番外編2
プロローグ(になるはずだった)
「やっぱり温かくなってくると白や青が売れるなぁ」
リストにチェックを入れつつそう言うと、母は上の棚を見ながら少し笑った。
「空の色と雲の色ね。さわやかだからかしら」
「赤や茶色がたくさん残っちゃうよ」
「奥の棚に移して、来年売りましょう。腐るものでもないし、無地なら流行もないわ」
「了解ー」
問題は、無地ではない暖色の布だ。それは後で相談することにしよう。
ここは母と私で経営している反物屋だ。反物以外にもちょっとした手芸用品も売っている。
父が生きていたころは仕立てもやっていたが、3年前に亡くなってから布を売るだけになった。
父は各国の民族衣装や布、文化が好きで、反物を仕入れ仕立てるだけではなく、自ら外国に行って商品を実際に触ってみる、ということもしていた。
母と一人娘の私を家に残して何週間も留守にするのもよくあることだった。
ある日、南の国の国境近くへ遊牧民族が作るタペストリーを見せてもらいに行ってくる、と出掛けて行った。
二週間かからずに帰ってくるはずだった。
二週間後に火葬された骨だけ届けられた。
南の国の国境の争いに巻き込まれた際、子供をかばって刺されたそうだ。
父らしい、と母は涙を流しながら笑った。
旅人の話ではかなりひどい争いだったらしく、何も残らないような死に方をした人もいたらしい。
それに比べれば……なのかもしれないけど、比べるようなものじゃないと思う。
母と二人になって、店はどうするかという話になった時、今まで取引をしてきた人たちが支えてくれた。
細々とやっていこうか、という話になった。
お腹いっぱいにご飯を食べられるような生活ではないけれど、ひもじいわけではない。そんな生活だった。
あれから3年。どうにかやってきている。
「アルディアーナさん、いるかい?」
店の扉を開けて入ってきたのは、父の友人のトムさんだった。縦にも横にも大きい人で、奥さんは私が生まれる前に亡くなったらしく、今は一人で食堂を経営している。
「おお、嬢ちゃん、母さんはいるかい?」
私が返事をする前に母が返事をした。
「トムさん、今日は約束してましたっけ」
「いや商品はまだ届いていないよ。それより、知っているかい? フォイミ国の方で戦になるかもしれないって話を」
「戦?」
母と私は顔を見合わせる。
「先月、フォイミ国の王が代替わりしたろう? 新しい王様は領土を広げたいらしい」
私はトムさんのために奥から椅子を運んできた。お礼を言われる。
「フォイミ国なんてすでに結構大きいと思うけど」
母は壁に寄りかかり首を傾げた。
「レイズ国に比べればまだまだ小さいよ。あの国も戦争で領土を広げた国だよ。同じ道をたどるのかもしれない」
「同じ道?」
「この国も危ないよ。私の知り合いも店を畳んで西に逃げることにしたんだよ。だから、アルディアーナさんにも教えておこうかと思ってね。他にも何人か、逃げる準備をしているよ」
「そう言われても……」
母も私も戦と言われてもピンとこなかった。
フォイミ国まではそれほど遠くない。それほど遠くない国で戦争が起きるのであれば、もっと騒ぎになっているのではないだろうか。
「まあ、今すぐどうこうってわけじゃないだろうが、考えておいた方がいい」
トムさんはそう言って、私の頭をポンポンとたたき、店を出て行った。
「戦争……」
壁に寄りかかったまま、母がつぶやいた。
父が亡くなったのはフォイミ国ではない、南の方の遠い国だ。
それでも一番近い家族が亡くなった経験があると、戦争は恐ろしい。
「そうね、考えましょう。この店のことも、私たちの事も。当てがないわけじゃないし」
「当てがあるの?」
私は生まれてからこの年までずっとここに住んでいて、この国しか知らない。
「この国からレイズ国の方に向かって行くと、リクァーム国があるでしょう。リクァームは母さんが父さんに出会うまで住んでいた国なの」
「母さんの故郷なのね」
初耳だった。
「母さんの家族は流行病で亡くなってしまったけれど、今も友達と手紙のやり取りをしているわ。だからこの国を出なくちゃいけなくなったら、リクァームに行ってみましょう」
「リクァームね、分かった」
そう答えたものの、今住んでいるところを離れるなんて、そんなことになるなんて全く思っていなかった。
だって、店があるし。
トムさんはああ言ったけど、周りの人は今も変わらず穏やかに暮らしているし。
でも、たった三か月で、その日はやってきた。




