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人型機動兵器VSねこ。

作者: 黒木猫人

 ◇


 吾輩は猫である。名前はまだない。

 何を間違ったかとんと見当がつかぬ。

何でも逃げ続けて、にゃあにゃあ泣いていた事だけは記憶している。

吾輩はここで始めて鬼というものを見た。

しかもあとで聞くと、それは鬼人という人間中で一番獰悪な輩であったそうだ。

この鬼人というのは、時々我々を捕えて煮て食うという話である。

しかし、その時は何という考もなかったから別段恐ろしいとも思わなかった。ただ男の腕に抱えられて、すっと持ち上げられた時、何だか嫌な予感がしたばかりである。掌の上で少し落ちついて鬼人の顔を見たのが、いわゆる鬼というものの見始めであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残って……というか、今はそんなことどうでもいい!


 改めて、何故こんなことになってしまったのだろう、と猫は思った。

 決して悪気があったわけではないし、事を荒立てるつもりなど毛頭なかった。

 しかし今、猫は命の危機に脅かされている。

「止まりやがれ、猫ぉおおぉおおおぉおッ!!!」

 必死に逃げ回る猫を、猛追する巨影。

 そこには全長二十メートルにも及ぶ、人型ロボットの姿があった。

「う、うにゃあぁ!」

 コンクリートの地面を蹴り、猫は走る。

 止まれるものなら止まりたい。だが、そんなことをしようものなら、その先に待っているのは――

「逃がさぁあぁああぁあぁあああんッ!!!」


 ドン! ドン! ちゅどぉおぉおおぉおぉおおおぉおおおぉおおんッ!!!


「にゃあぁあぁああぁあああッ!?」

 ロボットの持つ巨砲が吠え、猫の真後ろで大爆発が巻き起こる。

 猫は再び思う。そして、後悔する。

 どうしてあんなことをしてしまったのだろうか、と――。


 ◇


 ――話は小一時間程前に遡る。


「ふ〜んふんふふ〜ん♪」

 国際連合軍日本柏支部陸軍大尉、青崎一道あおざきかずみちは、機嫌良さそうに鼻歌を奏でながら、基地の中を歩いていた。

 中とは言っても、あくまで基地の敷地内という意味であって、実際は屋外だった。天気も一道につられたかのように快晴を保ち、麗らかなお昼時を演出している。

 明らかにいつもと違う様子の一道を見かねてか、隣を歩いていた金髪碧眼の男が口を開いた。

「一道、何かいいことでもあったのか?」

 同陸軍大尉のサライア・グレイスと言って、二十四歳の若いアメリカ人だった。その整った目鼻立ちに、綺麗な白い肌は、大人というよりは青年という言葉を彷彿とさせる。

「うん? ふっふっふ……サラ君、よくぞ聞いてくれた」

 一方の一道は日本人。サライアの身長がやたら高いせいと、童顔のせいで、高校生くらいに見えてしまうのだが、実はサライアと同じ二十四歳だったりする。

「なんとなんと!」

 一道はだらしなく頬を緩めると、手に持った包みをジャジャーン! と掲げて見せた。

「うちの雪絵が愛妻弁当を作ってくれたのだよッ!!!」


 昨日まで軍の休暇で、一道は自宅に帰っていたのだが、今朝家を出る際、雪絵に一つの包みを渡された。

「これは?」

「み、見れば分かるでしょ、お弁当よ!」

「へ?」

 驚いたのは言うまでもない。

雪絵と結婚してから三か月になるが、まだお互い何かと気恥ずかしい部分があるわけで、夫婦らしいことを言って並べるにしても未だ数少ない。

しかも、渡すなら普通に渡してくれればいいのに、頬を赤らめながら渡すものだから、一道も焦る焦る。

「え、えっと……ありがとう」

「き、昨日の残りものを処理しようと思っただけよ。べ、別にあんたのためにわざわざ作ったわけじゃないんだからねッ!」


「――というわけなんだよ、サラ君!」

 どこか遠くを見つめるような瞳をしている一道に対し、サライアは既にそこら辺の芝生に座って、売店で買ったパンをほおばりつつ、

「うん、とりあえず、お前の奥さんがツンデレだってことはよく分かった」

「って、一人で食い始めてるし!」

 気付いて辺りを見れば、一道達が外で昼食をとる際に来る、いつもの場所に着いていた。

 格納庫横の、日当たりの良い場所。一面芝生になっていて、そよそよと風が吹き、ほのかに草の香りがする。

 一道もゆっくりと腰を下ろした。

「ところで一道、新型のWFの話は聞いたか?」

 弁当の包みを解きつつ、一道はサライアに言葉を返す。

「ああ、今朝聞いた。先日搬入されたんだってな」

「それも二機。これがな、半端ねぇんだよ。その新型、まだ試作機なんだが、聞いて驚け? なんと出力はヴァリアントの十倍!」

「なっ!? 十倍!?」

 包みを解いていた一道の手が、途中で止まる。

「何やら凄いエンジン積んでるらしいぜぇ? で、ここからが本題だ」

 サライアがにやりと笑う。長年一緒にいる一道には、それがどういう意味かよく分かった。

「試作機二体がこの基地に運び込まれた理由、分かるか?」

「おそらくは……性能試験」

「そうだ。じゃあ、そのテストパイロットは?」

「全10小隊の隊長クラス……俺達か!」

「その通り!」

 がっしと握手を交わす一道とサライア。

「サラ、やっぱお前は最高だぜ! ただし、どちらか一人が選ばれなった場合でも恨みっこ無しな」

「当然。望むところだ」

 二人は親友であると同時に、良きライバルでもあった。

 ふと、一道の腹の虫が、ぐぅと鳴き声を上げる。

「……とにかく腹が減った。何よりもまずは雪絵の弁当を頂くとしますかね♪」

 再び鼻歌を奏でながら、一道は弁当の包みに手を掛ける。

すると、

「ありゃ」

 飲み物がないことに気付く。午前中の訓練で、あいにく一道の咽喉はからからだった。

「サラ、俺、ちょっくら飲み物買いに行ってくるわ」

「おお、行ってらっしゃい」

 一道は財布だけ持って、その場を後にする。

 まさかこの行動が後の惨劇の引き金になろうとは、彼は思いもしていなかった。


 ◇


 ミルクたっぷりのカフェオレ缶を片手に戻った一道が見た光景は、暴れる猫に悪戦苦闘するサライアと、無残に成り果てたある物体の姿だった。

 カラン、とカフェオレ缶が手から滑り落ちて転がる。

「にゃあ! うにゃー!」

「このやろ! 暴れんなッ! って、あ……!」

 サライアが一道に気付いて、顔を青ざめさせる。

 一道はふらついた足通りでサライアの横を通り抜けると、物体の前でしゃがみ込んだ。

 もはや原型を留めていないその物体の名は――

『愛妻弁当』と言った。

 箱は猫の引っ掻き傷だらけ。中身は見事にひっくり返り、御飯が血の花散らすがごとく、ぺちゃんこになっていた。雪絵が作った卵焼きとミートボールは、まるで引き裂かれた内臓のよう。そして風にたなびくレタスは、長い髪を思わせた。

「か、一道、それには浅くも深いわけがあってだな……」

「サラ」

 一道の声は今や氷の刃だった。冷たく、鋭く、サラに突き刺さる。

「……やったのはどっちだ? お前か? それともそこの猫か?」

 暗く鈍い光を放つ瞳がサライアを捉える。

 サライアはぶんぶんと首を横に振って、腕の中の猫を指さした。

「そうか……」

 毛並みの良い三毛猫だった。今のような状況でなければ、一道も可愛いがっていたかもしれない。

 その時。

「に、にゃあぁ!」

「あ! 待て!」

 するりとサライアの拘束を抜け、猫が逃げ出した。

「……くぉんの――」

 一道の行動は早かった。腰から拳銃を引き抜くと、


 ドンドンドン!!!


 猫に向かって思いっきり発砲した。

「逃がすかボケェエエェエェエエエェエッ!!!」

 そして、疾風のごとく走り出す。

「お、おい! 一道!」

 もはやサライアの言葉は一道の耳に届いていなかった。


「止まれぇええぇええぇぇえッ!!! 止まらなきゃ撃つぞぉおおおぉぉおおおぉおッ!!!」

「うにゃあぁぁあああぁああッ!!!」

 一道の鬼の形相を見れば、大人しく止まる奴はまずいないだろう。一道の方もまた、たとえ猫が止まったとしても容赦なく拳銃をぶっ放すつもりでいた。

「止まらんかぁあああぁああぁあいッ!!!」

 銃弾が猫の足元のアスファルトを抉る。

「ひにゃっ!?」

 一瞬、猫の動きが止まる。一道の瞳がギラリと光った。

「隙ありぃいぃぃぃいいいいぃッ!!!」

 一道は飛んだ。空中で腰から高速振動ナイフを抜き、猫目がけて振り下ろす。

「にゃあぁああぁああぁあぁあッ!!?」

 身体を捻って、かろうじて回避する猫。掠めたナイフが毛を二、三本持って行く。

 ナイフは柔らかい土に突き刺さるがごとく、コンクリートに刀身を埋めた。

 慌てて猫は走り出す。

「ちぃッ、はずしたか! だが……」

 暗く笑う一道。

 彼はただ闇雲に猫を追いかけ回していたわけではなかった。拳銃による牽制で、猫をある場所まで少しずつ誘導していたのである。

 蘇る死者のように、一道はゆらりと腰を上げる。

 歩いて行くと、猫は彼の予想通りの場所にいた。

 格納庫の裏口があり、行き止まりになっている狭い路地。

「に、にゃあぁ……」

 猫は路地の隅っこに身を寄せ、ふるふると震えている。

「くくく……追い詰めたよ、猫君。相手が悪かったな。そして何より、運が無さ過ぎた」

 右手に拳銃、左手にナイフ。

 一道は獲物を捉えた肉食獣の眼で、猫に詰め寄った。

 途中、ある間合いで足を止める。数秒の沈黙。

 次の瞬間、一道のナイフを持った左手が動いた。

 選択した攻撃は『ナイフを振り下ろす』。猫は一道から見て右に駆け出す。

 しかし、一道はその先を読んでいた。振り下ろそうとしていたモーションはフェイント。手首のスナップを使い、ナイフを猫の眼前に投げつける。

 猫はもちろん急ブレーキ。90度方向転換し、一道の右横を通り抜けようと試みる。

 だが、一道の放った銃弾がそれを阻む。猫は咄嗟に左に飛んで――

「捕ったッ!!!」

 全ては一道の狙い通りだった。猫の身体を、空いた左手が鷲掴みにする。

「にゃっ!?」

「よぉし! やっと捕まえたッ!!!」

 一道は猫を片手にぶら下げ、その顔を覗き込んだ。

「くくく……よくも俺の命より大切な弁当に手をつけてくれたなぁ、おい? 覚悟は出来てるんだろうな?」

 舐め回すように猫を見る。

 この時、一道には一つの誤算があった。

 猫にだって、武器はあるのだ。


 しゃきん!


「にゃあぁああぁああぁあああッ!!!」

 ズバババババッ、と猫の爪が一道の顔を引き裂いた。

「痛ってぇぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえええぇぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええええぇええぇええぇええええぇえええぇえええぇええぇえぇえええぇえッ!!?」

 ふぉおぉおッ、とアスファルトの上でのたうち回る一道。

 その隙を逃さず、猫が路地から逃げ出す。

「あ、あんの――」

 血だらけの顔を上げて、一道は吠えた。

「クソ猫ぉおおぉおおぉおおおぉおおおぉおおおぉおおぉおおぉおおおぉおぉおおッ!!!」


 ◇


 那須佳吾郎なすかごろうは感嘆のため息を漏らした。

「いいよねぇ、この美しくも力強いフォルム。もはや兵器というより、芸術だね!」

「おやっさん! 黄昏れてないで、点検作業手伝って下さいよ!」

 メカニックの一人にどやされて、吾郎は我に返る。

「分かってるって。あっ、そこは慎重にやれよ! こいつら図体はデカいけど、デリケートだから!」

 そこは柏支部の格納庫内。吾郎を含め、十数人のメカニック達がある兵器の周りで作業をしていた。

 二足歩行戦車『ウォーキングフレーム』、通称WF。

七年前、西暦2035年に起きた第三次世界大戦において初めて実戦投入され、多大なる戦果と犠牲者を生み、終戦へと導いた、人型機動兵器である。

 そして今、吾郎達の目の前には、その最新型である試作機が二機、鎮座していた。

 吾郎はメガネの位置を直し、それを見上げる。三十代後半の男の口元は、子供のような笑みを浮かべていた。

「おやっさん、この新型来てから、にやけっぱなしですね」

「おうよ、俺はな、こういうのをイジりたくてメカニックになったんだ。ほれ、昭和時代の何だっけ? ロボットアニメでさ、ガン何とかってあったろ」

「ガンザム……ガンバムでしたっけ? ああ、言われてみれば、こっちの白い方はそんな感じがしなくもないですね」

 メカニックが二機の内の一機、白塗りの機体に視線をやる。

 まるで西洋の甲冑を纏った巨人がそこに眠っているかのようだった。純白の装甲は所々青いフレームで縁取られ、胸部には緑色の珠が三つ輝いている。その外見からして、従来のWFとは一線を駕す存在であること伺わせた。

「DG‐158‐1、グングニール。三つのエンジンを並行稼働させるトライコアエンジンにより、従来の十倍以上の出力を獲得。ふむ、近接戦闘向きの機体……か」

「お前、何言ってんだ今更……って」

 気付けば、吾郎の横に立っていたのはメカニックではなく。

 ――一道であった。

「青崎!? お前、いつの間に!?」

 白い機体――グングニールのマニュアルを片手に、一道はパイロットスーツに袖を通す。

「ついさっきからです。それにしても、これが新型ですか。なかなかのハンサムですね」

「あ、やっぱお前もそう思う? いいよね、格好いいよね! ……どうでもいいけどさ、お前、何でパイロットスーツに着替えてるわけ? 何でマニュアル持ってんの? 聞いてる? つーか、そっちエレベーターの方なんだけど。一道く〜ん?」

 一道がエレベーターで、グングニールのコクピットの高さまで上がる。

 コクピット付近で作業をしているメカニック達に

「お疲れ様で〜す」と一礼すると、コクピットハッチを開き、そのまま乗り込んだ。

「そして、格好よく発進……って、ちょっと待てぇええぇええぇえぇえええいッ!!!」

 吾郎は叫びながら、グングニールを素手でよじ登り、閉まりそうになるコクピットハッチに身体を割り込ませる。

「いかにも自然そうに何やってんだ一道!? これまだ調整中だから! 動かしちゃダメ!!!」

「根性で何とかします」

「ならねぇよッ!!! いいから早く降りろ! 勝手に動かしたら軍事裁判ものだぞ!?」

「おやっさん」

 一道は吾郎に向き直る。その眼は真剣だった。

「……俺はね、ずっと前から、結婚したらペットを飼おうと思ってたんですよ」

「は?」

「それで、猫か犬のどちらかを飼おうって思ってたんです」

「あ……ああ、そうなのか」

「けどね、やっぱり」

 一道は手元の起動ボタンを押した。

「犬の方飼うことにします」

 グングニールのアイカメラに黄金の火が灯る。

「おわッ!?」

 振動で、吾郎はバランスを崩し、コクピットからエレベーターに転がり落ちる。ハッチはその隙に完全に閉まってしまった。

「おい、こら、一道! グングニールで一体何するつもりだ!?」

 ハッチを叩く吾郎。それには答えず、グングニールが動き出す。

『屋外に出ます。シャッターを開けて下さい。開けないなら力づくでぶち破りますよ』

 外部音声で、一道の声が格納庫内に轟く。

 吾郎は頭を抱えた。

「あー! 何なんだもう! おい、誰かシャッター開けろ! バカが新型で出るぞー!!!」


 猫は辺りに一道の姿がないことを再度確認して、ほっと胸を撫で下ろした。

 一時はどうなることかと思ったが、とりあえず命は助かったらしい。

 格納庫から離れた、開けた場所で、毛づくろいをして心を落ち着かせる。下手に物陰に隠れるよりは、どこから相手が来ても素早く反応出来る場所の方が良い、と猫は考えていた。

 だがそれは、相手が人間であればの話。

 突然、猫の耳に稼働音のような物音が届く。

「にゃ……?」

 見ると、格納庫のシャッターが徐々に上がっていた。

 やがて、中から巨大な人型が姿を現す。

「に、にゃあぁ……」

 猫の本能が告げている。

 『危険な存在が来る』と。

 WF――グングニールのアイカメラが、猫の姿を捉えた。


「見つけた……」

 一道はコクピットのモニターに映った三毛猫を逃すまいと、眼の神経を張り詰める。

 グングニールが体勢を低くし、片手を地に着く。

 一道は一度、深呼吸をし、

「国際連合軍日本柏支部陸軍大尉、青崎一道! 二十四歳、新婚三か月!!」

 瞳を、かっと見開いた。

「出撃するッ!!!」

 グングニールが一気に加速したのは、その刹那。

 一瞬で猫との間合いを数メートルまで詰める。

「にゃーッ!?」

 繰り出された巨大な掌を間一髪でかわす猫。一目散に逃げ出す。

 一道はグングニールをスライディングで止まらせる。

「これが新型……! まるで自分の背中に羽が生えたみたいじゃないか。この機体なら……行ける!」

 格納庫から持ってきたグングニールの専用兵器、四連装ガトリングバスターライフルを構える。

「くらいやがれッ!!!」


 ドン! ドン! ドン! ドン!


 柏支部を爆音が包み込む。四度に渡るビーム砲がアスファルトを抉り、クレーターを作り出す。

 しかし、肝心のターゲットはと言うと。

「にゃあぁあぁぁああぁあッ!!?」

 健在だった。しかも無傷。

「さすがだな! こうなったら最大出力で――」

『止めぇえぇえぇええぇええぇぇえぇえええいッ!!!』

 ライフルのツマミを捻ろうとしたところで、無線からの大声に阻まれる。

 吾郎の声であった。

『最大出力で発砲!? お前はこの基地を壊滅させるつもりかッ!!!』

「おやっさん、止めないで下さい! 俺はあの猫を倒さなきゃならないんです!」

『猫!? 猫って何!?』

 その時、グングニールのレーダーが警報を上げる。

「三時の方向から攻撃!?」

 咄嗟にバックステップするグングニール。

 飛んで来た砲弾がガトリングバスターライフルに直撃、砲身を破壊する。

「くっ、武器が!」

『そこまでだ、青崎大尉!』

 聞きなれた声に振り返る一道。

 無数のWFが、グングニールにマシンガンやバズーカ砲を向けていた。

 量産型WF、ヴァリアント。安定した性能を持つ、国際連合軍主流の兵器である。

「その声……第03小隊のボブ大尉か! いや」

 それだけではない。他の小隊の面々も勢揃いだった。

 その数、三十機以上。

『何があったかは知らん。だが青崎大尉、君の行動は明らかに軍規違反だ。大人しく新型から降りたまえ。今ならまだ取り返しがつく』

 ボブの駆るヴァリアント・カスタムからの光通信。

 一道は首を横に振った。

「出来ません」

『君には妻がいたはずだ。夫がこんなことをしていると知ったらどう思う』

「ふっ、分かってませんね、ボブ大尉。……妻がいるからこそですよ」

『何?』

「何故ならば――」

 グングニールの構えた手が紅蓮の輝きを帯びた。

「愛妻弁当より尊いものなど、この世に在りはしないッ!!!」

 刹那、グングニールが超速でヴァリアント部隊の中央に飛び込む。

『なっ、早い!?』

「うぉりゃああぁあぁあああぁああッ!!!」

 グングニールの手刀が軌跡を描いた。

 近くにいたヴァリアントの足が次々と切断され、地面に倒れ込む。

「ほぁたぁああぁああぁあぁあああッ!!!」

 そこからはもう、グングニールの独断場。斬っては倒し、切っては倒しの繰り返し。余りのスピードと気迫に、反撃出来る者すらいない。

 そうして数分後。

『まさかここまでやるとは……!』

 残っているのは、ボブ大尉のヴァリアント・カスタム一機だけとなっていた。

「もういいでしょう、ボブ大尉。決着はつきました」

『……いや、そうはいかんな』

 ヴァリアント・カスタムが巨大なシールドを構える。

『私にも少なからずプライドというものがある。戦いもせず退くわけにはいかない!』

 バズーカを放り捨て、腰からビームブレードを取り出す。鮮緑色の刀身が展開した。

「その志……尊敬に値します。ならば、俺は全力で迎え撃つまでです!」

 グングニールもまた、静かに手刀を後ろに引く。

『青崎大尉。前大戦で〈ゴッドサムライ〉と謳われた英雄の力、この眼で見せてもらおう!』

「……行きます!」

 先に飛び出したのはグングニール。ヴァリアント・カスタム目がけて、一直線に突進する。

『勢いやよし! だが、踏み込み過ぎだッ!!!』

 繰り出された手刀を最小限の動きでかわし、ビームブレードで薙ぐ。

「くっ!」

グングニールはもう片方の手刀でそれを防いだ。バックステップして距離をとる。

『私とて幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたベテラン! そうそう若い者に遅れはとらんよ!』

「……そのようですね。どうやら、勝つにはこのグングニールの必殺技に頼らざるを得ないみたいです」

『必殺技だと……?』

「ボブ大尉は、グングニールの名前の由来が何だか分かりますか?」

 グングニールとは、北欧神話に登場する最高神、オーディンが持っていたとされる神槍の名である。

「その飛来するのを止めることは出来ず、狙いをかわすことは絶対不可能。まさに一撃必殺の槍」

 一道がそう言うと、グングニールの胸にある3つの緑珠が眩い輝きを放つ。蒼電が純白のボディーを伝い、右の手刀が紅蓮の光を強めて行く。

「トライコア・フルアクセル」

『な、何だこの光は……!』

「行きますよ……ボブ大尉!」

 掛け声と共にグングニールがブースターでフル加速、手刀を弓を撃つように引き絞る。

『うぉおぉおおぉおおぉぉおおおおッ!!!』

 ヴァリアント・カスタムが反射的にシールドを構える。

「ペネトレート――」

 グングニールが手刀を槍のように突き出した。

「フィニッシャァアァアアアァアアアァアアァアァアアアァアァアアァアァアアアァアアァアアッ!!!」

 直後、グングニールの腕装甲が花のごとく四方に開き、二の腕が伸長。ヴァリアント・カスタムの分厚いシールドを貫通して、頭部ごと刺し貫く。

 爆発が起き、メインカメラを失ったヴァリアント・カスタムは、こと切れたように地面へと沈んだ。

 グングニールの二の腕が再び縮み、大きく蒸気を上げる。装甲が閉じて、元通りとなった。

「ボブ大尉。盾で防ごうとした時点で、あなたの負けです」

『……そうか、その攻撃はかわすべきだったか。ふっ……気圧されてしまったよ』

 グングニールは落ちていたバズーカ砲を手に取る。

「これ、借ります」

『……手合わせして、君がどういう男なのか、改めて分かった気がするよ』

「今更ながら、馬鹿みたいですけどね」

『愛妻弁当……か。私はもう十年以上作ってもらってないな……』

 一道はグングニールを発進させる。

 彼の目的は唯一つだった。


 ◇


「そういえば、おやっさんの通信、あれっきり切れたままだな」

 コクピット内はボブ大尉との一戦以降、静けさを保ったままでいる。

「あ! いた!」

 思わず身を乗り出す一道。コクピットのモニター内に、建物の影に隠れている猫の姿を見つけたのだ。

「に、にゃあ!」

「ここであったが百年目! 今こそ決着をつけるッ!!!」

 グングニールはバズーカのターゲットを定める。

「うぉおおぉおおおぉおおぉおおぉおおおおッ!!!」

 叫びと共に砲撃、猫の隠れ蓑の建物を爆砕する。その程度の被害など、もはや一道の前では無に等しかった。

「あにゃあぁッ!!?」

「止まりやがれ、猫ぉおおぉおおおぉおッ!!!」

 どっこぉおおおぉおおおおぉおおぉおおぉおおんッ!!!

「う、うにゃあぁ!」

 ばっこぉおおぉおおおぉおおぉおぉおおぉおぉんッ!!!

「逃がさぁあぁああぁあぁあああんッ!!!」

ちゅどぉおぉおおぉおぉおおおぉおおおぉおおんッ!!!

「にゃあぁあぁああぁあああッ!?」

 爆音と猫の鳴き声が繰り返し、不協和音を奏でる。

 だが、それもやがて、終焉が近付く。

 猫の体力にも限界が来ていたのだ。

「にゃッ!?」

 足をもつれさせ、猫は転んでしまう。

 すかさず、手を伸ばすグングニール。

「今度こそ……捕まえる!」

『待て、一道ッ!!!』

 グングニールの動きが止まる。

「おやっさん……?」

 吾郎の通信の違和感に気付く。声に焦りというか、鬼気迫るものがあった。

「止めても無駄ですよ、俺は」

『よく聞け! お前は騙されてたんだ! 全部仕掛けられてたんだよ!』

「え? おやっさん、何を言って……?」

『気を付けろ! 来るぞ!』

 直後、グングニールのレーダーに新たな機影が浮かぶ。

レーダーが示すその機体コードは、

「DG‐158‐2……ということは!」

 突如放たれた五本のレーザーを、グングニールは横に飛んで避ける。

 格納庫の奥から、漆黒のWFが現れた。

「グングニールの兄弟機、『ナンディン』か!!!」

 柏支部に運び込まれていた新型の二号機。

 グングニールに酷似した容姿を持ち、胸には三つの赤い球体が輝いている。唯一形状が全く異なる頭部から、グリーンのアイカメラがグングニールを見つめていた。

『よう、派手にやってるみたいじゃないか、一道』

 流れる声は無線からではなく、光通信。だが、良く知っている声。

「何やってんだ……サラ。そこで」

『見て分からないか? お前と同じように、おやっさんから新型を盗んで来たんだよ』

 ナンディンに乗っているのは、親友、サライア・グレイスであった。

「俺を止めるためか?」

『違う。俺がそんなことするわけないだろう?』

 だからといって、決して一緒に猫を捕まえてくれるわけでもない。

 レーザーで攻撃してきたのが何よりの証拠だ。

 ならば、サラの目的とは一体何なのか。

『一道、猫が自分で弁当の包みを開けられると思うか?』

 その言葉で、一道の脳内に昼休みの光景が甦る。


 その時、一道とサラは芝生に座り、新型機の話に花を咲かせていて。

「……とにかく腹が減った。何よりもまずは雪絵の弁当を頂くとしますかね♪」

 一道は弁当の包みに手を掛けたのだ。

「ありゃ」

 しかし、そこで飲み物がないことに気付き、

「サラ、俺、ちょっくら飲み物買いに行ってくるわ」

「おお、行ってらっしゃい」

 財布だけ持って、その場を後にした。


 ――そう、一道は弁当の包みを開いていない。

 だがカフェオレを買って戻ってきた時、弁当の包みは開かれ、散乱していた。

 皆が知っての通り、猫の手は物を掴むために出来てはいない。

 肉球という名の楽園がそこにはある。

 ぷにぷにむにむにのふっにふにである。

 男のロマンがそこに詰まっている。

 ……ともかく、猫に弁当の包みを開くような作業はまず出来ないと言っていい。

 つまり。

「サラ。お前が包みを開いて、あの猫がやったように見せかけた……!」

『その通り。たまたま野良猫を見かけてな。運命が俺に味方したとしか思えないぜ。そうそう、一道気づいたか? あの三毛猫、驚くことにオスなんだ』

 嬉々として話すサラに、一道は怒りの言葉を口にしようとして止める。

『どうした、一道。怒らないのか?』

「……はっ、むしろ笑いたくなるね。サラ、お前、さては悔しいんだろ」

 グングニールがナンディンを指差した。

『ああ、そうだ。俺はお前が俺より先に結婚しやがったことが気に食わない!』

「やっぱりな! それであれか、愛妻弁当ぶちまけて憂さ晴らしか! やることが小さいんだよッ!!!」

『猫捕まえるために新型使う奴よりマシだね! 俺はな、本当は戦争時からお前のことが嫌いだったんだよ! 何が英雄のゴッドサムライだ! 語呂悪いわッ!!!』

 グングニールがバズーカを捨てて、両腕の手刀を構え、ナンディンが十本の指を前に突き出す。

「怒るも何も、結局互いに目的は同じ!」

『己の誇りのために!』

 一道は愛する妻の作ってくれた弁当のために。

 サラは一道よりも上に立つために。

 そして何より、二人はライバルであり……親友だから。

「そう、たとえバカと罵られても」

『男には!』


「『戦わねばならない時があるッ!!!』」


 両機同時に動いた。

 ナンディンの十指から、レーザーが一斉掃射される。

 それらを振り切り、グングニールが懐に飛び込む。

 唸る手刀をかわして、ナンディンは急速後退。レーザーで弾幕を張る。

 互いに一歩も譲らない。

 戦いは更に激しさを増して行くが、未だ白と黒の装甲には傷一つ付かない。

 二人の意地がそうさせていた。

『やるな、一道! だが、ナンディンにも必殺技がある!』

 レーザーでグングニールとの距離を十分にとった後、ナンディンは両手を前に構えて重ね合わせ、握り拳を作る。

「!」

 サラが勝負に出ることを直感で悟り、一道もグングニールの片腕を引く。

「『トライコア・フルアクセル!』」

 両機、必殺技の体勢。

 ナンディンの握り拳の前でエネルギーが収束し、黄金の閃光球を形成する。

 接近戦を得意とするグングニールに対し、ナンディンは中〜遠距離戦で威力を発揮する機体である。両腕部にレーザー変換システムを内蔵し、強力なレーザー砲を放つことが出来るのだ。

『真っ向勝負だ、一道! 受けるがいい!』

 叫ぶサラ。一道はグングニールのアクセルを踏む。

「ペネトレート――」

『ジェネシック――』


「フィニッシャアァアアァアアァアァアアアァアァアァアアァアアァアアァアアァアァアァァアアアァアッ!!!」

『バニッシャアァアァアアアァアアァアアァアアアァアアァアアァアアァアアァアアァアァアアアァアアッ!!!』


 神槍を繰り出すグングニールを、ナンディンの放った黄金の破壊光が阻む。

「貫け、グングニール!」

『無駄だ!』

 やがて、優劣が明らかになる。

 グングニールの片腕が次第に熔解をし始めていた。

「くッ!?」

 粉々に吹き飛ぶ神槍。

「まだだッ!!!」

 グングニールが破壊光を掻い潜り、ナンディンに肉薄する。残った片腕は既にチャージ済み。

「ペネトレートフィニッシャアァアアァアアァアアッ!!!」

 だがその瞬間、ナンディンの片腕が動く。

 グングニールの手刀は、ナンディンが盾代りに使った片腕を貫くが、素早く首を横にずらされた為に、頭部には当たらない。

『一歩及ばなかったようだな! 一道、俺の勝ちだッ!!!』

 ナンディンが残った方の腕をグングニールの頭部に突き付ける。

 そして、そのままレーザーを発射……出来なかった。

『何!?』

 ぐらり、とナンディンの巨体が傾いたのである。

 グングニールはナンディンの足を払い、貫いた腕を掴んで背負おうとしていた。

「うぉおおぉおおおぉおおぉおおおぉおおおぉおぉおッ!!!」

『こ、これは!!?』

 柔道の技、一本背負い。

 ナンディンが宙を舞う。

 そうしてグングニールは遠心力を使い、逆さになったナンディンの頭部を、


 コンクリートの地面に思いっきり叩きつけた。


 ボディーも地面に崩れ落ち、沈黙する黒い機体。

 グングニールの……勝利だった。

 しばらくして、サラが口を開いた。

『……まさか、柔道にやられるとはな』

「そうでもしなきゃ……俺が負けてたんだよ」

『ははっ……いい勝負だったぜ。悔いはない』

「くくっ、そうかい」

 二人して子供みたいに笑い合う。

 全力を出し切ったせいか、何だかとても清々しい気分だった。

『って、お前らぁああぁあああぁあああぁあああッ!!! 新型壊れてんじゃねぇかよッ!!!』

 もっともこの後、仲良く二人揃って吾郎に説教される羽目になるのだが。


 ◇


 その後のことを話すと、肝心の猫は何とか捕まった。

 愛妻弁当を巡る騒動のせいで柏支部の機能は半ば停止。一道とサラは上官にもみっちりと怒られた。

 しかしながら、グングニールとナンディンの戦力は容認され、一道とサラは今後テストパイロットに抜擢されるらしい。

 とはいえ、処分は処分。二人には半年の減給と、半年の謹慎処分が下されたのだった。

 これでも奇跡的処分の軽さである。

「で? サラはアメリカに一旦帰るのか?」

『ああ、この機会に美人な彼女でも作るさ』

「言うねぇ。今度是非紹介してくれよ」

『それよりお前、どうすんだ? 奥さんに、謹慎処分食らって帰って来たなんて言ったら、殺されっぞ?』

「大丈夫。そのために秘策を用意してあるんだ。おっ、そろそろ家に着くから切るな。また連絡するよ。じゃ」

 携帯を閉じて、ポケットにしまう一道。

 玄関の前に立つと、咳払いをしてからチャイムを押した。

『はい』

「雪絵、ただいま」

 インターフォンに話しかけると、『一道!?』と驚きの声がして、ドタバタと玄関の奥から足音が聞こえてくる。

 勢いよく扉が開いて、雪絵が顔を出した。

「ちょっと! 何であんたここにいるのよ!?」

「ははは……まぁ、色々あってね」

 ふと、雪絵が一道の持っているモノに気付く。

「ていうか、何それ?」

「うん、実はさ」

 一道が抱えていたのは、一匹のオス三毛猫。

「飼おうと思うんだ、猫」

「うにゃあ」

 一道が優しく撫でると、猫はくすぐったそうに鳴くのであった。




 ―END―


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― 新着の感想 ―
[一言] くだらないのに熱いものを感じてしまった。 ご馳走様でした。
[一言] うっはぁ、かなり面白かった! あ、どうも。評価掲示板から来ました。宮座頭数騎(みやざとかずき)と読みます。以後お見知りおきを。 しかし、ロボットもののコメディは初めて読みました(小説家…
2008/06/20 15:24 退会済み
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