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皆さんお察しのあの人が登場です。
繰り返される笛の音は北側の王の居住区の方から聞こえてきていた。
部屋で履いていた華奢な靴のままだった。そのせいで足の裏が痛くなってきた。
それくらいの距離を走った所に、その男は立っていた。
黒い髪の、馬丁。
細い銀色の笛を首から下げ、入り口をふさぐように立っていた。周りには誰もいない。
「赤い髪の男に部屋にいるように言われなかったかい?」
優しい口調だった。
息を整えながら男の前に立つ。
その男は何かを始める合図をしていたとは思えないほど、ゆったりと余裕のある佇まいだった。
部屋から見た時はその色しか気付かなかったが、黒い髪は後ろでひとつにまとめ背中に流していた。とても艶があり手入れが行き届いているのが分かる。やはりこちらも馬丁ではないのだろう。背が高く姿勢も良い。筋肉質だからさっきの男と同じく騎士なのかもしれない。
赤毛の男は髪も瞳も見慣れない色だったが、この男はリアンと同じ目の色をしていた。それだけでなぜか気持ちが落ち着いてきていた。
「何かが始まる合図だと、彼が言っていたので」
「呼んだのはウィルであってルピナ嬢じゃないんだけど」
この男も私の事を知っている。
「あなたは、騎士?」
「私? 今現在は職業不定の無職だね。少し前まで旅人だったけど、今は旅をしていない」
「ここで何をしているの?」
「今? 人を待っているかな?」
そう言って胸のポケットから時計を出して時間を見た。すぐにしまう。
発音も訛りがなく綺麗だ。ゆったりとした態度と同様に聞き取りやすい速度で喋る。独特の雰囲気で品が良い。貴族だろう。
どこかで会ったことがあるような気もするが、思い出せない。
「何が始まるのかは教えてもらえる?」
息はまだ上がっていたが、声はしっかり出た。
「実はとうの昔に始まっているんだ。終わりが近い。だから終わりの始まりかな」
「終わり……それは、誰かが死ぬということ?」
「死ぬだろうね。それが一番手っ取り早いと彼女が判断したんだ。私たちはそれを手伝っている」
「彼女」
「ルピナ王女だよ」
「ルピナは、ここにいるのよね?」
「ここがどこだか君は分かっているかい?」
ゆったりと、男は後ろの建物を示した。
もちろん知っている。
「王の、居住区」
「君は入ったことあるかい?」
「ないわ」
「なぜ?」
「なぜって…」
私たちの居住区に他の人たちが入れないように、王の居住区にはほとんどの人が入れないはずだ。ルピナですらここには立ち入ったことがない。
王と会う時は例え親子でも謁見の間だった。
「別に責めているわけではないよ。ルピナ王女も入ろうと考えたこともなかったと言っていたしね。そんな場所にルピナ王女がいると思うかい?」
「普段なら思わない。でも今はいると思う」
「なぜ?」
「私の事を知っているあなたがここにいるから。終わりが始まるんでしょう? ルピナは、死んでしまうの?」
「どうかな……遅いよウィル」
男の目線を辿り振り向くと、赤毛の男がこちらに歩いて来ていた。
「どうしようかなと思っていたらルイに会って計画は順調で問題なしと聞いたので、まあ急がなくていいかなと思いまして」
「確かに緊急性はないけれど、君、ルピナ嬢の昼食食べたね? ソースが口に付いてるよ。盗み食いはバレないようにやるように」
「腹が減っていたもので」
赤毛の男は目が合うとにっこりと笑い私に「ごちそうさまです」と言った。黒髪の男はため息をつくだけだった。
いつもの馬丁がふたり揃った。部屋から見ていた時から仲が良さそうだと思っていたが、ふたりの関係はよく分からない。同列のようでもあり、どちらかが上の立場だと言われても納得できる。どちらが上でも。
黒髪の男はもう一度時計を取り出して見た。
「問題ないよ。ルピナ嬢の足止めも成功した」
「じゃあ俺は鐘を鳴らしに行きますね」
「いいのかい? そばにいたいのでは? 向こうだっていて欲しいのではないかな?」
「残念ながら、違います」
赤毛の男は寂しそうに笑うと、私に深く頭を下げて去って行った。
「さて、もう入っていいよ。行こうか」
黒髪の男がエスコートするように手を差し出してきた。
「あなた、私の足止めをしていたの? 人を待っていると言ったのに」
「ウィルを待っていたのは本当だよ。同時に君を足止めしていただけ」
「もういいわ。入っていいんでしょう」
男の手は取らずに横をすり抜けて中に入った。入ってすぐ広いフロアになっている。かなりの高さまで吹き抜けになっていて明かりが届かず天井は見えない。正面と左右に階段がある。人の気配はなくしんと静まり返っていた。
「こっちだよ。正面はフェイク。階段を登り切っても壁があるだけだ」
男は右側の階段へ向かった。
「あなたは何をする気なの?」
「君を連れて行くよ。ルピナ王女が死ぬのか訊いたね。彼女は死ぬ気だよ。それが最善なんだってさ」
「ルピナが死のうとしているの? 誰かが殺そうとしているの?」
「君を待っているはずだ。そして、君なら止められるかもしれないよ」
質問に答えているようで、答えていない。
階段の手前で男は私を見た。
男を見上げると、やはりどこかで会ったことがある気がする。
「あなた、誰なの? 前に、会ったことがあるわよね?」
「いや、君には初めて会うよ。そうか、名乗るのを忘れていたね」
そういうと見本のような完璧な貴族の礼をした。
「私はリバー・グリーン。出身はジャオラル。ルピナ王女と知り合ったのはずっと昔で、ルピナ王女は君にもそのことを話したと言っていたよ」
「……グリーン?」
「そう」
彼と会うのは確かに初めてだった。彼とは。
「リアンと、似ているわね」
「私も彼も母親に似たんだ」
笑顔もやはり、リアンに似ていた。
もう迷わずに、彼に言われるがまま階段を上った。
ナーは「色気があってセクシー」を感知出来ませんでした。




