12
目を開けるとリアンの顔が見えた。膝枕をされていた。
女官がすぐ横で日傘を差して座っている。少し離れたところにリアンの従者も立っていた。
「大丈夫かい?」
「……大丈夫よ、ごめんなさい」
ゆっくりと起き上がる。少しぼうっとするが息苦しさはなくなっていた。
「みっともないところを見せたわ」
「驚いたけど、みっともなくはないよ。君の仕事はいつも大変なのは知っているしね。むしろ今まで倒れなかったことの方がすごいことだと思っているよ」
驚いたと言っているがとてもそうには見えない。
「ルピナは? 私はどれくらい倒れていたの?」
「数分だよ。ルピナは来てない。まだ顔色が悪いよ、水を飲むかい?」
座っているすぐ横に水差しがあり、そこからグラスに水を注ぎ渡される。数分、と言ったが水を用意するくらいの間気を失っていたことになる。飲んだ水もまだ冷たくて気持ち良かった。
「君はいつもルピナのことを考えているよね。たまには自分のやりたいことや……わがままを言ってみるのはどう? 出来ない叶わないと思っている願いはない?」
「前にも似たようなこと言われた気がする」
前にも、というか何回か訊かれている。リアンだけではなくルピナにも訊かれているから繰り返し何度も訊かれている印象だ。
その度に私は「特にない」と答えていたはずだ。ルピナと一緒にいられればいい、ルピナの役に立てればいい、ずっとそう思っていた。
今は……素直に「ない」とは言えない気がする。
かと言ってこれと言って何があるというわけではない。
「僕らは子供の時より出来ることが増えたし、その分自由になったと思わないかい」
リアンは私が握ったままのグラスに再び水を注いだ。
どんどん手が冷えていくような気がする。
気がするだけで、ある程度まで冷えると今度は水が温まっていくのだ。
それが嫌なら、水を捨てればいい。
捨てられた水が自由かといえば重力に逆らうことは出来ず、地面に吸い込まれるだけだ。
私が手に入れている自由とはそんなもの。
「僕が君たちに贈るお菓子はさ、実は叔父から送られてくるものなんだ」
私が無言でいたせいか、リアンが話を変えた。
リアンはよく私たちに贈り物をしてくれる。珍しい花やお菓子、布や絵画の場合もある。
それらがリアンの生まれた地方から送られてきたものだということは察していた。彼が取り寄せているのか送られてくるものなのかまでは知らなかったが。
「ずっと、僕を心配して送ってきてくれているものだと思っていたんだけどさ、この前手紙で、意外な事実が分かったんだよ」
「意外な事実?」
「叔父はね、娘が欲しかったんだって。叔父は奥さんが大分前に亡くなって子供もいなかったんだ。僕たち兄弟を自分の子供の様に可愛がってくれたけれど、娘だったらどうなんだろうって思っていたみたいなんだ。それで僕の相手を…娘の様に考えていたみたいなんだ」
リアンは笑いながら話していたが、私は複雑な気持ちだった。
リアンの叔父ということは、「ルピナ王女」の父親、この国の王が自分の兄を殺したのだ。そして息子の様に可愛がっていた甥、リアンを連れていかれ滅多に会えないようにした。
家族をバラバラにされたのに、甥の相手を可愛がる? そんなことがあるのだろうか。
「だからさ」
少し声を低くして私に顔を寄せてきた。
「君が望めば叔父はきっと助けてくれる」
ぎくりとしてあたりを窺ったが、女官には聞こえなかった様で私とリアンが愛を囁いていると思ったのか、目をそらしあらぬ方向を見ていた。リアンの従者は位置的に絶対聞こえただろうに、ちらりとリアンを見ただけだった。
近付いたままのリアンの顔を見ると口元は弧を描いていたが目が笑っていなかった。本気なのか。
私が逃げたいと言ったら協力してくれるということ?
あの時の話をリアンは知っているのだろうか。
なぜ、あれから一年も経っている今なのか。
疑惑、疑念、期待それを否定する不安、希望、色々な気持ちが巡る。だめだ、混乱している。それだけは分かる。
グラスを握りしめたまま無言でいると、回廊の方から女官が足早にやってきた。
ルピナが部屋に戻りここには来ないこと、私たちも戻るようにということ。
あの女官との話が終わったのか。やっとルピナと話ができる。
「やっぱり街には行けないのか」
私の握っていたグラスを抜き取り女官に渡しながらリアンはポツリと言った。
「リアンは本当に行くつもりだったの?」
「まあ、行くつもりはないんだろうなと思っていたけど、行けたら楽しいだろうなとも思ってたんだ」
「行けたらなんて、私は考えもしなかった」
「だめだろうけどもしかしたら、という期待を持ったりしない?」
その言葉は今の私を指摘しているようで刺された気分になった。
動かない私の手を引き立たせたリアンは優しい笑顔で部屋まで送るよ、と日傘を私に傾けた。
リアンにエスコートされながらも、私は混乱していた。
ここから、逃げるということ。助けてくれるかもしれない人がいること。でもそれは違うかもしれないということ。
たどり着いた私の部屋には誰もいなくて、まるで世界から笑われているような気持ちになった。
そんなことは、きっとない。
希望と、それを否定する気持ち。
私はすぐにルピナを探し始めた。




