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花の雫  作者: 深澤雅海
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 楽しく嬉しい時間というのは大抵邪魔されるものだ。


 ふたりになって、さてどんな話をしようと紅茶で口を湿らせると、庭の方で人の気配がした。こちらを窺っているようで近付いてくる様子はない。庭師にしてはこちらに無遠慮な視線を感じる。ちらりとジョイを見ると背を付けた向かいの壁を凝視していた視線が庭を向いている。ジョイが気にしているなら庭師ではないのだろう。


 俺は偽物に一言断ってから立ち上がる。庭へ続くドアへ近付くと視線の持ち主としっかり目が合った。


 本物の王女だった。


「リアン、ごきげんよう」


 見つかっちゃった、とちろりと舌を出して上目遣いに見られた。こうすれば自分の事を可愛いと思ってもらえると分かっているのだろう。普通の男だったら鼻の舌を伸ばしていたに違いないが、俺は舌打ちを堪えるためににっこりと笑った。


 ふたりになって数秒しかたってない。

 このタイミングで来たということはマイエに言って女官を下がらせたのだろう。気付かずに喜んだ数秒前の俺を殴りたい。


「ルピナ?」

 偽物の嬉しそうな声が背後から聞こえ内心ため息をつく。

「ひとりで食べてもつまらないから来ちゃった」

「お花のゼリーを見た?」

「ええ見たわ。ナーが好きそうだなって思ったら私も一緒に食べたいと思ったの。リアンったらナーを独り占めしてひどいわ」

「それは悪かったね」

 いつも独り占めしている奴が何を言う。


 笑顔を作って自分の座っていたイスを引き王女に進める。壁に戻ったジョイが本物の方を一瞬睨んだが、そんな視線に気付くことなくふたりは囀るように会話をしていた。

 女官を全員下がらせているのでジョイが気を利かせて置いてあったワゴンから紅茶を入れ王女に出す。偽物の方が気付いて会釈をしたが王女は当然のように口に運んだ。


 女二人が夢中で話を始め、口を挟む隙がない。ここにいても楽しくないし、ただ立っているのは身体もつらい。さっさと部屋に戻ろう、とジョイを促し部屋を出ようとすると、王女に呼び止められた。


「リアン、待って話があるの」

「なんだい?」

「来週の雨季祭、ふたりで出掛けましょう」

「出掛ける?」

 ふたりで? 偽物と王女が、ではなく俺と王女が?


 雨季祭というのは雨を祝い豊作を願う祭りだ。この国は夏の始まりに雨が降りやすくなる。その雨がこの先暑くなっても降るように、干ばつの恐れがないように願う祭りだ。雨の日に五日間行われる。花の宴と違い、城下町で色々な地方から来た行商人の屋台が並び、中央広場でダンスや演劇などのイベントが行われる。基本的に王族はほぼ参加せず、中央広場で祭の始まりを告げると城に戻り、五日目に終わりを告げに中央広場に行くだけだ。

 参加しないというより参加してはいけないのだろう。豊作、つまり農家の祭りだ。


「平民に変装して祭を楽しむのよ。護衛も数人にして、ふたりでデートしましょう」

 偽物も目を丸くしているのを見ると、どうやら王女の独断らしい。

 祭にはこの国以外の人間も多く参加する。それに乗じて犯罪も増える。大勢の人々の中に混ざり王女を守るのはかなり面倒だ。

 というかどうせ行くなら偽物と行きたい。


「あまり賛同できないかな」

「きっと楽しいわよ。そんなに何時間も遊ぶわけじゃないわ。さっと、一時間くらい屋台を眺めて帰るわ」

「時間の問題じゃないよ。人が多いから護衛も大変だし」

「リアンが横にいるなら大丈夫でしょ。人さらいにあったら大声で叫ぶわ。そんなに暗い時間に行くわけじゃないし、ちゃんと庶民の格好するし」

「格好だけ変えても浮くだけだよ」

「みんな祭を楽しむ事しか考えてないわよ。私たちの事なんか見ないわ」

「自分だけが楽しむことを考える人も紛れているよ」

「リアンたら怖いの? ならず者が怖いのね」

「そうだね。怖いよ。君が何を企んでいるのか分からない」

「企んでいるなんて人聞きが悪いわ。思い付きではあるけれど、今まであなたとデートしたことなかったなと思って」

「それならわざわざ城下町にいく必要はないだろう?」

「あらあら、リアン、誤魔化しきれてないわよ。お城から出るのが怖いのね」

「うん。僕は城から出ることがないからね」

 

 これは説得できそうにない。

 今までこんな無理を言ってくることはなかったので対処に困る。

 そうだ、王女が俺と出掛けたいと言うのは初めてだ。

 基本的に彼女たちはふたりで楽しむのを好む。今、この場に王女が乱入してきたみたいに。

 いつもなら俺に構わず偽物とふたりでこっそり行ってくるからごまかして、という依頼をしてくるはずだ。

 何か別の目的があるのか。


「仕方ないわね、リアン。これは命令よ。お父様にも話しておくわ」


 命令と言われていまえば捕虜である俺は逆らえない。


「分かったよ」


 王女の行動に賛同することが多い偽物も、今回は訝し気に王女を見ていた。俺とふたりで、と強調するということは偽物はついてこないのだろう。変装して、しかも城下町に行くのならふたりで出かけるチャンスだ。それなのに偽物を置いていくのは珍しい。

 何か企んでいるのだろうが、ここで深く聞くのは皆の知る「リアン・グリーン」じゃない。


 まあ、本当に王に話すと言うなら心配することはないだろう。

 王も可愛い愛娘が危険のある場所へ行くことを許さないだろうし。


 と、思っていた俺が甘かったわけである。



 ハリボテ王子のはずがヘタレ王子になってしまった…… 

 (笑)

 ちなみにこの時点で24歳くらい。

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