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花の雫  作者: 深澤雅海
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視点変わります。しばらくこの人です。

「リアン様」

 ジョイの言葉に振り返ると、ジョイはこちらではなく廊下の先を見ていた。目線を追うと呼ばれた意味が分かる。

 渡り廊下の入り口、数人の供を引き連れてこちらに歩いてくるはこの国の第一王位継承者、ルピナ王女。髪も肌も瞳も唯一無二の至宝と言われる国王の愛娘。

 唯一無二。

 あきれて笑いも出ない。

 ちょうど彼女に会いに行くつもりだったので立ち止まったまま待つことにする。こちらから駆け寄るようなことはしない。長年、捕虜として生きてきたとしても国を背負う立場だったことを俺は死ぬまで決して忘れないだろう。

 たとえもうどこにもない国だとしても。


 ジョイは廊下の壁に背中を吸い付けるように立ちこちらをちらりと見た。無口で無表情なジョイだがこの国に来た時からいる従者だ。何を言いたいかはすぐ分かる。今は王女の引き連れている女官の多さに呆れたのだろう。

 王女の前に先導するように二人、王女の左右に三人ずつ、後ろに四人いる。そしてその前後に騎士が二人ずつ。公務の帰りだろうが城内でしかもここは王族の居住区だ。そんなに周りを固めなければならないほど危険なのだろうか。人員の無駄だ。


 しばらくすると王女を先導している女官がこちらに気付き王女に道を開けた。女官に礼を言うように微笑むと二人の女官は満足そうな顔だ。彼女たちがおおむね俺に好意的なのはすでに知っていた。

 王女もこちらに気付き微笑む。それでも足を速めることなくこちらに近付いてくる。先導していた女官は一礼するとどこかに去って行った。いなくなるならいる必要があったのか謎だ。

「やあルピナ」

 王女より先に声をかける。婚約者の特権だ。この国に連れてこられた日、城に着く前に怪我をした王女に会ったのだが、連れて帰ったことより先に、どちらから話しかけたのか、を問題にされていた。子供ながら呆れてしまった。そのことが記憶にあるせいか、つい彼女らを見るとこちらから話しかけてしまうのだ。


 さて。

 声をかけると王女は上品に微笑み「こんにちは」とだけ口にし立ち止まった。

 俺との距離は三歩半。

 偽物の方か。

「ちょうど君に会いに行くところだったんだ。珍しい菓子が手に入ってね。お茶でもどうかなと思って」

 少し言葉が弾んでしまったせいか壁際のジョイが小さくため息をついた。誰にも聞かれてはいないだろうが後で文句を言っておこう。

「そうなの? 楽しみだわ」

 王女はそう言うと横にいた女官に目配せする。それだけで女官二人は一礼すると俺たちを追い越して部屋へと向かっていった。お茶の準備をするのだろう。目配せだけで動く女官は優秀だ。

 動いた女官はセセラとカンナ。王女の秘密を知らない二人だ。王女の私室ではなくサロンにお茶の用意をするだろう。

 つまりもう一人の王女は来ることができない。自然と笑みが深くなる。

「きっと気に入ると思うよ」

 本心だった。


 昼頃に叔父から届いた菓子は花の形を模した半透明のゼリーだった。器も凝っていて光の加減で花の中に光が落ちるようになっていた。どう考えても女性向けだ。王女へ持って行けということだろう。

 王の一人娘と知られる王女は、実は二人いる。

 正確に言うと二人ではない。ひとりは偽物、影武者だ。見た目は鏡に映したようにそっくりで、公務で「王女」としてふるまっている時は本当にどちらなのか分からない。王や王妃も見分けがついていないようだった。もちろん偽物の存在を知っている女官ですらふたりの見分けはついていない。公務から離れた私室でふたり揃っている時はその言動でどちらかが分かるようだったが、どちらか一人だけの時は見分けられる者はいないようだ。

 唯一俺がふたりを一目で見分けられるということになっている・・・・・


 本物の王女はこういう見た目の美しい菓子より甘く焼いた焼き菓子方を好む。偽物は本物に合わせて焼菓子も食べるが、美しい菓子の方がより好きなのだ。叔父からのゼリーを見た瞬間、偽物の方に食べさせたいと思った。

 公務が終わる時間を狙って来たが、彼女らのどちらが公務に出ているかは分からなかった。朝会ってどちらが公務に行くのか聞いたとしても、途中で予告なしに入れ替わったりするので前もって聞いていても信用できない。どちらに会えるかは完全な賭けだ。


 手を差し出すと優雅に微笑みながら寄り添ってくる。女官たちも微笑む「理想の婚約者同士」だ。

 しかし寄り添うように見えているが実際触れているのは手だけだった。触れているように見えて触れていないこの距離感。間違いなく偽物の方だ。

 本物の王女と影武者。どちらか見分けられることになっている俺だが、こんなにそっくりな二人を見た目だけで見分けられるわけがない。


 どうやって見分けているのか。簡単だ。見た目以外で見分ければいい。

 子供の頃、初めて会った時は今よりずっと簡単だった。声が微妙に違ったのだ。本物の方が若干高かった。大人たちがなぜ気付かないのか不思議だった。

 今は声も同じになってしまったのでその見分け方は使えなくなったが、見た目以外で見分けるのは同じだ。

 本物の王女だったらここは体重を預けるようにぴったりと寄り添ってくるだろう。

 最初に歩み寄ってきた時もそうだ。本物の王女ならもっと近い。

 この距離感に気付くといつも少し哀れな気持ちになる。偽物の方が距離を取るのは無意識なのだ。本物のと違って偽物の方は他人に攻撃された経験が多い。無意識に警戒しているのだろう。平気そうにしていて警戒している様は保護欲を掻き立てられる。


 それ以外にも見た目はそっくりでも同じ人間ではない。考えていることが違うのだ。偽物の方が人を気遣うし謙虚で大人だった。実年齢も本物より上なのだろう。ちょっとした行動にそれは現れる。

 王女ふたりは互いに知識や言動の相互性が崩れない様に一緒にいることが多い。偽物ひとりを独り占めできる機会は少ない。


 きっと菓子に喜んでくれる。

 

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