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第四章 ~『出品された幻獣』~


 コータス司会の下、壇上へ運ばれてきた最初の商品は緋色の鱗を持つドラゴンの子供だった。サイズは小さく、愛らしい外見をしている。だがどれだけ小さくてもドラゴンはドラゴンだ。恐怖の象徴であるはずのドラゴンが登場したにも関わらず、観客は喜びの声を挙げる。


「いくら子供とはいえ、皆さん、怖くないのでしょうか?」

「常連ばかりで、この光景に慣れているのだろうさ」

「それにどうして魔物があれほどに大人しいのでしょう?」

「ドラゴンの身体を見てみろ。痛めつけられた跡がある。抵抗する意思を奪われたのさ」


 ドラゴンの顔は青く腫れていた。反抗の意志をなくすほどに痛めつけられたのだ。


「酷いです……ジェシカさんが同じ目にあっていなければよいのですが……」


 アリスがギュッと拳を握る。怒りをかみ殺している内に、最初の品目であるドラゴンが高値で貴族に落札された。


 それから数々の商品が落札されていく。出品される商品は、正規のルートでは手に入らない曰くつきの物ばかりだ。オークションは進み、観客の熱狂が最高潮に達した頃、オークショナーのコータスが木槌を二回叩いた。


「長かったオークションも、最後の品となります。本日の目玉商品をご紹介します」


 壇上に黒い垂れ幕で隠された大型の檻が姿を表わす。獣の匂いが垂れ幕越しに感じられた。


「性格は非常に凶暴で反抗的でした。しかし我々の血の滲むような努力により、人の命令に従順なペットへと教育しました。愛玩用として飼うもよし。護衛として飼うもよし。購入者様の自由です」


 コータスの言葉に観客たちは興奮の声を上げる。あまりに醜悪な光景に、ニコラたちはゲンナリとしてしまった。


「ではお見せしましょう。こちらが本日の目玉商品です」


 コータスが黒い垂れ幕を上げると、檻の中には銀色の毛を持つ大型の虎がいた。グレートタイガーという魔物で、滅多に人の前に姿を現さない幻獣だ。


「皆様もご存知の通り、グレートタイガーは絶滅を危惧されるほどの希少種です。魔王領の奥地にしか存在しないため、正規のルートでは絶対に手に入らない一品です。このような機会は二度と訪れないでしょう。では心の準備はよろしいですね。競売開始!」


 観客たちが目の飛び出るような高値を付けていく。金貨一〇万枚も軽く超えた。熱狂が観客の金銭感覚を狂わせ、二十万枚、三十万枚と伸びていく。


「金貨五〇万枚頂きました! 他に落札される方はいらっしゃいませんか?」


 コータスは訊ねるが観客たちは黙り込んでいる。金貨五〇万枚で落札かと、場の雰囲気が落ち着こうとしていた。


「う~ん。我々としては金貨一〇〇万枚でもおかしくない一品だと考えているのですがね……では商品の魅力を皆様に伝えるために、一つデモンストレーションをしたいと思います」


 コータスが木槌を叩くと、部下の男が垂れ幕で隠された別の檻を運んでくる。その檻は先ほどと比べると小さい。


「グレートタイガーの魅力を証明するために用意したのは、皆様の誰もが知る強者です。ではご紹介しましょう。赤髪の乙女と称されたサイゼ王国一の剣士――ジェシカです!」


 垂れ幕が剥され、檻が解放されると、ジェシカが姿を現す。だが様子が普通ではない。衰弱しているのか、顔がゲッソリと痩せ細っている。さらに強者であることを証明する闘気も弱々しく、王国最強の剣士とは思えない様相だ。


「ジェシカさんですよ、先生! でも……いつもより元気がなさそうですね……」

「捕まっている間、満足な生活を過ごせていたとは思えないからな」


 強さは体調によって変化する。食事と睡眠を満足に与えられなければ、万全の強さを発揮することはできない。


「私、ジェシカさんを助けに行きますね」

「いいや、まだだ」

「先生、まさかジェシカさんを見殺しにする気じゃ……」

「生徒の頼みがなければそうしていたな。だが止めたのは、あいつに助けは不要だからだ」

「え、でも……」

「忘れたのか。体調が優れなくても、あいつは王国最強の剣士だぞ。魔物に後れを取るような奴ではない」


 ニコラは腕を組んで、壇上の闘いを見守る。ジェシカは自分の身を守るため、腰に提げている剣を抜いた。


「お待たせしました! これよりグレートタイガーとジェシカの闘いをご覧に入れます。最高のショーをお楽しみください!」


 コータスが木槌を叩いて、闘いのゴングを鳴らす。グレートタイガーは牙を剥き出しにしてジェシカに襲い掛かった。


 素人なら脅威となる俊敏さだが、一流の剣士からすれば隙だらけの動きだ。躱しざまの一刀で終わる。そう予想していた。


 しかし現実は違った。ジェシカはその場で棒立ちになりながら、鋭い爪を剣で受け止める。危機的状況に追い込まれる彼女に、アリスはゴクリと息を呑んだ。


「先生、ジェシカさんが!」

「戦闘力があそこまで落ちるのは、体調の悪さだけでは説明が付かない。おそらくだが、闘気を制限するような呪いの魔法を受けている」

「私、ジェシカさんを助けに行きます!」

「アリス、待て!」


 アリスはニコラの制止を振り切って、壇上に登ると、グレートタイガーの横腹に蹴りを入れる。倒せるような威力はないが、ジェシカから突き放すには十分な一撃だ。床を転がるグレートタイガーは、困惑しながら、その場に留まった。


 戸惑いは波及する。闇オークションに現れた突然の闖入者に、会場がざわめき立つ。


「ジェシカさん、助けに来ましたよ。先生も一緒です」

「ニコラが……私のために……」

「一緒に学校に帰りましょう。皆が待っていますよ」

「わ、私は……その……」


 救いの手を掴めない事情でもあるのか、ジェシカの返事は弱々しい。


「僕からは逃げられないよ」

「あなたは……」

「僕はフレディ。そいつの飼い主だ」


 現れたフレディが威圧するような闘気をアリスに向ける。その強大な闘気に触れて、彼女はゴクリと息を吞んだ。


「へぇ~、僕の闘気に触れて平気なのか。見かけより、やりそうだね」

「あなたより強い人を知っていますから」

「僕より強い人間か。それは会ってみたいものだね」

「その望みはすぐに叶いますよ。ねぇ、先生!」


 アリスに呼びかけられたニコラが壇上にあがる。フレディとニコラは互いに戦力を分析するために、視線をジッと交差させた。


「なるほど。君がニコラか」

「俺のことを知っているのか?」

「ジェシカから聞いたよ。僕と同じ武闘家なんだろ。是非、戦ってみたいね」


 フレディは強者との闘いを期待するように口元に笑みを張り付ける。戦闘狂の彼は好敵手の存在を喜んでいた。


「フレディ。この男、只者ではない。まともに戦うのは止めておきなさい」


 外套を羽織った老婆――バニラが壇上に姿を現す。フレディのような威圧感はないが、気味の悪さを感じさせられる。


「ジェシカさんに呪いをかけたのは、あなたたちですね! 元に戻してください!」

「その願いを聞いてあげる理由はないね」

「へぇ、これは良きことを聞きました。ジェシカさんの呪いは、あなたの意思で治せるのですね」

「ははは、やられたね」


 元に戻せないなら、願いを聞けないと答えない。言葉を引き出されたことに、天晴れだと、フレディは笑う。


「教えてください。ジェシカさんにかけた呪いはなんですか?」

「『超人化の指輪』の力さ。闘気の源である生命力を奪う呪いでね。個人差はあるけど、あと数日もすれば命を落とす。もちろん僕が奪った生命力を開放すれば、命は助かるけどね」

「……随分と口が軽いですね」

「君のことを舐めているからね。これまでジェシカを含め、四人の強者から生命力を奪った。僕に勝てる武闘家なんて存在しないのさ」


 フレディは楽しげに語る。その姿にアリスは怒りを感じるが、冷静さを欠かずに、平静な態度で構えを取る。


「僕に勝てるつもりなのかい。笑えるね」


 弱者であるアリスが懸命に闘志を燃やす姿に嘲笑を浮かべる。オークションに参加していた観客たちも、彼女の強がりを嗤った。


「え~、突然の乱入ではありますが、これは皆様にグレートタイガーの魅力を知っていただくチャンスでもあります。侵入者とグレートタイガー。どちらが強いのか。皆様、ご期待ください!」


 コータスが木槌を二回叩くと、グレートタイガーが起き上がって唸り声をあげる。鋭い視線がアリスに向けられた。


「アリス、お前はグレートタイガーの相手をしろ」

「先生は?」

「俺はこの二人を相手にする」


 ニコラはフレディとバニラ、二人の幹部と対峙する。アリスは背中を彼に任せ、グレートタイガーへと向かうのだった。



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