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花の雫  作者: 深澤雅海
32/33

番外編2-3

3話連続投稿しています。(3話目)

 朝から歩き、川沿いの町についた。

 母に言われた通り船を探した。

 母の指輪。本当は手放すのは嫌だった。でも、指輪以外には小銭程度しか持っていなかった。

 しかし、母がただ船の料金としてこの指輪を渡しただけではなかったのだ。


「君はこの指輪の意味を知っているかい?」

「船代として母に渡されました」

「違うよ。この指輪はね、特別なものでなかなか買えない指輪なんだよ。何年も前の話だけどね、リクァームの姫さんがレイズ国の王子に嫁いだ時の結婚指輪がこれと同じデザインだ。限られた数だけ作られたこの指輪はリクァームの願いが込められている」

「姫様の願い?」

「この指輪を持つ夫婦には幸福を」


 船長は「俺がリクァームの人間で良かったな」と言い船に乗せてくれた。

 しかも指輪は私に返された。

 出発は朝だったのに船に乗せてくれ、毛布を貸してくれた。

 会ったこともない姫様に感謝し、指輪を握りしめて眠った。


 リクァームまでは3日かかった。

 持っていた小銭で食料を譲ってもらい過ごした。

 船を降りる時に船長にお礼を言って指輪を渡そうとしたが断られた。

「元気でな。お母さん、すぐ来れるといいな」

 私はあいまいに頷いた。


 母は「元気になったら」と言っていた。

 元気になったら。

 それはつまり、元気にならなかったら…

 

 リクァームに行けば戦争から逃げてきた人たちを助けてくれる施設があると言っていたけれど、そんなものはなかった。この国まで戦争の被害はなかったからだろう。平和だった。

 困り果てていると花売りの少女が教会を教えてくれた。

 教会に行くと、そこでは8人の孤児が裏の屋敷で暮らしていた。私は9人目になった。


 教会はそれほど大きくなく、当然、子供たち全員が満足な生活をしているわけではなかった。

 着るものはひとり二、三枚。毎日シャワーを浴びれるわけではない。食事も少し野菜が入ったスープとパンのかけら。明らかに生活費がなかった。

 私は町で働こうとしたが雇ってくれるところはなかった。

 孤児だから、ではなく、この国では成人するまでは保護される立場という考えで、成人するまでは学校で勉強したり、家の手伝いをしたりして暮らすのが当たり前だった。

 ここでも私は無力だった。早く大人になりたい。


 時が過ぎ、故郷はフォイミ国に名前が変わった。王は殺された。

 母はまだ来なかった。シスターは大人になったら迎えに行けばいいと言ってくれた。

 大人になったら、お金をためて母を迎えに行く。

 それが私の目標になった。

 きっと母はまだ、元気になれてないんだ。それだけだ。


 あと一年で成人になるという時に、町は嵐に襲われた。

 雨戸を閉め子供たちを部屋に押し込めた夜、教会に助けを求めた人物がいた。

 旅の途中の貴族で、馬車が壊れてしまったらしい。宿屋は全て満室で泊まれるところがないという。教会に朝まで泊まりたいそうだ。シスターたちは夜中に食事を作り、タオルや毛布を運んだ。


 シスターたちに混ざり、私も彼らにタオルを届けた時だった。

 私を見て驚いた顔をした貴族が、私を引き取りたいと言った。

 私はお金をためて母を迎えにいくつもりだと言うと、母も保護してくれるという。

 私には断る理由がなかった。


「君にはレイズ国で、とても重要な仕事をしてほしいと思っている」


 リクァームを出てレイズ国へ行くことになった。


 レイズ国までは馬車で一週間。通る街で宿をとるという。

 修理された馬車に乗り色々なことを話し、色々なことを聞いた。

 レイズに着くひとつ前の宿屋で、貴族が難しい顔をして私の前に座った。


「君のお母さんだが、君が町を出てすぐに亡くなったらしい」

 母を迎える手配をすでに進めていたらしい。

 私が母を置いてあの町を出た後、母のいた病院が火事にあったらしい。

 医師は無事だったが、入院していた数人は逃げ遅れて亡くなったと。その中に母がいた。


 涙は出なかった。悲しくなかったわけではない。

 大切に持っていた指輪を握りしめる。

 形見になってしまった。

 

「レイズ国で君にしてほしい仕事だが、君には持っているものを一度全て捨ててもらわなければならない」

 貴族は私の握る指輪を見て言った。

「全て?」

「その代わりたくさんのものが手に入る。今まで目にしたことがないような食事、洋服、部屋、知識。君のお母さんも、君が立派に働いてくれれば嬉しいだろう」

 私の前に手が差し出された。

「まずはその指輪を」

 何を言っているんだ、と思った。

「これは、母の、形見です」

「お母さんは君の心の中にいるだろう。それで十分だ」

 何を言っているんだ、この男は。

 私が何も言わずに指輪を握りしめていると、手を掴まれ無理やり指輪を奪われた。

 そこでやっと涙が出た。

「預かるだけだ。君が無事に仕事を終えたら返そう」

 返してもらえる、ということを聞いて、とりあえず暴れるのをやめた。 


「私は、何の仕事をするの?」

 貴族は難しい顔をしたまま、詳しいことは城についてから話す、と言った。

「簡単に言うと、ものまね…演技だ。君は女優という職業を知っているか?」

 見たことはないが知識として知っていた。

「その前に食事と運動だな。そんなにガリガリでは色々とまずい」

 この貴族お抱えの劇団にでも入れられるのだろうか。


「……君は名前も捨てて、違う名前で呼ばれることになる。…君の名前は?」

 母からもらった指輪を取られ、名前も取られることに愕然とした。

 私がぐっと唇を噛みしめているのを貴族はずっと待っていた。そろそろ宿屋を出なければいけない時間だということを従者が伝えに来ても、私から目をそらさなかった。

 根負けしたのは私だった。


「イナーリエ。みんな、私の事をナーって呼んでた」

「そうか。すまない、イナーリエ。だが、捨ててもらったもの以上のものを君に与えよう。約束する」

 貴族は私を優しく抱きしめた。

 まさか抱きしめられるとは思わなくて驚いた。

「必ず、たくさんのものを与えよう」

 その声はとても辛そうだった。


 まるで父親の様に私と手をつなぎ、馬車に乗り、レイズ国の城へ向かった。



 その城で、私は確かに、捨てたもの以上のものを受け取ることになった。



 プロローグとして書いたものですが、長いし暗いし、小説家になろう内では孤児の子は孤児になった理由を明確にしないものが多いので、それに倣ってカットしたのでした。

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