BEGINS STORY 《未知(みち)のNew Stage(ニュー・ステージ》 Part2
―前回のあらすじ―
・謎の少年は、酷く恐ろしい『夢』に魘されていた。
目を覚ました彼は、自分の姿を見て驚愕した。
数々(かずかず)の障害(?)を乗り越え、少年は悲鳴の聞こえた隣の部屋へと向かった―。
―コツ、コツとヒール特有の足音が廊下のフローリングの床に響く。
数秒も歩かない内に、悲鳴が聞こえた目的の部屋に到着した。
俺はその部屋のドアの前に立ち、コンコンと優しくノックする。
「どうかしたのか?」
「えっ!?あ、いや、何でもないよ!
うん、何でもない何でもない!」
ドアの向こう側から、妙に慌てている若い女の子の声が聞こえてきた。
「(…露骨なまでに怪しいな…)
すまないが、部屋の中に入らせてもらうぞ」
「えっ、ちょっ、へ、部屋には入らないで!」
必死にそう叫んでいる女の子の声を遮り、
俺はドアノブをゆっくり回してドアを開け、女の子の部屋に足を踏み入れた。
そんなデリカシーの欠片もない俺の視界に映ったのは、
俺のと同じくベッドだけの質素な内装の部屋と―。
アイルランドに伝わる妖精『デュラハン』の様に、
『頭部と体が分離している』女の子の姿だった。
予測のつかない…いや、予測がつく筈もない衝撃的な光景に、俺は言葉を失った。
「…うぅ、だから部屋には入るなって言ったのにー…」
カジュアルな雰囲気のあるパーカーを着こなす体に、
まるでヌイグルミの様に抱えられているポニーテールの女の子は、酷く落ち込んだ表情をしていた。
「…す、すまない…。一応、念のため確認するが…。
君のそれは、手品やマジック…ではないな」
一人で自問自答している俺を、何故か不思議そうな表情で見つめている女の子。
「…?どうかしたのか?
俺の顔に、何か付いているのか?」
「え?あ、ううん!気にしないで!
それよりも、君のその左胸、どうしたの?」
女の子が投げかけてきた質問に、俺は思わず言葉を呑んでしまった。
正直に話したところで、当事者である俺ですら理解し難い事実を、
初対面のこの子に解る筈などない。
かと言って、何も答えないでいるというのは、どこか心残りがある。
「…少し、な…。あまり追及しないでくれると有難い」
俺が考えに考え抜いた苦肉の策、それがこの言葉だ。
こう言えば特に不自然さは無いし、
「何か事情があるのかも」と推測してくれる事だろう。
そんな俺の想いが通じたのか、女の子は納得したかの様に「ふーん…」と相槌を打った。
「…そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は―。」
その時、俺の頭の中を『暗黒』が支配した。
それはつまり、行き場のない『迷宮』に迷い込んだのと同じ意味だった。
「…俺は…一体、『誰』なんだ?」
そう、俺は自分の名前はおろか、『自分』という物が分からなかった。
どれだけ記憶を整理しても見つからない、分からない。
まるで、先の見えない『絶壁』に立たされている様な感覚だった。
俺の頭の中に残っていたのは、
自分が男性であるという事実と、『夢』の中で見た死の瞬間、だけだった。
何故、自分が此処にいるのか、
どうして左胸が抉られているのか、
あの『夢』は現実に起きたことなのか、
そもそも俺は『誰』なのか。
そんな大事な記憶が、俺の頭から綺麗さっぱり消え去っていたのだった。
「…えっと…。つまり君は、記憶喪失…って事?」
驚きを隠し切れない女の子が、たどたどしい口調で俺にそう尋ねてきた。
俺は彼女の質問に、無言の頷きで答える。
「うーん、それは困ったね…。
…!そうだ、ミコト!『尊』って名前はどうかな!?」
「…なんだ、藪から棒に」
「名前だよ、名前!
記憶を失っている間、ずっと名前がないなんて不便でしょ?
だから、尊って名前はどう?仮名としてさ!」
先程の態度から一転、天真爛漫な表情と声色で俺に話し掛けてくる女の子。
「…尊…。尊、か…」
俺は、そんな風に様変わりした彼女の態度に疑問を抱きながらも、
気付けば『尊』という名前を何度も無意識に口遊んでいた。
「…何故かは分からないが、しっくりと来る名前だな…」
「ほら、でしょでしょ!
よっし、君の名前は尊君で決定!
ボクは逢坂琴音!これからよろしくね!」
「…あ、ああ」
何だか、彼女の勢いに流されてしまった気がする…。
そう思いながらも、俺は目の前に差し出された琴音の右手を握り、握手を交わした。
―登場人物―
尊
・頭と体離れている少女、琴音と出会う。
自分に関する記憶の殆どが失われている。
『尊』という名は、琴音に一方的(?)に付けられた仮名。
逢坂琴音
・尊の部屋の隣にいた女の子。一人称は『ボク』。
体と分離している頭を、両腕に抱えて過ごしている。
勝手に『尊』という仮名を付けるなど、少しマイペースな一面も。