミルザも光の加護がなんたらって詠唱の時に言ってたけど、テスタントは言ってなかったよな?同じ魔法なのに。魔法の覚え方の違いか?』)
俺の質問に、メルが小声で答える。
「(えーと、多分意味はないと思うんだけど、光の加護がーとか言った方が雰囲気がでるからだと思う)」
(『そ、そうか。なるほど。』)
俺は実に無駄な事を聞いたようだ。どうでも良い事に気を取られていた隙に、テスタントの回復は終わっていた。
「助かりました。私の油断が招いた結果、ご迷惑をおかけしました。あなた様がたの心遣いに感謝致します」
傷の癒えたテスタントは起き上がると、頭を下げて丁寧に礼を述べた。それを受け、メルも謝るべきか迷ってモジモジしている。
「傷が癒えたようで、安心しました。もう大丈夫なようなので私はこれで失礼しますね」
ミルザはそう言うとゆっくりと教会の方へと戻って行く。俺と村長のジジイは腰つき柔らかに歩くその姿を見えなくなるまで眼で追った。
ジジイは不純だろうが、俺はミルザが転ばないか心配していただけだ。
目の保養に満足した村長のジジイが“キリッ”と顔の緩みを引き締めてテスタントに話しかけた。
「ふむ、それでテスタント殿は何者なのですじゃ?見たところこの辺りには居ない種族と見受けられますがの。ここは平凡な村、平和だけが取り柄みたいなものでして。面倒事はご遠慮願いたいのですが…」
村長のジジイは村長っぽい事を言った。
「始めにも言った通り、我が主君はこの村をどうこうする気はありません。ただ、先程は久しぶりに実力者と手合わせする機会が巡ったもので少々熱くなってしまいまして……。それについてはお許し願いたい」
テスタントはその特徴的な声で丁寧に言葉を返す。最終的に半殺しにしたのはこっちの方なのに、原因を作ったからと謝るなんて律儀な奴だ。
我が足元にひれ伏すならば許してやろう!クハハハ!
とか想像してたけど言わなくて良かった。まぁ、言っても聞こえないんだけどさ。
「こちらこそ、テスタントさんの強さにビックリして加減を間違えてしまいました。ごめんなさい!」
「フフ、小さき女の子に挑み、負け、さらには頭を下げさせたとあっては私も何も言えません。全ては私の落ち度、お気になさらず」
少し気まずそうにハニカミながらメルに言い、そのまま言葉を続けるテスタント―――。
「我が主、我が種族はここよりずっと北にある浮遊の大地に住まう天使族でございます」
天使?え?どこの何方が?
「え?主さんとその浮遊の大地に住む人が天使さんなんですか?テスタントさんは天使さんの……えーと」
俺と同じ事を思ったのか、メルがテスタントにごにょごにょと聞き直す。
「はい、主を含む私達“天使族”が浮遊の大地に住んでおります」
テスタントがこちらの意図を理解してくれたのだろう、的を射た返答をくれた。
それは良いけど、天使!!?
俺とメルは爪先から頭の上までテスタントを舐め回すように見つめる。
まず全体的に黒と赤を基調としたスーツというかタキシードというかローブというか……やはり軍服というのが一番近いか。いや、そこはどうでも良いや。
褐色の肌にほんの少しだけ鋭い爪。白と黒が入り混じった髪色、そして極めつけがその瞳だ。人間で言う所の黒目の部分が赤で、白目の部分が黒。
ふと俺とメルの目が合う。
(『どうみても俺たちのイメージの天使じゃないよな』)
俺がそう言うと、メルが2回頷いた。
「天使族でしたか。わしも天使族の方は初めてお目にかかりますのぅ」
そう言いながら村長のジジイはメルをチラリと目にやる。
「これ、メルや。そのように人をジロジロ見るものではないぞ」
村長のジジイに叱られたメルが何か言いたそうに俺の方を見た。
「して、テスタント殿は主君殿になんと報告するのですじゃ? ワシらは変わらず今まで通りの暮らしをして行きたいだけなのじゃが。村の何かが主君殿の迷惑となるのであらば出来る限り改善するように努力はしますがの」
村長のジジイはテスタントの眼をしっかりと見ながら、今回の騒動の行方を左右する芯を突いた。
テスタントは顎に手を当て、何かを考えている―――と。
「そうですねぇ。私も使いとして来ただけですので、それらの答えは我が主君へ直接お聞きになられてはどうでしょう。我が主君の居る浮遊城までは、私が案内致しますので」
テスタントは、俺がとっても面倒に感じるタイプの提案を言い放った。
「なんと……ふぅむ。仮に話を受けるとしましても、誰が行くかの折り合いもありますので、村の者と相談してからでも良いですかな?話が決まるまでは宿を用意しますので、そちらでごゆるりとお休み下さい」
村長のジジイは毛のない頭をポリッと掻きながらテスタントに言う。
「浮遊城へはそこの女性、名はメルと言いましたかな?メルさんをお連れしたい。本当は彼女が暴れても主君に危険が及ばぬか試したかったのですが、それを確かめるには私も全力を出さねばならないようですし。そうなるとこの村が……。ですので後は主の力を信じる事に致します」
そう言ったテスタントはメルの方に手を差し出し軽く会釈をしてみせた。その仕草が俺の苛立ちポイントを刺激する。
やっぱりコイツらの狙いはメルか!しかも、さりげなく“さっきは全然本気じゃなかったしー!”的な事言いやがって、もう少しでトドメ刺されそうだったくせに。
村長のジジイの返事の雰囲気からも、まだテスタントは信用出来ないといった様子が窺える。
「待ってくれんかの?どちらにしても村の連中と相談はせねばなりませぬで。メル、テスタント殿を宿屋まで案内してくれんか。ワシは皆と話してくる。ではテスタント殿、後程」
村長のジジイの一声で、メルはテスタントを宿屋に“連行”することとなった。ただの案内ならわざわざメルに頼む必要はない筈、そこからも村長のジジイの警戒が窺える。
「えと、それじゃあ行きましょう」
メルはテスタントに声をかけると宿屋に向かい歩き始めた。
(『あんなに居た大人どもは途中から全く居なくなってたな。飽きて帰りやがったのか?適当な連中だよなぁ』)
ザッ、ザッ、ザッ―――宿屋までは普通に歩くと地味に遠い。
メルが無言で歩いていると、テスタントが口を開いた。
「ところでメルさんはどうやって無詠唱を習得されたのですか?」
まだ戦闘の時の事を気にしていたようで、テスタントは歩きながらメルに質問した。
「ええっと、小さい声で言ってただけですよ」
メルが咄嗟に嘘をでっち上げる。
「ふむ、途中、かなり高濃度の魔力を感じましたが……。なぜかあなたからはそれほどの魔力は感じませんし。その魔力の流れ方を見るに、自分の魔力を隠せる訳でも無さそうです……ふぅむ」
メルの返答を聞き流しながらテスタントがブツブツと独り言を呟いている。
ふーん。テスタントの独り言を聞くに、魔力は隠したり出来るのか……ということは隠さないと戦闘力が丸分かりになったりすんのかな?俺の魔力は見えてないみたいだけど、一応隠す練習もしとくか。
俺はあるのか分からない脳ミソを酷使して魔力を隠す為の練習法を考えていると(結局思いつかなかった)、いつのまにか宿屋の前に到着していた。
しかし、宿屋の前では変な夫婦が騒いでいる。
それを見て俺の胸が熱くなる。こんなもん見たら、やるしかないだろう……コッソリ実況のスタートだ!
(『どーもー!見てください、宿屋の前で変な奴が騒いでますね!夫は太っちょでオカッパ頭、奥さんはパンチパーマ、強烈夫婦と言ったところか!相手にとって不足は無い!!圧倒的モンスター感のある二人に挑む相手は一体どこのどいつなんだ!?』)
突然の実況にメルの背中がビクンと揺れる。
「んん!?おいおいおいおい!あんた!どうしてくれんだこれ!」
(『変な夫がテスタントの姿を見つけて、ああっ、いきなりテスタントに突っ掛かったー!テスタントは?様子を見ているうぅぅぅ!』)
メルは隣で騒ぐ悪魔の声に、決して笑うまいと頬をプルプルと震わせている。
「あら?メルちゃん!さっきメルちゃんのお母さんから、見かけたらそろそろ帰るように伝えて。って言われてたのよ!早く帰ってあげなさいな!」
(『変な奥さんがメルにターゲット!早口で呪文を唱えたっ!ああっ、変な奥さんの呪文がメルに炸裂っ!』)
「あっ、じゃあ私は帰りますねー!」
メルはそう言って、足早に自宅へと逃げ出した。
(『俺はもう少しここに残って様子を見とくぞ』)
「(うん!)」
◇ルベルアは眼を煌めかせて(といっても黄色い眼は表情を変えることは無いが)様子を見ている◇
「あんた!黙ってないで何か言ったらどうなんだい!?」
変な夫はなおもテスタントに突っ掛かる!
「いえ、まずは……」
テスタントが反撃の構えを、やるのか?やらないのか!
「いえ、じゃないんだよ!!!まずは謝るべきだろ!!!」
戦闘力がたったの五くらいしかなさそうなくせに、変な夫の勢いは凄い!テスタントの反撃は失敗だぁっ!!ってか理由は分からんが凄い怒ってるなぁ、面白いから良いけど。
宿屋の親父と女将がこんなに怒るなんて珍しい。一体どうしたのかな?テスタントとは今日初めて出会った筈なのに。
テスタントは黙ったまま、宿屋の夫婦の顔を眺めている。その表情が再び火に油を注いだのか、宿屋の親父はさらに叫んだ。
「ウチの宿はなぁ!今年建て替えたばかりなんだよ!!それがあんたの起こした騒ぎでこんなんなっちゃってんだよ!!」
熱くなっている宿屋の親父は、綺麗な壁の一部を指差す。俺もその指の先に視線を送った。
ほぅ、とても綺麗な壁に……なんということでしょう!何に使うのか分からない謎の穴が!子供の頭くらいの大きさでしょうか!家の中からも外が見えるようにとの匠の心遣いが……ん?こ、これは!!
俺は一部始終を遊びながら見ていたが、興味本意で穴の空いた壁をすり抜け、その先で見てはいけない物を見つけた。
外壁のに空いた穴を抜けると客間の中になるのだが、客間と中通路の間の壁にこれまたポッカリと抉られたような穴が空いている。
さらにその穴を抜けると、宿の中心へと抜けるのだが……そこには一際太い立派な柱が立っており、その柱にそれはあった……。
まるで“我こそが下ネタを司る神である!”とか言わんばかりに柱の下部、人の腰くらいの位置に突き刺さりそびえ立っているソレ。
新築したばかりの宿の大黒柱に、折れた木刀の先っぽが!!!
事の原因を理解した俺は、この場から逃げることを決めた。よし、メルの所に帰るか……。
スィーー!
夕焼けは今日も綺麗だなぁ。