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花の雫  作者: 深澤雅海
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 初めてリアンに会った時、彼はまだ十歳に満たない歳だった。

 出会いは偶然だった。私が城を逃げ出した日に彼は捕虜としてこの国に来た。

 そう、彼がこの国に来た時は捕虜としてだったのだ。

 リアンの国はこの国との戦争に負けた。その結果捕虜として第三王子であるリアンがこの国に来た。隣国が逆らわないようにするための、いわゆる人質である。捕虜として来た彼がなぜルピナの婚約者になったのかというと、私が原因である。


 その日。

 女官服にマントのフードを深くかぶった。そんな姿で城から逃げ出した私は、痛む体を堪えながらゆっくりと城下町を歩いた。本当なら寝ていなければならないような怪我だったので動きも普通ではなかったと思うが、多少振り返られることはあっても呼び止められることはなかった。

 夕方で町は帰宅に急ぐ人と夕食の買い物をする人とでせわしない雰囲気だった。その喧騒が私を隠してくれたのだと思う。


 城下町の中心にある大きな橋までたどり着いた時、袂に質素な馬車が止まっていたのが目に付いた。質素だが貴族のものだとはすぐ分かる上質のものだった。

 一見黒色で、よく見ると紺色の馬車。御者が煙草を吸いながら橋の上を見ていた。ふと見れば護衛と思われるふたりの兵も馬から降り、橋の上を見ていた。それにつられるように橋の上を見ると、歩き行く街の人々の中に立ち止まり夕日を見つめる少年がいた。


 今は短くしている金髪も、その時は背中に届くほどの長さだった。風に揺れる姿は絵画のようで、見惚れるというよりこんな生き物が存在するのかと感心していると、少年は私に気付き体ごと振り返った。

 服装を見て、そこで私は今日隣国の王子が来るということを思い出した。全身を覆い隠すような濃い色のマントの左胸に、隣国の紋章が輝いていたからだ。

 少年は人ごみをすり抜け私のもとに歩いてきた。


「その怪我で歩き回るのは良くないのでは? 城までお送りします」

 不思議そうな顔をしてそう言った。

 少年のその言葉を聞いて、初めて護衛の騎士が私の顔を覗き込んだ。唖然としていた私は顔をかばうことなく、当然ルピナと認識された。

 それが私の唯一の脱出劇の終わりだった。


 隣国の王子が街に出ていたルピナ王女を連れて帰った。なぜ街にいたかは内密。というのが城の者に伝えられた。影武者がいることは王族に仕える者の数人しか知らなかったが、城についたリアンが王女を連れてきた、と伝えてしまったからだ。


 私はもちろん怒られたが、怪我が悪化していたのとリアンの対応が優先されたのとですぐにベッドに押し込められた。無傷なはずなのに私と同じくらい顔色の悪いルピナがベッドの横に付き添っていた。

「ナー、大丈夫? 死なないで」

 震える声で私の手を握った。

 逃げ出したことに対しては何も言わず、ただ私の心配をしていているルピナに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。ルピナのその言動でその後逃げ出すことを考えなくなったと言っても過言ではない。

 同時に、私を連れ戻したリアンに対しては複雑な思いを抱いていた。


「ルピナは隣国の王子に会ったことはある?」

 痛みに耐えながら横にいるルピナに話しかけた。結構傷に響いた。

「今日、来た王子のこと? 第一王子には会ったことはあるけど、第三王子には会ったことない。何か嫌な事された? 言われた?」

 私はゆっくり首を振った。彼の立場としては正しいことをしただけで何も悪くない。

 否定したつもりだったが、ルピナは「今度会ったらただじゃおかないわ」とつぶやいた。訂正しようと思ったが喋るのも辛かったので諦めた。どうせ王女であるルピナが捕虜として来た少年と仲良くお喋りする機会はないだろう。

 そう思っていた。

 ところがこの隣国の王子は、かなりの曲者だったのだ。


「ちょっとあの王子一体なんなわけ?」

 ルピナのその言葉を聞いたのは何回目だろうか。私は苦笑いするしかない。

 私の怪我は大分良くなり運動は出来ないがベッドから出ることは許されていた。

 リアンは頻繁に「怪我をしていた王女」の見舞いに来た。 何を考えているのか分からないのでルピナには極力会わせたくないのだが、来るタイミングが絶妙だった。


 例えば散歩の時に「遠い東の国の伝統的な織物で作った日傘を持ってきた」とか、午後のお茶の時間に「一年に限られた数しか取れない木の実を使ったお菓子を一緒に」とか「有名な作曲家の未発表の楽譜」「太陽の光で色が変わる宝石」「風に揺れると美しい音を奏でる鈴」など隣国だけではく様々な国の珍しいものを持ってくる。命の恩人の「お見舞い」である上に珍しいもの、となると女官に迷いが生じる。そしてあれこれと言いくるめられてしまい会うことになってしまうのだ。


 リアンの国が貿易が盛んなのが有名ということが大きい。もちろん、王にはすでに献上済みのものを王女個人にも、という好意的な行為 (ということになっているの)だ。

「そんなに色々持って来なくても、あなたの国は来月にはこの国の一部になるのだから、いずれ私も気軽に手に入れられるようになるのよって言ってやりたい」

「ルピナ、それは品がない」

「分かってるわ。願望なだけよ。言わないわよ」

「恩人だから、こちらからは断りにくいし」

 そしてなぜか怪我をした王女がひとりで街を歩いていたことに対して深く聞いてこない。

「城の者全員がナーのことを知っているわけじゃないから、来た時にどちらが会うかとか選べないし、かと言って公務をサボって閉じこもるわけにいかないし」

「毎日来るわけじゃないのも対策が練れない要因だね」

「でも私がよく会うのは散歩している時で、ナーは午後のお茶の時が多いよね。何か法則があるのかもしれない」

「会った時の事覚えている限り書き出してみよう」

 女官だけでなく女官長まで交えて会議を行ったものの、解決案は何も出てこなかった。


 逃げたりかわしたりを数週間繰り返したある日、リアンはルピナに真面目な顔でこう言った。


「怪我をした方のお加減はいかがですか?」


 真っ青になった女官長が王のもとに走ったのは言うまでもない。

 捕虜になって一ヶ月で、彼はルピナの婚約者になった。

 この国から出さない、ただそれだけのために。

回想長いな、と自分でも思ってます。

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