19
鐘の音を聞いた瞬間湧きあがったのは喜びだった。
そして次の瞬間罪悪感で目を閉じた。
鐘は敷地内の教会の鐘だった。つまりこの城に住む者が亡くなった知らせだ。
この城で一番死に近かったのはルピナの子供だ。
結局私は自分の命のことしか考えていないのだ。
ルピナは大丈夫だろうか。私はルピナがどのように子供と接していた知らない。それでも彼女が子供を大切にするであろうことは簡単に想像できた。
ルピナが泣いていたら慰めたい。この気持ちは偽善だろうか。
鐘の余韻が終わると再び静寂が訪れた。
この世界はこんなに静かだっただろうか。
まるで自分ひとりになってしまったかのような焦燥感に襲われ、私は部屋にただひとつのドアに近付き耳を当てる。見張りの騎士がいるはずだ。私ひとりのわけがない。
しかし、何の気配もしなかった。
不思議に思いドアの向こうに声をかけるが返事がない。数度ノックをしても同じだった。
普段は外から鍵がかけられているドアノブをゆっくりと回してみた。
開いた。
ドアの外には誰もいなかった。
「誰か、いないの?」
らせん状になっている階段の下に向かって声を上げるが返事はない。
部屋の上は見張り台だ。耳を澄ましながら階段を登る。見張り台への扉には鍵がかかってなく簡単に開いたが、そこにも誰もいなかった。
見張り台から敷地内を見回してみるが、毎日あれだけ行き交っていた人たちがひとりもいなかった。
女官も騎士も商人も庭師も馬丁も。
誰も、いない?
そんなわけはない。ここから見えない所にいるのだろう。少なくとも鐘が鳴った教会には誰かがいるはずだ。
焦燥感より恐怖心を感じ階段を駆け下りた。
誰でもいい、誰かに会いたい。
ルピナはどこだろう。アイリーンは? リアンは?
必死になってらせん階段を下りていると突然目の前に人が現れた。ぶつかりそうになりとっさに体をひねると、壁に肩を打ち付けてしまった。痛い!
「驚いた。大丈夫? ですか?」
大して驚いた風でもなく目の前の人物が話しかけてきた。男性だ。彼の方が私より下の段にいるのに頭ひとつ分上から聞こえた。
見上げると黄緑色の瞳と赤い髪。
よく見る馬丁の片割れだった。
「迎えが来るまで部屋にいた方がいいですよ。これ、昼食です。昼の時間にこっちに人が来られるかわからないので今のうちに持ってきました」
視線を下すと、彼はトレーに乗った軽食を持っていた。
間違いなく赤毛の馬丁なのだが、馬丁が食事を持ってくるのはおかしい。それは女官の仕事だ。アイリーンはどうしたんだろう。
「あなたは、誰?」
「ウィルといいます」
品のいい笑顔だった。黄緑色の瞳も珍しい。赤毛もよく見ると金髪が混ざっている。茶色が混ざる赤毛はよく見るが、金髪が混ざっている赤毛は初めて見た。しかし染めている感じではない。
他国の人?
「馬丁、よね?」
「ここでは馬丁ですね」
「ここでは?」
「ここ以外では騎士を。名に恥じぬ守護をしています」
「騎士?」
わけが分からない。
その時、ピーという高い音が聞こえた。笛の音?
「ああ、呼ばれてしまった。ルピナさん、戻って戻って」
「あなた笛で呼ばれているの?」
「まさか犬じゃあるまいし。合図ですよ。こっちで始めるぞ…という合図」
「何が始まるの? 何が起きているの? 皆どこにいるの? アイリーンは? マイエは? アクティは? スケアやジェクト……ルピナは?」
「落ち着いてください、皆無事ですよ」
「さっきの、鐘は……ねえ、ルピナは……」
口にして気付いた。
今、この男は私のことをルピナと呼んだ。
何か言おうとした男をすり抜けて階段を駆け下りる。
何が起きているのか分からないが、何かが起きている。
ルピナに関する何かが。
階段が終わりドアに体当たりするように外に出る。肩が痛んだがどうでもよかった。
見回すが人の気配はない。風が静かに吹いているだけだった。
ルピナはどこだろう。まずはルピナだ。
昨年まで過ごしていた部屋は歩いて行ける距離だった。ルピナが子供と過ごしているのはそっちだろう。
額に浮く嫌な汗を指で拭った時、また笛の音が聞こえた。
始めるぞという、合図。
迷わず笛の音が聞こえた方へ走り出した。
「こっちで始めるぞ…(早く来いっていう)合図(って結局犬の様に呼ばれてるんじゃんか俺」
「ウィル」は「勇敢な守護者」という意味ですね。




