第二章 ~『弟子と料理』~
夜の帳が落ちる頃、資料館で本を守るために護衛の任についていたニコラだったが、一向に襲撃の気配がなく、手持ち無沙汰になっていた。
「はぁ、暇だ」
資料館は大理石でできているおかげで、夏だというのに涼しく感じる。寄贈された書物は本棚に仕舞われ、生徒であれば自由に読むことができるようになっていた。
「暇だし、見物でもするか」
資料館を散策し、本棚に納められた本に目を通していく。武術書は貴重だが、彼の手にした本はどれもたいした内容を記していない。
「子供の頃に読んだ本も多いな」
資料館の書物は屋敷の資料室から持ち出されたモノも多く、ニコラにとって懐かしさを覚える本が多かった。
「誰か来たな」
資料館の扉の外に気配を感じる。とうとう襲撃かと臨戦態勢を取るが、扉を開いて訪れたのは、見知ったエルフの顔だった。
「アリスか」
水着姿から、いつもの制服姿へとかわっていた。彼女が近づいてくると、旨そうな匂いが資料館に広がる。彼女の手には、料理皿が握られていた。
「料理を持ってきてくれたのか。助かる」
「私が作ったんですよ。お口に合えば良いのですが……」
料理皿には焼き魚が乗せられていた。聞くと、海で捕まえたものなのだそうだ。ニコラは魚に刺さった串を持ち、勢いよくかぶりついた。
「お味はどうですか?」
「普通の焼き魚だな」
「料理は修業中でして、まだ焼くくらいしかできないのですよ」
「これから上手くなっていけばいいさ。格闘術もそうやって学んだのだから」
「ですね」
事実、一部の技に限れば、アリスは一流の武闘家に匹敵する力がある。これは偏に彼女の才能と努力のおかげだった。
「先生は強いです。それは私が強くなればなるほど実感します」
「ああ」
「先生はどうしてそれほどまでに強いのですか?」
「トラウマを克服するためだな」
「トラウマを?」
「俺は昔の仲間に裏切られた。だがそれは中途半端に強かったからだ。もし俺がもっともっと強ければ、きっと仲間は裏切らなかった」
「…………」
「だから俺はもっと強くなりたい。誰にも負けない、誰にも裏切られない男になりたいのさ」
「先生は今でも十分なくらい強いです。きっと勇者様よりも強いです」
「……ありがとな。明日も早いんだから、そろそろ寝ろ」
食べ終わった料理皿を返すと、アリスは「おやすみなさい」と言い残して、資料館を後にした。
「弟子を取るのも案外悪くないもんだ」
ニコラは誰もいない資料館で一人呟く。聞いている者は誰もいなかった。






