拝啓 北の将軍様
本日朝の北朝鮮弾道弾上空通過を受けて緊急投稿。
『拝啓 北の将軍様』
この作品を、北朝鮮最高指導者に捧げる。
さて、舞台は現代……と思いきや違う。
並行世界、パラレルワールドと言い表すのか。
そんな物語…………
時に、西暦二〇三〇年。
異世界《方舟》と日本国が緊密な同盟国となった世界。
そりゃあもう日本はネット小説顔負けの対異世界外交スキルを発揮し、新日本神話として後世に語り継がれる伝説を創ってしまったものだ。
で、この伝説の中心となったのが……当時は大黒柱が自衛官であることを除けばごく普通の一家だった、戸村家であった。
戸村一家は家族ぐるみで異世界転移に巻き込まれた。
日本国政府異世界政府双方の思惑でこの一族、肩書きがスゴい。
【前防衛省統合幕僚監部統合幕僚長 異世界宰相
戸村幸一(63)】
【在日異世界軍司令官
戸村友里(58)】
【駐日異世界武官 兼 戦艦ミカサ艦長
戸村洋介(31)】
【衆議院議員 内閣府特命担当大臣(異世界担当)
戸村美香(31)】
そして、現在育ち盛りな女の子……
【戸村遥(5)】
この一家が紡ぐものとは……?
* *
そこは内装だけ無駄に豪華な執務室。
独裁者が狂乱していた……
「ぬははは!いまいましい日本野郎め!!目にもの見せてくれるわ!!!!」
妙チクリンな髪型に、丸みを帯びた身体。彼を太らせるために何人の人民が飢えたのだろうか?
この御仁が朝鮮民主主義人民共和国を指導なさる朝鮮人民軍最高司令官にして、国務委員長、労働党委員長、偉大なる金序運同志であらせられることは言うまでもないだろう……
金序運も相応に歳を重ね、齡四七。その体型から容易に推察できる持病も悪化し、先代の二の舞となるであろう。
側近が叫ぶ。最高指導者の機嫌を損ねないように。彼らとて必死なのだ。
「「攻撃!攻撃!攻撃!」」
「「金序運同志!命令だけください!!」」
「もし!進軍命令が下されれば!天皇一族からぶちのめす!」
「腐敗した民主主義の政治家には銃弾も勿体無い!切り捨てる!」
そして……独裁者の笑い声が響いた……
* *
「……随分と早く目が覚めた、な」
男は身を起こすと、傍らに川の字になって眠る妻子を見つめる。
朝食まではまだ時間がある。
充電器に繋いだスマホを適当にいじる。
ここは戸村家。
やはり日本人だけあって、それなりに年季が入った木造家屋……と言っても良質で広い家であるが……普段から畳に布団を敷いて寝る。
まあ、そんな感じの普通の日本人の暮らし。
その男──洋介は、近くに眠る美香と遥を見つめ、微笑む。
彼と母の友里のふたりは、異世界転移関係で一度は家族と離ればなれになったものの、再会。
美香との間に愛娘、遥も誕生し、幸せをかみしめていた……
──と、
スマホが大音量で鳴り響く.慌てて端末を落としそうになる彼。
「!?」洋介は驚く。
「……ん……洋介?」薄目を開ける美香。
「……むにゅ」おねんねを中断された遥。
そこには……
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【 国 民 保 護 に 関 す る 情 報 】
【 発射準備情報。発射準備情報。北朝鮮ミサイル基地に動き。弾道ミサイル発射の可能性あり 】
【 対象地域:日本全域 】
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戸村一家の長い一日が始まった…………
* *
東京都千代田区。日本の中枢。
早朝にも関わらず首相官邸には報道陣が押し寄せ情報を狙う。
と、彼らにとって格好の獲物が黒塗りのセダンから降り立つ。
漆黒のスーツにネクタイを決めているが、頭髪の手入れまでは手が及ばず、顔には少しの焦燥感。
「「総理!」」
その男は日本国政府の最高責任者であるが、役職に反比例して若かった。……いや、若すぎる。
「北朝鮮より弾道ミサイルが発射されると思われます。私は情報集約センターにて自衛隊、警察、消防、海上保安庁の指揮にあたります。後に内閣官房長官の記者会見を予定していますので、追って発表します。……国民の皆様は、政府を信頼していただきたい」
そう言い残すと、若い首相は足早に去った。
「こちらへ。大泉総理」
内閣総理大臣が足を踏み入れるは、官邸地下の情報集約センター。
国務大臣らに関係各省庁幹部らがデスクにつき、正面モニターを注視していた。
皆が首相の入室に気づく。
「そのままで」彼は姿勢を正す一同に呼び掛けた。
その男、日本国内閣総理大臣、大泉進太郎。
与党役員等を経験し、わずか四〇代半ばで総理大臣の椅子についた実力者である。
父親の才覚を受け継ぎ、切れ味鋭い弁舌で知られる政治家だ。
自衛隊制服組から状況の説明を受け、自衛隊側の上申に裁可を下す最高指揮官。
「……以上です」
「分かりました。すでに破壊措置命令は発令されています。防衛大臣。しかるべき措置を」
「はい!」
* *
時は遡る。
戸村美香。一児の母であり、政府主要閣僚。
同居する老夫婦は異世界高官として直ちに召集され、今は夫、娘と共に支度していた。
美香が着替える間、洋介が遥の相手に付き合ってやる。
遥は園児服に身を包み、慌ただしい親に疑問を投げ掛ける。
「おとーさん。おじーちゃんとおばーちゃんは?」
「えっとね。みんなで、日本にミサイルを撃つ悪いやつらを、やっつけにいくんだ。……もうすぐまいちゃんのママが来るから。悪いやつらをやっつけるまで一緒に保育園で待っててね」
「おとーさん。おかーさん」
「「?」」
「がんばって」
娘がいとおしくなって、洋介は遥に頬ずりした。
諸々の準備と、愛娘の保育園への送迎を確認したのち、夫婦は公用車に乗り込む。
「遥が応援してんだ。絶対、負けられないな」
「うん」
夫婦は手を繋ぐ。
目指すは都心。
駐日本異世界武官と内閣府特命担当大臣を乗せ、セダンは走る……
* *
『くそっ!間に合わん!!』
『目標、時速二七〇〇〇キロメートルで地表に降下っ!!!!』
『レーダー捕捉できないっ』
『司令官!どうすればっ』
戦況を告げる弾道ミサイル迎撃部隊からの通信。
もはや……絶望であった。
「総理。天皇皇后両陛下、皇族の方々の避難が完了しました……」
握りしめた拳を震わせ、うなだれる首相。
もはや日本に希望は、ない。
その時。
“そうりだいじんのおじちゃん“
思い出したのは、自らを慕ってくれる幼女。確か、遥と言ったか。
まだ、希望は……
『総理!直接回線で海上自衛隊部隊から!……これは……!?』
……捨てる訳にはいかない!
「これは、護衛艦やまとからです!」
* *
「揃ったな」幸一は頷く。
老夫婦にその息子。そして妻は情報集約センターから見守る。
乗員に目配せすると、彼らはすぐに動いた。
「主機コンタクト」
「射撃システムを自動に切り替え」
「ブラスターキャノン、回路伝導開始!」
唸る巨体。響く轟音。
その艦は……!
「やまとはこれより、北朝鮮弾道ミサイルを迎撃する!!」
護衛艦やまと。
二〇十五年の初陣に始まり、日本国の象徴となってきた戦艦。
やまとは立ち上がる。
「全ては日本の未来のために……!」
巨大砲は天を睨み付け、光が迸る。
「「撃て!!!!!!」」
グリーンの光線が伸び切った。
* *
暗くなった施設。窓からは月明かりが覗く。
「おとーさん……おかーさん……」
遥は心細かった。
友達の親は次々と来るのに、なぜ自分は違うのだろう。
家族は、北朝鮮の悪いやつらをやっつけたのだろうか?
自分が闇に溶かされて行くようで、寂しくなって……
幼女が泣き出す。
泣き声が嗚咽に変わる頃、窓にヘッドライトの閃光が満ちた。
「遥!」
「おかーさん!?」
彼らは戦う。
守るべき人が生きる未来のために。
拝啓 北の将軍様
あなたにとって、日本は邪魔者で敵かもしれない。でも、私たちにだって家族もいる。守るべき未来がある。
あなたが偉大なる元帥様と呼ばれるなら、ぜひ考えてほしい。
日本国民 とや松さん