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花の雫  作者: 深澤雅海
31/33

番外編2-2

3話連続更新しています。(ここは2話目)


 あっという間だった。

 トムさんから戦があるという話を聞いた次の月にはもう店を畳むことになった。

 攻めてきている、というどころではない。この国の王が話し合いのために使者を送ったところ、使者の首だけ送り返されたらしい。

 そんなことをされたら王としても黙っていられないし、国民も怒りを露わにした。


 国の兵士だけではなく、農民や商人からも戦うために集まった。

 戦争だ。

 私たち親子は店の商品を処分する時間もなく、母の故郷、リクァームへと旅立った。


 リクァーム国までは数か月かかる。乗合馬車に乗り、時には歩き、立ち寄った町の宿に泊まり、と親子ふたりの旅が始まった。

 戦から逃げるために手に持てるだけの荷物だけを持ち、他は全て家に置いてきた。いや、捨ててきたのだ。家を出た直後は寂しさや悔しさ、むなしさや悲しみ、そういうマイナスの気持ちでいっぱいだった。

 しかし旅も半月が経てば、諦めと、未知のものへの好奇心が湧いてくる。今まで私は生まれた家の周辺にしか出歩いたことがなかったのだ。まだ国内だったが、知らない街へ行くのは楽しかった。


 さらに半月、家を出てから一カ月後にやっと隣国に入った。

 ずっと馬車を使っていればもっと早く来れたが、何かあった時のためにと節約していた。


 母は精神的に大分疲れていたようだった。

 食事もあまり取らず、すぐ私に譲ってしまう。食べるように言っても食欲がないと言ってきかなかった。

 どんどん痩せていく母に私は無力だった。

 今思えば、私たちは何日も旅ができるほどの体力があるとは言えない生活だった。


 二か月目の真ん中。隣国の国境にたどり着いた。それでもリクァーム国まではあと三つの国を越えなければならなかった。楽しかった旅も不安になってくる。

 フォイミ国はすでに私たちの国を焼き尽くしていた。まだ王は生き残っていたが、どうにもならない状態だった。


 二つ目の国で、母が倒れた。

 通りかかった旅人が病院に運んでくれた。

 若い男の医師だったが、しっかりと診察し、病気ではなく疲労だろうと言った。ちゃんと食事を取り、しっかり休めば大丈夫だと。

 ほっとして助けてくれた旅人にお礼を言おうと思ったら、すでに姿がなかった。

 私たちのすべての荷物とともに姿を消していた。

 知らない街で、私たちは無一文になった。


 医師が掛け合って母は病室に、私は近所にある宿屋に寝泊まりすることになった。宿屋の簡単な仕事を手伝うことで、食事と寝床を提供される。

 母の治療費はどうなるのだろう。そう思い、医師に聞きに行った。


「お母さんのことは心配しなくていい。僕に任せて。そうだね、君は、昼はよく働いて、夜はしっかり眠りなさい。決して夜ふかししてお母さんの所に来てはいけないよ」


 夜は決して。


 優しい医師だと思っていたが、その時はなぜだか嫌な気持ちになった。しかし、子供ひとりでは何もできない。頷くしかない。


 母は、日に日に顔色が悪くなり、起き上がることも少なくなった。

 病気なの? と医師に聞いても、笑顔を返されるだけで何も教えてくれなかった。もしかしたら治らない病気なのかもしれない。私は子供だから、教えてもらえないのかもしれない。


「母さん」

 私は何を言っていいのか分からず、ただ母を呼んだ。

 母はベッドの上で微笑む。優しい笑い方だったけれど、店を支えていた時の力強さはなかった。

 このままでは私は一人になってしまうのでは、と涙が出た。

 こんな、知らない街で、ひとり。それは不安と恐怖しかなかった。


「今日は何の日か、覚えている?」

 母はそう言うと、ゆっくりと左の薬指から指輪を抜いた。

 一見、何の飾りもない指輪だが、内側に少し高価な石が三つ嵌っているその指輪は、父と母の結婚指輪だった。

 父の指輪は父と共にお墓の中だったが、母はその後もずっとその指輪を身に着けていた。

 それを私に渡す。


「これからいう事を必ず守るのよ。明日の朝、日が昇ったらすぐに起きてこの街を出るの。このまま西へ道なりに進むと、夜には川沿いの街へたどり着くわ。そこで、この指輪を渡して船に乗りなさい。長い道のりになるけれど、リクァーム国の近くまではこの指輪の代金で足りるはず。リクァームに着いたら、戦争から逃げてきた人たちを助けてくれる施設があるから、そこに向かうの。できるわね?」


「母さんは?」


「母さんは……元気になったら、リクァームへ向かうわ。あなたはそれまでひとりで頑張ってもらうことになるけど……頑張れるわね?」


 頑張れる自信なんてなかった。それでも、私の手を握る母の手の細さに、涙を流しながら頷いた。


「リクァーム国はね、あのレイズ国にお姫様が嫁いだことがあるのよ。レイズ国の支援を受けている国だから、色々なことから、全てから守ってくれるわ」


 母も泣いていた。

 その母にしがみついて私も泣いた。

 子供だから何もできない。そのことが悲しかった。

 そのことを悔しがれるほど、私は気力が無かった。このまま、母と泣きながら死んでもいいと思っていた。

「お誕生日おめでとう。必ず、約束を守って」

「私も母さんに何かしてあげたい」

「母さんは、あなたが元気にしていてくれるだけでいいのよ」


 夕方に医師に宿屋に帰るようにと病院を追い出された。

 母は医師の後ろで声に出さず「さよなら」と言った。

 私も声に出さず、心の中で母に別れを告げた。


 無力な私は、母を見捨てる事しかできなかった。





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