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花の雫  作者: 深澤雅海
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視点変わります。


今まで説明していませんでしたが、視点が変わるたびに一年経ってます。


「おや、今日はジョイ殿はいないのですか?」

 回廊で問いかけてきたのはオルスだったが、隣にいたスメンも俺を見ていた。

「少し体調が悪いようだったので今日一日休むように言ったんだ」

「そうですか。お大事にとお伝えください」

 一礼して去って行く警備兵ふたりを見送りながら、昨年の事を思い出した。


 昨年の今日もジョイは俺と共にいなかった。

 今みたいにジョイがいないことを指摘されて、動揺しうまく答えられなかったことを覚えている。ひどい失態だった。


 昨年の今日、スイユが死んだことを知った。

 スイユというのは王女付きの女官のひとりだ。

 王女と偽物が同時に同じ建物内にいる時は、偽物の存在を知っている女官のみ出入りが許されている。

 しかしある日、偽物の存在を知らないスイユが敷地内に入っていた。そして運悪く王女と偽物が揃ったところに出くわしてしまった。王女が彼女と話をする、と言っていた。

 

 スイユは城から去ることになった。秘密を知る人間は少ない方が良いという判断だったようだ。口外しないように言い含められ、遠い地の貴族の侍女となったらしい。


 なぜそれを俺が知っているかというと、ジョイに手紙が届いたからだ。ジョイと彼女の仲が良かった。友人以上、恋人未満と言ったところか。ジョイは惚れていたそうだがまだ踏み切っていなかった。

 別れの挨拶をする暇もなく城を出されたが、彼女が城を去った翌日に成り行きを綴った手紙が届いた。急いでいたようで字は乱れていたが、確かに彼女の字だったそうだ。

 その手紙を最後に彼女は消息を絶った。

 突然の異動だからとしばらくは様子を見ていた。数か月経っても連絡がないのはおかしいと調べたら死んでいた。事故死ですでに遺体は土の中だった。


 俺は王が殺したんだと思っている。


 報告のあったその日、いつも冷静なジョイが蒼白な顔をして震えていたので休ませた。俺一人で王女の元に行き仕事をした。

 一日問題なく終わり部屋に戻ると、朝と同じ場所に同じ格好でジョイが立っていた。

 何にも反応しないジョイを俺のベッドに寝かせて、俺はソファで寝た。翌朝ジョイはいつも通りに戻っていて、何事もない様に今まで過ごしていた。


 今日の朝、一日休みたいと言った時「そうだよな」とすぐ納得し許可した。今日ぐらいは彼女を想っていたいだろう。

 むしろ俺から休んでいいと言うべきだった。

 

「おはようリアン。よく眠れた?」

 深い藍色のドレスを着た「王女」が歩いてきた。するすると音もたてずに俺のすぐ目の前で止まる。本物の方だ。

「おはようルピナ。君こそ眠れたかい?」

「もちろん、と言いたいところだけれども、なかなか眠れなくて寝不足よ。今日の午後は明日に備えてゆっくりしていいと言われているから、お言葉に甘えさせてもらうわ」

「そうだね。一時期吐いてばかりいただろう? 最近は落ち着いてきたようだけれど、またぶり返すと大変だからね」

「今まで吐くようなことがなかったから、あんなに苦しいものだとは思わなかったわ。よく皆平気で吐いていられるわよね」

「いや、皆吐くのは辛いと思うよ…」


 天真爛漫と言えばいいのか、王女は時々子供っぽいところがある。

 しかし今日は元気そうで何よりだ。先週まで彼女は体調が悪く、偽物の方がひどく心配していた。

 王女の突然の体調の悪さに初めは毒でも盛られたのかと騒然となったが、王女自身がそれを否定していた。王女に違うと言われてしまえば周りは何もできない。


「いよいよ明日、結婚式ね」

「……そうだね」


 そう、いよいよ明日、俺と王女は結婚する。

 通常なら即位をしてから結婚するものだが、王はまだ王女が国を制するのは早いと判断したらしい。

 城から出られない俺が婚約者なのだから、結婚ももっと後でいいのでは、と思ったが、どうやら王女が早く結婚したがったらしい。

 王女は別に俺のことが好きなわけではない。ではなぜ早く結婚したかったのか。本人に訊いてみた。

 ウェディングドレスが着たい、という子供っぽい願望だと誰が思っただろうか。

 王は王女の望みは9割方叶える親バカだ。そして俺は決して逆らえない。

 それでも。

 婚約者から夫となれば、今より安定した場所へ行けるのは確かだ。


「実はね私、リアンはいつかここから脱走すると思っていたのよ」

 ねえ、少し話しましょう、と王女は中庭に足を踏み入れた。


 スイユが死ぬ原因となった中庭。

 ジョイを思うと足を踏み入れるのはためらいがあるが、王女はどんどん庭の奥へと足を運んだ。仕方なく俺も重い足を動かす。


「リアンだけじゃないわ。ナーも、いつかここからいなくなって、私一人で公務をこなして、ふたりがどこかで幸せに暮らすのをため息を吐いて羨んで暮らすんだと思っていたの。そんなことにはならなかったのね」

 偽物が逃げられなかったのは俺のせい、と、あれから何度も遠回しに言われ続けた。

 俺はそれから偽物が逃げようと思ったらすぐ逃げられるように色々と手を回した。しかし偽物は迷っている素振りは見せるものの行動には出ない。

 迷っているのだとしたら、その迷いを取り去ることは出来ないのか。俺が助けることは出来るのか。

 でも迷いがなくなってしまったら、彼女とはもう二度と会えない。


 結局、俺のせいで彼女は逃げられないのかもしれない。


「ねえ、見て。秋の花がもう咲いているわ」

 花に囲まれる王女は、世界中が賛美するだけあってとても美しかった。



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