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目、鼻、口、頭の形すらも写したかのようにそっくりな私とルピナだが、血縁関係はない。
私の親はここより遠く離れた国の反物屋だったのを私自身が覚えている。特に裕福でも貧乏でもない、普通の町の反物屋だ。
詳しく話すとやたら長くなるので結論から言うと、戦争孤児になったところにルピナの影武者を探していた侯爵に見つかって城に連れてこられたのだ。
城に来てからの私の名前は「ルピナ」
元の名前は忘れるよう言われた。入れ替わった時にすぐ反応できるように、ということだった。
貴族としてのふるまいから知識まで様々なものを身に着けながら、ルピナと呼ばれることも慣れていった。
その頃のルピナは影武者というものが分かっていなかった様で、自分にそっくりで自分と同じ名前の子供が自分と一緒に行動する、ということを面白がっていた。舌足らずの声で私を「ルピナー」と呼び、いつの間にか短縮され「ナー」と呼ばれるに至る。
私とルピナはお互い影響し合った。私はルピナから王女としてのふるまいを、ルピナは私から庶民のふるまいを。それは見事に混ぜられ、今はお互いにお互いを完璧に模倣できる。当然教育係だけでなく侯爵や王、王妃も見分けがつかなくなってしまった。
城にきてわずか数年後に影武者の仕事をするようになった。どこでルピナではなく私になるのか、という判断はとても分かりやすい。危ないか、危なくないか。
無傷で終わることもある。切り傷擦り傷ですめばいい。骨折や昏倒することもあった。その度にルピナは泣きながら王に抗議したけれども、そのためにここに連れてこられたのだからどうすることもできないと私は理解していた。
一度だけ、銃で撃たれた時。命は助かったもののあまりの痛さに城から逃げたことがある。なぜ逃げられたか、は運が良かったとしか言いようがない。
私を連れ戻したのは王でも兵でも侯爵でもなく、捕虜としてやってきた隣国の王子だった。
リアン・グリーン。
その時はまだひょろっとしたやせぎすの少年だった。
「ナー? 大丈夫? 傷が痛む?」
ルピナの声に我に返る。昔を思い出して動きが止まっていたらしい。
「今は痛くはないよ。痛み止めが切れる前に寝たいんだけど、今日の私の寝室ってどこだっけ?」
暗殺防止のため私とルピナの寝室はころころ変わるのだ。
「ナネルの間だよ。私はナネム。この紛らわしい部屋もお父様の仕業だと思う。ナーはナネムに行って」
「警備配置が違うんだから勝手に変えちゃダメ」
「ナー? 私を困らせないで!」
「困っているのは私なんだけど」
「ナーが傷つくのは嫌なの!」
「そのまま返すよ?」
どう説得しようか、と頭を抱えたところでノックが聞こえた。
「僕だけど、入っていいかな?」
「もちろん! リアンもナーを説得するのを手伝って!」
そう叫びながらドアまで行きガチャリと開けた。普通の王女は自らドアを開けに行かないものだ。壁際に立っていた女官の顔が引きつったのが視界の端に映った。見なかったことにする。ルピナの長いスカートからちらちら見えた足が靴を履いていなかったけれどもそれも見なかったことにする。
「ドアを開けてくれたありがとう。でも僕は自分でも開けられるし、従者も隣にいるんだけど」
もっと言ってやってほしい。
「誰がドアを開けようがドアが開くという事実に変わりはないわよ」
「物理的にはね。でも物理以外のものがあるよ」
もっと言ってやってほしい。
入ってきたリアンは女物の靴を一足持っていた。私の目線に気付くとにっこり微笑んでからルピナの足元に目をやる。スカートに隠れていてその足は見えない。
「よく分かったね」
そこまであの地団駄は響いていたのだろうか。ため息が出てしまった。
「女官長がね、床が壊される前に止めてくれって僕のところに来たんだよ」
そう言うと何か言おうとしたルピナの手を取って流れるようにソファに誘導し座らせた。ダンスの時もそうだけど、リアンは柔らかい物腰で人の行く方向をコントロールできる変な特技がある。武道か何かだろうか。
「ルピナが行動的なのは魅力の一つでもあるけど、他の者の立場や気持ちも考えられるといいかな」
優しく微笑みながらルピナの足に靴を履かせる。元々履いていた靴はいつの間にか女官が回収していた。
「ナーのことは私が考えないと、誰も考えないわ。いつか大怪我をして死んでしまうかも。そんなことになったらどうするの?」
「そうだね。心配だね。僕もルピナのことが心配だよ。でも君のことも心配だ。それは皆同じ気持ちで君とルピナのことをよく考えている。それを邪魔してどうするの?」
「皆って誰? ナーが危ない目にあっても皆平気そうだわ」
「本当は分かっているよね? いつどこで怪我をするかどうかなんて誰にも分からない。目の前で血が流れて平気な人はいないよ。皆我慢しているんだ」
「我慢? 本当に?」
「とりあえず私は眠いのを我慢している」
埒が明かないので私がそう言うと二人は同時に私を見た。
「ナー、ごめん。寝室に行こう」
「僕が送るよ」
ちょっとしたツッコミのつもりだったがふたりの矛先が私に向いてしまった。
「リアンが送るのも心配。ナー、眠くてもリアンに寄りかかったり抱き着いたりしちゃだめよ。必ず女官も連れて行って」
「ルピナ、彼はあなたの婚約者でしょう。どういう心配をしているの」
「リアン、ナーに何かしたら許さないから」
リアンはにっこりと笑っている。基本的にこの青年には何を言っても笑顔以外返ってこない。
「ルピナも部屋に戻るでしょう? 私じゃなくてルピナを送るべきなんじゃないの?」
「怪我人が優先じゃないかな?」
笑顔のまま私の手を取りドアへ向かう。これは危ない、と思いつつも抗えずエスコートされるままに歩いてしまう。リアンの従者がタイミングよくドアを開けるので流れるように退室してしまった。
「この流れるような誘導に抵抗できない自分が嫌なんだけど。何を考えているのリアン?」
「怪我人を早く寝かしつけたいなと思っているよ?」
「どんなにそっくりでも、私とルピナは違うよ。あなたの婚約者はルピナ。リアンはちゃんと見分けがついてるでしょう。なぜか」
「なぜかね」
にっこり、と笑って見降ろされる。笑顔ですべてを隠す人とはこういう人の事を言うのだ。私より年下なのに、こうも隠されるとなんだか負けた気がする。
「それより君を早く部屋に送れば、今新しい靴が気に入らないから女官に他の靴を持ってこさせようとしているもう一人のルピナも部屋まで送ることができると思うんだけど」
「さっさと行きましょう」
その通りだった。くすくす笑うリアンの手をほどいてさっさと歩きだす。
外はすっかり暗くなり窓から星が見える。今日は怪我をしたせいで午後の予定がすべてキャンセルとなってしまった。本当ならルピナと一緒に馬に乗って近くの森まで出かけるはずだったのに。まあ、怪我をしなくても襲われた時点でお出かけもキャンセルになっただろうけど。
「そういえばリアン、前から聞きたかったんだけど」
斜め後ろを無言でついてくるリアンに顔だけで振り返り話しかける。
「あの流れるように人を誘導するのって、武術?」
「そうだよ」
実にあっさりとした返事だった。
「さっきも私とルピナを誘導したでしょ? 私にも覚えられる武術だったりする?」
「うーん覚えられないことはないと思うけど、なんで覚えたいの?」
「なんでって、護身に使えるでしょ? むやみに近づいてくるムズカ国の変態王子とか、イヤミばっかり言ってくるリズズリャ国の王女様とか」
女好きで有名な王子はルピナにも興味があるらしく、隙あらば二人きりになろうとしてくる。リズズリャ国の王女はリアンに気があって、いつもぴったりと隣にいるルピナが気に入らないのだ。転ばされそうになったことが両手じゃ足りない。
「どっちからも僕が守っているつもりだったんだけど、足りなかった?」
「うん、いつもありがとう。でもルピナと違って私は強くあるべきでしょう。本物じゃないんだし」
話しながらもリアンの顔を見ると、いつもの笑顔と違って「なんだか怖いような気がする笑顔」になっていたので、これは教えてくれなさそうだ、と気付いた。
中途半端に途切れた言葉のまま数秒歩くと寝室にたどり着いた。ドアの両側に置物の様に立っていた騎士が敬礼する。この騎士たちももちろん、私をルピナだと思っている。彼らは本物か偽物か分からない状態で警備しているのだ。
振り向くとリアンは、やはりちょっと怖い笑顔のまま私を見降ろしている。これは怒っているのだろうか。なんだろう、矜持でも傷つけたかな。私の方が年上だから、つい気安くなってしまうが、彼も男であり王子である。守って、とか助けて、とか頼られたいのだろうか。
「ええと、リアン、送ってくれてありがとう」
別れの言葉を口にすると、リアンはちらりと背後を伺った。護衛の騎士がひとりとリアンの従者が少し離れたところでこちらを見ている。結局女官はついてこなかったんだな、と今気付いた。
ドアの横の兵は微動だにしない。そちらもちらりと見てから顔を寄せてきた。
「僕が普通の剣術だけじゃなくて、他の武術を習ったのは、ちゃんとした理由があるんだよ」
そうささやくと右手を私の目の前に掲げた。
「この国に捕虜として連れてこられた時に、王に剣を向けることが決してない様にと、利き手を切られて、指の何本かは自由に動かせない」
初めて聞く話だった。
「剣術以外に身を守るものが必要だった」
リアンがこの国に来て十年以上経つ。今までリアンの手の動きが不自然なことなどなかった……と思う。
「君の理由もちゃんとした理由ではあるけど、しばらくは僕に守られていて欲しいな」
「私は…別に興味本位とか、遊び半分で言ったんじゃないよ」
知らなかった事実に言葉が少し震えてしまった。リアンは何も言わずにただにっこりと笑った。笑顔ですべてが解決すると思っているのか? と睨んだが効果はなかった。ため息が出る。
「分かった。しばらくは言わない」
そう、しばらくは。
どうせこの先「あの時相手を誘導することができたらケガなどしなかったのに!」みたいな目に遭うに決まっているのだ。その時に懇願すれば教えてもらえるだろう。
リアンは何か言いたげな笑顔だったが何も言わなかった。
「ねえ、手、触ってもいい?」
返事を聞かずにさっと目の前の手をつかんだ。さっきエスコートされた時もこっちの手で引かれたのだ。今更触るなとは言わないだろう。
指を一本ずつ触ってみたが、特に変わったところは見られない。本当に動かないのだろうか、と思っていたらいきなりぐっと握られた。
リアンを見ると笑顔のままだった。
「むこうのルピナも送ってくるね」
優しい笑顔でそう言うと、握られた手に王子らしくキスをして身をひるがえした。
ドアの横にいる騎士に促されて部屋に入る。
「失敗した……」
リアンはルピナの婚約者だからと、私は少し距離を置いて接していたはずだった。
三本の指で握られた両手が、ひどく痛く感じた。




