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「ねえ、ルピナはリアンのことどれくらい知ってる?」
午後のお茶の時間にリアンは現れず、ルピナと二人きりだったので聞いてみることにした。
「元隣国の第三王子。第一王子と父親は戦争で亡くなり第二王子は行方不明。リアンの弟や妹は全部で十二人。病で亡くなったり、ここからは遠い土地で暮らしていたりとバラバラ。リアンの住んでいた地域はジャオラル領と名を変え、リアンの叔父が領主として治めている。そんな感じ?」
「十二人もいるの!? 妃が八人いるのは知ってたけど」
文章を読むようにスラスラと発した言葉に私は声を上げる。
リアンがこの国に来た時に色々教えられたのだが、今はほぼ忘れてしまっていた。その点、ルピナの記憶力はすごい。
「八人全員が子供いるから。リアンの母親はリアンを産んですぐに亡くなったのは知ってるでしょ?」
「行方不明の第二王子と同じ母親なんだよね。第一王子の母親である正妃に殺されたっていうのも知っている。第二王子って今も行方不明?」
「未だにね。もう亡くなっているとしか考えられないわ。だからお父様はジャオラルに攻め込んだ時にリアンの身柄を押さえておくように騎士団に命令していたらしいの」
「第一王子とジャオラル王は一緒に行動していたって話は聞いてる。そうか、そのふたりが死んだ時点でリアンが王位継承第一位なわけだ。確かすぐ下の弟は当時…」
「三歳。今は十六歳ね。北の方の雪山地方で暮らしているそうね」
「マドメント領でしょ? 羊毛の産地」
「お父様の支配下になってから暖房器具の輸入がスムーズになったから大分暮らしやすくなって、結構感謝されてるみたい。去年送られてきたストール、フワフワでよかったわよね」
「まあ、この辺は一年中暖かいから必要ないけど」
「手触りが素敵だったわ。それだけでも貰えてよかった。それよりどうしたの? リアンに何かされた?」
ルピナはいつもリアンが私に何かするんじゃないかと思っているらしい。
「何かされたわけじゃないけど、ふとリアンのこと深くは知らないなって気付いたのよ。ルピナの方がリアンと話してるかな?」
「うーん。大体一緒だと思うけど、どちらかというと私の方が多く話しているかしらね。一応婚約者だし」
「一応って」
「南の国のアゴが割れてる王子とか北東のハゲ王子とか、他の婚約者候補がアレだからリアンが婚約者でよかったわよ。第二王子の方がもっと格好良かったけど」
「そうなの?」
「リアンは細いけど第二王子は筋肉質で色気があってセクシーだったのよ」
「セク……ルピナが第二王子に会ったのっていつなの? 私が会ったことないってことは子供の頃だよね?」
「まだお母様が元気だった時だから、三歳くらい? 会議か何かでお城に来ていたのよ。その時点で国同士が険悪だったから会ったというか見たというのが正しいかしらね」
「三歳でセクシーとか思ってたわけ?」
「その時は言葉で表せなかったけど今思えばってやつよ」
そう言いつつルピナはパキリと音を立ててクッキーを食べた。女官長がいたら間違いなく大きなため息をつかれていただろうが、今はふたりきりだった。
その昔、王妃のために王が作ったといわれる花の溢れる小さな中庭。その中庭の中央に置かれたガラスで作られたテーブルで私たちは午後のお茶を楽しんでいた。
テーブルの上には十種類は超えるクッキー、一口サイズの焼き菓子、香りのよい紅茶、と贅沢な品であふれている。すべてルピナが用意させたものだ。ルピナは次々と口に運ぶが、私はお茶だけいただいていた。
「ねえ、本当にリアンになにもされてない? ちょっとしたことでも嫌な事されたなら言ってよ?」
食べるのをやめて真っすぐ見つめられる。
「何もされてないよ。ルピナの中でリアンって何かするような人物なの? どう見てるの?」
リアンから指の話を聞くまでは単なる冗談だと思っていたけれど、聞いた後だとルピナの発言にも何かあるような気がする。
「リアンのあの笑顔は処世術だと思うわ。笑顔の裏では色々計算していると思う。私と結婚する気でいるのも、自分の立場を安定させるためだと思うの」
ルピナはうんうん、とひとりで頷いていた。
処世術、とまでは思わなかったが、人間関係を円滑にするために笑顔でいるのだろうとは思っていた。私が思っている以上に、リアンは自分が捕虜であることを重く考えていたのか。
ルピナが思っていたより冷静にリアンを見ていることも知った。
「リアンが私たちふたりを見分けられるのって、ナーの事を好きだからだと思うの。好きな人のことは分かるものじゃない?」
「え?」
何を言い出すんだ、と思ってルピナを見るが、ルピナは当たり前の事の様に平然と木の実の入った焼き菓子を食べていた。
「心の目で見ているっていうのかしら。リアンのそういう所は好きだわ。ナーを好きっていう同士仲良くやっていけると思う」
「仲良く……リアンのこと好きってわけじゃないのね」
「恋愛感情ってこと? どうだろう。好きだなとは思うけど、子供の頃からずっと一緒にいるんだもの。小説や演劇に出てくるみたいにドキドキしたり感動したりってないじゃない?」
「まあ、そうね」
そういう人物だと知っているからだ。だからこそ、知らなかった部分を知ってこんなにも動揺している。
リアンが私の事を好き、というのはどうなんだろう。リアンは皆に優しい。私にだけ優しいわけではない。
キザなことをしてくることはある。手や髪にキスされることは度々ある。そういう人なんだと思っていたけれども。
リアンの手のことはふたりの秘密と言われたしなぁとルピナに話すかどうか考えていると、ルピナはさっと立ち上がり椅子を音を立てて引きずり私の隣に移動してきた。
「それで? リアンに何されたの? 私に言えないようなことされたの? 暴力……はしないと思うけど……告白された? キスされた? 押し倒された?」
腕に抱きついて少し楽しそうに聞いてくる。
「なんで楽しそうなの? リアンはあなたの婚約者でしょう」
「ナーはリアンのことどう思うの?」
上目遣いで見てくる。可愛さ二倍だ。女の私でさえ可愛いと思うのだから、リアンだってルピナを可愛いと思っているはずだ。
私は恋愛をする前にこの城に連れてこられルピナになることを強いられた。恋愛する暇はなかった。
リアンが来ても見分けられたことをすごいとは思ってもそれ以上に何か思うことはなかった。ルピナは見分けられたことを喜んでいたけれど、私は自分の事なのに客観的に見ていたのだ。
あの頃にはすでに、たとえ「私」という人間がいたとしても全ては「ルピナ王女」に上塗りされると気付いていたんだ。
いないものとされることを自覚していた。
例え見分けられる人がいたとしても。
その時点でリアンに恋することを諦めたんだと思う。
「リアンのことは……弟、みたいなものかな」
いずれルピナの夫となる人。
私はルピナに上塗りされるここにはいないもの。
ルピナは「弟かぁ」とつぶやくと私の右腕に巻かれた包帯を優しくなでた。
口に出さなくてもその動作だけで、私を心配していることが分かる。
「ねえ、ルピナはリアンと手を繋いだことはある?」
自分の存在に悲しいとか辛いとか少しも思わない私は、きっとルピナのために生きていける。