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自分の怪我とリアンの行動に振り回されていたから、あの時リアンの指が動いていたか、怪我をしていたかなど全く覚えていない。
ルピナの婚約者となってから初めてふたり揃ってリアンと会ったが、その時も「余計なことを口にしたようですみません」と真顔で言っていたのを覚えている。
婚約者といっても捕虜とそれほど変わらない。いや、捕虜の方が国に帰れる可能性があった。そのことを彼はどう思っているのだろうか。
逆らわない様に腱をつぶし、逃げられない様に婚約者に。
王を恨んでいないだろうか。恨んでいるとしたら?
王の跡継ぎはルピナしかいない。
これは随分と危険なのではないだろうか。
でも十年以上一緒にいて何もなかった。今更だ。彼は誰からも信頼されている。
リアンのおかげで怪我をしなかったこともあるし、私が襲われたときにリアンがかばって怪我をしたこともある。守ってくれていた事実。なのになぜこんなに不安なのか。
十年以上一緒にいるのに、私はリアンのことをあまり知らないのだ。
元隣国の第三王子。第一王子と父親は戦争で亡くなり第二王子は行方不明と聞いている。リアンの弟や妹は病で亡くなったり、ここからは遠い土地で暮らしていたりとバラバラだ。集まるとこの国に都合が悪いからだ。
隣国はジャオラル領と名を変えこの国の一部になり、リアンの叔父が領主として治めている。
リアン自身はそんな故郷をどう思っているのだろうか。話題にしたことがない。彼はずっと聞き役で自分から話をすることがなかった。
笑顔で聞き役に回り、ルピナの我がままを聞いたり宥めたり。指が動かないとは思えないほど剣も強い。四年前に城で行われた試合でも優勝している。目立つことは嫌いだからと言ってそれ以来試合には出ていない。
私たちの知らないところでなにかあったのかもしれない……
一度不安になるとどんどん悪い方向に考えが行き眠れない。次第に痛み止めが切れてきて痛みで眠るどころではなくなってしまった。ベッドから出て痛み止めを飲む気力もない。痛みに耐え眠れないまま朝が来た。
痛い痛いと唸っていると女官が医者を連れて入ってきた。さすが王族に仕える女官だ。
影武者になってから毎日のようにお世話になっている医者は慣れたもので、唸っている私の腕をさっと処置し、痛み止めを注射すると「今日は王の定期健診もやるからまたね」とさっさと帰って行った。あの医者は愛想はいいが私とおしゃべりする気はないのだ。
医者と入れ替わりに女官が王のサインの入った書類を持ってきた。今日は貴族のご令嬢方とお茶会があったのだが、昨日「ルピナ王女」が襲われたせいだろう。取りやめという連絡だった。それ以外のことは書かれていない。
「ということは、今日の私は自由ってことか」
ルピナが人前に出たり人と会ったりすることがなくなれば私の仕事はない。呼び出されない限りは自由時間だ。ただし行き来できる場所は少ない。
取り合えず朝食を食べようと食堂に向かうとリアンがいた。いつもの笑顔で挨拶をしてくる。
「おはようございます。朝ここで会うのは珍しいですわね」
壁際に並ぶ女官を見ると影武者のことを知らない女官も混ざっていたので「ルピナ王女」風に話しかける。
当のルピナはこの時間だとまだ起きてないだろう。ここはリアンがこの国に対してどう思っているのか少し探ってみよう。
「そうだね。僕がいつもより早いかな」
笑顔だがしっかり私を観察しているように見える。いつもこうだったか? 今までどうだっただろうか。
内心疑っていることを表に出さない様にこちらも笑顔で向かいの席に着く。お互いニコニコしている不思議な構図だ。
「……怪我は、大丈夫かな?」
「ええ、今は痛み止めが効いてきたから大丈夫」
「今は?」
「薬が切れると痛いわ。眠るのも大変でした」
「気絶するほど痛くなくて良かったよ」
笑顔のまま若干怖いこと言われてしまった。昨日の話に絡めての発言だろうか。探ろうと思っていたことがバレて釘を刺された?
「昨日の話だけど」
考えているうちに向こうから来た。女官たちに聞こえないよう少し小声で早口だった。
「特に何かしてほしいとかじゃなくて……あまりにも君たちが仲良しだったから、ちょっと嫉妬して僕のことを知ってもらいたいと思っただけなんだ。嫌な気持ちにさせたならごめん」
朝食を運んできた女官に礼を言いながら考える。今更嫉妬とか噓くさい。
「そんな怖い顔で睨まないでほしいな」
「私たちが仲がいいのは前からだよ」
女官が離れてから小声で返す。睨んでいるつもりはない。
「最近はよりべったりしているよ。気付いてない?」
そうだろうか。
「だからルピナには昨日の事言わないでほしいな」
「え?」
「ふたりだけの秘密ってこと」
「え?」
「君たちを見ててそういうのいいなって思ってたんだよね」
まじまじとリアンを見てしまう。演技かどうかは分からないがちょっとうっとりしている。え? 本気なのか?
「ダメならなにか君の秘密を教えてよ」
「秘密?」
よくわからない展開になってきた。
私の秘密? 子供の頃ならまだ何かあったかもしれないが、今は何もかもルピナと揃えるようにしている。私だけの秘密なんて思いつかない。
「じゃあ、昨日のことはふたりの秘密ってことでよろしくね」
笑顔でそういうとお茶を飲み干した。
「ねえ、リアン」
このままだと席を立たれてしまうので慌てて呼び止める。
「何?」
「リアンはいつも笑顔だけど、憎んだり恨んだり怒ったり、しないの?」
「……怒ることはあるよ。昨日ルピナの我がままには怒ったよ」
「そういうんじゃなくて」
この国を、王を恨んでないか、なんてお互い簡単に口にはできない。壁際には女官やリアンの従者も並んでいるのだ。
「僕はね、好きなものが僕の近くにあればそれで満足なんだ。僕が自由にできるものなんて、数えるほどしかないからね。それを大切にしたい」
真っすぐな視線で言われると疑うのは難しい。
自由にできるものが数えるしかない、という言葉は理解できる。彼の立場だとそうだろうし、一見自由に見える私だって彼とそれほど変わらない。本当に自由なのは本物のルピナだけだ。
戸惑っている間にリアンは女官に声をかけてお茶のおかわりをもらっていた。私は何も言わず食事を進めた。
その後はどこの産地の何が旬だとか、今度の行事では何をするかなど、たわいもない話をして食事を終えた。
リアンは私が食べ終えるまでお茶を3杯もおかわりしていた。




