6. 夢と現実と
「ここだ」
兵士についていくと小さいが綺麗な家についた
「一人暮らしなんですか?」
「ああ、あと別に敬語じゃなくても大丈夫だ」
固い話し方だけど口調は柔らかい、優しそうな人だ
「風呂は右に曲がったところにある、布なんかも自由に使ってくれて構わない」
至れり尽くせりだなぁ
ありがたく風呂に入らせてもらった
風呂は思ったより広く、二人ではいることにした
「あぁ~、しみる…」
海がオッサンみたいなことを言っている
でも丸々三日風呂に入ってなかったし、大変なことも多かった
アズワールの家にも風呂はあったが風呂のある家庭はあまりないらしい。
今日はちょっとついてるなあ
久々に海と風呂に入り、そんなことを思った
いいお湯だったねみたいなことを話ながら居間に行くと―
兵士は甲冑を脱いでいた、そこは別に驚くことではなかったんだけど
「…ああ、この姿を晒すのは久方ぶりだったな」
驚いたのは二つのこと
一つは女性だったこと、中性的な声とは思っていたけど気づかなかった
もう一つは
「耳としっぽ…」
そう、獣耳としっぽが生えているということ
彼女は亜人らしかった
「そういえば自己紹介がまだだったか…カトレア・ファンデルヴァルト、この副都の南門の警備の長を務めている」
やっぱりリーダー格だったのか、他の兵士からも挨拶されていたから何かしらの役職なんじゃないかと思っていたけど
「俺は蒼、一応冒険者…まあ駆け出しだけど」
「私は海、しがない旅人さ」
ひとまず自己紹介を終え、ソファーに腰かける
「冒険者か…羨ましいな」
「羨ましい?昔は憧れてたとか?」
カトレアは懐かしそうに微笑む
「幼い頃は冒険小説を読んで胸を膨らませていた…まあ結局憧れていただけで終わってしまったがな、いつの間にか25になってしまった」
終わった、という表現はどうなんだろう
「まだ冒険に出たいとかそういうのはないのかい?」
海も同じようなことを考えていたらしい
だがカトレアは渋い表情になるだけだった
「まあなんだ、冒険に出たい出たいとか言っておきながら結局は街の衛兵だ…給料もいいし、悪くない仕事ではあるんだが」
本当にやりたかったことではないってことかな
「一応隊長をやってはいるが亜人で女だと気づかれれば部下からの信用もなくなる、最近は…父のように騎士なんかを目指していたりするが、やりたいことがわからなくなったな」
「若い人の発言じゃないと思うけど」
父親が似たようなことを言ってた気もする
「…迷ったままここまできてしまったからな、夢を追いかけるには遅かった…愚痴ばかり聞かせて申し訳ないな」
少しだけ表情は明るくなったように見える
「いやいや」
海が話を変える
「その剣はなにか特別なものなの?」
そういえばそれも気になっていた
「ん?ああこれか、これは…まあなんだ父から譲り受けた剣なんだが」
「綺麗な色だよね、水属性を帯びてたり?」
「帯びてるというか、アトランティカという水の精霊そのものだ」
「な、なんかカッコいい…」
海は更に目をキラキラとさせている
「精霊?生き物ってこと?」
「そういうことだ、代々受け継がれていて…少なくとも200年前からあったそうだ」
「生き物ってことは…しゃ、喋ったりするのかい?」
「ああ、だが気まぐれで気分屋だから話しかけても答えてくれないときが多い」
「喋るんだ…」
海の眼差しはいよいよ尊敬の念を帯びてきた
「そうか、ハイメの花園か…妖精は精霊のなかでも特に扱いずらい。気を付けて行くといい」
「ありがとうカトレア、仕事頑張ってね」
「…こちらこそありがとう、ぜひ冒険を楽しんでくれ」
これ以上お世話になるわけにもいかないのでアズワールのもとへ戻ることにした
「何だか勿体無くないかい?」
「部屋を見た感じそうかもね」
アズワールの店で見たような道具がチラホラあった
冒険用の道具もそのなかにあったし、まだ迷ってるのは本当なんだろう
「ただ、隊長だからなぁ、そう簡単に辞められるもんでもないんじゃない?」
「世知辛いね」
夢と現実と、世の中うまく行かないことだらけだなぁ
読んでいただいてありがとうございます。