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花の雫  作者: 深澤雅海
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 あなたは行方不明だと聞いた、と私が言うと、彼は戦場で行方不明になるのはよくあることだ、と笑った。

 行方不明になったのはリアンがこの国に来る前なので、もう昔と言ってもいいくらい前の事だ。


「戦いが終われば他国の兵は捕虜にされ、怪我人は手当されると聞いたけれど」

「負傷して撤退したところに追い打ちをかけられてね、崖から落ちたんだ。運よく助けられたけどしばらく動けなかった。戦場から離れた小さな村だったから、見つかることもなかった」


 前を歩く姿を見る限り、動けないほどの怪我をしたとは思えないほど動きが滑らかだ。後遺症はなさそう…と思ったがリアンの手を思い出す。

 動かないとは思わせない動きをリアンはしていた。この男…リバーだってそれくらいやってのけるのかもしれない。


 どんどん階段を上っていくが、誰にも会わなかった。皆一体どこにいるのだろう。

 階段はまだ続いていたが、三階まで上がると「こっちだ」とリバーは廊下を奥に進んだ。


「間取りを覚えるくらいここに来ているの?」

「入ったことのある建物はちゃんと覚えているよ。迷うことはないからご安心を」

「さっき手伝いって言っていたけど、ルピナの手伝いよね? いつから出入りしているの?」

 私が塔に軟禁されウィルとリバーを見るようになったのはここ半年ほどだ。

 とは言っても、塔に移された当初は外を見るような余裕なんてなかったけれど。


「君は私がルピナ王女を唆した、とは思わないのかい?」

「ルピナは人に何か言われてそれに乗るような人じゃないもの」

「そうだね」

 肯定すると口を閉じてしまう。


「それで? いつから?」

「3年ほど前に、ルピナ王女から声をかけてきたんだよ。その時は何も考えなどなく、ただ私を見つけたから声をかけてきた、という感じだったかな」

「ルピナから? どこで? 城内には簡単に入れないはずよね。私とも会ってない」

「この国の雨季祭に来ていたんだ。私はこの国に来たことがあっても貴族としか対面したことがなかったからね。顔を隠すことなく自由に遊んでいたら、そこにルピナ王女も遊びに来ていた。君は留守番だったらしいけど、覚えていないかい?」


 3年前の雨季祭。リアンとルピナが出掛けたのを覚えている。護衛も最小限で短い時間だった。思う存分楽しんでくる、と出掛けて行ったのに2時間くらいで帰ってきたのだ。

 あの日、ルピナに話を聞こうとしたら「疲れているから明日」と言われたのを覚えている。

 夕食を食べずに寝室へ行ってしまったので何かあったのか心配したが、翌日はいつも通りで雨季祭の話をしてくれたので、単に疲れただけだと思っていた。


「ルピナは何も言わなかった……リアンも、特に何も」

「リアンはその時離れた所にいたそうだ。ひとりだけ女官を連れていたけれど、彼女は私の顔を知らなかったみたいだね。それ以前にこの国に来たのはかなり前だから気付いた方がすごいよ」


 話をしながらもリバーは長く続く廊下の途中でリースのかかったドアを開けて入った。リースをドアにかける習慣などない。何かの目印なのだろう。

 少し広めの部屋で正面に窓が並び、右側にソファセットがある以外は何もない部屋だ。

 左側にドアがありそこを開けて入る。

 入ると、右側に窓と垂直にソファが置かれていた。左を見るとベッドがあったが枠だけで底が抜けており、使っていないと一目で分かる。前の部屋に続く寝室なのだろう。


「簒奪者にならないか、とルピナ王女に言われたんだ」

「!」

 ぎょっとして足を止めるとリバーは振り向いた。

「場合によってはそれもありかな、と思ったな」

「あなたも、この国を恨んでいないの?」

 その口調からは恨みがあるようには見えない。リアンといい、ジャオラルの人は考え方が特殊なのだろうか。

「私はこの国もこの国の王も恨んでいないよ。腹が立ったことはあるけれどね。私の父と兄が殺された理由を君は知っているかい?」

「戦争で亡くなったんでしょう?」

「この国の王が降伏しろと言ったのに、民を捨てて逃げようとしたんだ。この国の王はね、ちゃんと矜持を持って生きている人間にはそれなりの態度で接する人間だよ。ジャオラルの王族に連なる人間で、処刑された人間はひとりもいない。叔父上も弟たちも皆生きている」

「……リアンは色々あったみたいだけど」

「リアンはもうここにはいないよ」

「どういう意味?」

 ジャオラルに帰った……? それとも。

 首を傾げて言外に先を促すが、リバーは「こっちだよ」とソファの裏側に回った。

 近付くと、ソファの裏に下に降りる階段があった。人ひとりが通り抜けられるような幅なので、ソファの裏側に回らない限り階段の存在に気付くことはなさそうだ。


「この部屋、一体なんなの?」

「歴代の王の居住区って思えばこういう仕掛けも別に変なことではないのだと思うけれど、少し面白いね」

 私は王と会っても会話をしたことはない。

 王がどういう気持ちでここに住んでいたかは想像すらできなかった。


 階段を下りると窓のない部屋だった。家具は何もない。

 唯一あるドアを開けると廊下が続いていた。奥に上り階段が見える。

 階段までいくつかドアが続いていたが、リバーは迷わず階段に向かった。

 階段を上ると左側に窓、右側にドアが並ぶ廊下だった。一番奥のドアの横に騎士がひとり立っていた。

 目的地だろう。


「ねえ、さっきの続きだけれど」

 あのドアの向こうにルピナがいるのだろう。でもその前に、この男だ。

「さっきの続き?」

「あなたは、リアンの身に何が起こっていたか知っているの?」

 立ち止まり、強めの口調で言う。

 リバーも三歩ほど先で立ち止まり振り返る。

「何が、とは身体的なことかい? それとも精神的なこと?」

「それは、分けて考えることなの? どっちもリアンのことでしょう?」

「別だよ。身体的に何が起こったかは知っているけれど、精神的に何が起こったかは私は分からない。例え血のつながった弟の事でもね」

「冷たい人なのね」

「分かってないのに分かっているふりをすることのほうが性質が悪いよ。君たちのように」

「私たち?」


 分かっていないのに分かっているふりをする……

 私は、ルピナのことを分かっていないのだろうか。

 確かにずっと会っていないけれど、情報交換は文章だけど続けていた。。

 情報。

 つまりそれは身体的に何が起こったか、ということだけだ。


 困惑している間にリバーは騎士に近付きドアを開けた。

 少し速足で近付くと、私を待たずに中に入って行った。


 唇をかみしめていると、ドアの横に立つ騎士は昨日までと同じように優しい緑色の目で私にうなずいた。

 進もう。

 ルピナがいる。きっと。

 それがどんなルピナでも、ルピナだ。


 遠くで鐘の音が鳴るのを聞きながら、部屋に足を踏み入れた。


 鐘の音は先ほどと同じ、死を告げる音だった。








 重要じゃないので削りましたが、この最後の鐘はウィルが鳴らしてます。

 その前の鐘は別の人が鳴らしましたが、やはり重要じゃないので誰かは削りました。

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