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花の雫  作者: 深澤雅海
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10

 ルピナ言われ用意するために部屋に戻ったものの、気が乗らず立ち尽くしていた。

 女官が目立たない服装に着替えないのかと尋ねてきたが、少し待つように言って下がらせた。


 ルピナと話をしたかった。一緒にいる時間が減ったからではない何かが私との溝になっている気がする。

 私の事を知らない女官の出入りは厳しく制限され、私とルピナが同じ敷地内にいる時にはその場所に入れないはずだった。彼女はなぜあそこにいたのか。

 ルピナが庭で見かけて追って行ったというのは彼女なのだろう。いてはいけない女官がいるのが目に入ったから追いかけた。

 それを知らずにルピナを私が追いかけて行ってしまった。それであんなことになってしまったのだ。


 まずいことになった、と思ったが、今考えれば別に大したことではない。彼女に全てを話して「知っている女官」にしてしまえばいいだけだ。

 ルピナもそれを分かっていて、見るからに動揺してしまった私に気を使ってあの場を離れるように遊びに行くなどと言ったに違いない。


 そう思うのに。

 得体の知れない不安がある。


 それほど時間は経っていないつもりだったが、リアンが待っていると女官が呼びに来たのでそのまま西回廊に向かう。


 西回廊は光の間と呼ばれる広間から西城門まで伸びる回廊だ。「深き庭」と呼ばれている樹木の多い庭を横断し西城門へ続く。庭を楽しめるように壁はなく、白い柱が屋根を支えている。

 光の間の出入り口に騎士が立っていたが、それ以外に人気がなく静かだった。

 速足でその名の通り光に溢れる広間を抜け回廊に踏み入れると、少し進んだ所でリアンが柱に寄りかかっていた。従者と何か話している。


 私は着替えずにそのまま来たが、リアンは動きやすそうな服装に着替えていた。とは言っても装飾が減ったただけでちらりと見ただけで貴族と分かる服装だ。お忍びで城下町を歩くような服ではない。動きやすそう、というより涼しそう、が正しいか。

 速足で来たせいで体温が上がっているからそう思うのかもしれないけど。


 彼のさわやかさを引き立てるような白い服は装飾がない分、彼本来の美しさを際立てていた。

 元々綺麗な顔をしていると知っていたが、暑い日差しの中でも彼だけは暑さを感じていないように見える。

 隣に控える従者が黒っぽい服装をしているのでさらに際立つ。

 絵になる、とはこのことか。


ふたりは何がを話しているようだったが、近付くとリアンが笑顔で声をかけてきた。


「やあ、着替えなかったんだね」

「ルピナが本気で遊びに行くと思っているとは思えなかったから」

「そうだね。スイユの事を大げさにしないために僕らを追い出したように見えたね」

「やっぱりそうなの?」

「僕にはそう見えたけど……ルピナがどう思っているかは本人に訊いてみないと分からないね」

「ルピナに」

「心のうちで何を思っているかは、本人が口に出さない限り分からないよ」


 ルピナと話したい。強く思った。


「ルピナが来るまで少しふたりで散歩しないかい? いい天気だ」

「散歩?」

「同じ日陰でもあちらの方が涼しそうだと思わないかい?」


 あちら、と示されたのは「深き庭」の木陰だ。

 「深き庭」はその名の通り深い森の様な庭だ。密集した木の下は確かに涼しそうだった。

 頷くと女官が日傘を差し出してくる。私が受け取る前にリアンが受け取り優雅な動作で広げて私の前に日陰を作る。

 とても指が動かない様には見えない。

 リアンとも少し話したいと思った。


「リアンは最近ルピナと話している?」

「そうだね。昨年から公務でも一緒になる事が多いから以前より話すことが多いかな」


来年にはふたりは結婚することになっている。ルピナは誰もが知る王女だが、リアンは存在は知らされているものの外に出たことはなかった。城内や近隣諸国の関係者だけでなく、国民にもリアンの顔を知ってもらわなければならない。

もちろん、ルピナの代わりとして私が一緒に行くこともあった。


「私は最近ルピナとあまり話す時間がない気がするんだけど、リアンから見てどう?」

「……うーん。公務が増えて忙しくなったせいでふたりで雑談する時間が減ったんじゃないかな。話し合うのと雑談するのとでは印象が違うだろう?」

「なるほど」

「僕らもいつまでも無邪気な子供ではいられないからね。寂しいけれど仕方がないね」


 寂しいと感じるのは大人になったからなのだろうか。

 前は当たり前に持っていた無邪気さを手放さなければならないことが寂しいのだろうか。


 木陰にたどり着くとリアンの言う通り建物よりこちらの方が涼しく感じた。

 木々が風に揺れて足元の影も揺れる。

 木陰でもリアンは私に傘をさしていた。見上げると目が合ってしまい思わず目をそらしてしまった。

 回廊を振り返ると女官が姿勢を正してこちらを見ていたが、何かに反応して空を見上げた。その視線を追うと空に色とりどりの風船が上がっていた。


「今日は納涼祭最終日だ。最後の夜の祭りの始まりだ」


 リアンも風船を見上げていた。

 夜というにはまだ早い時間だったが、城下町から賑やかな音楽が聞こえ、盛り上がっている気配を感じた。


「昨年、ルピナと僕がふたりで城下町に行った時のことを覚えているかい?」

「もちろん。さっきルピナも言っていたことでしょう」


 忘れていない。忘れるわけがない。

 大した供も付けずにルピナが城下町へ行ったと聞いた時は何を考えているのかと頭を抱えた。心配で落ち着かず部屋の中を歩き回っていたら女官長が来て大事な話があるから付いてくるように、と今まで入ったことのない部屋に連れてこられた。

 そこには王の補佐をしている王弟殿下が待っていた。

 難しい顔をして私が部屋に入ると深いため息をついた。

 ルピナに関する重要な話がある、という事だけは分かった。


 あの時のことを思い出すと息ができなくなる。


「顔色が悪い。座れるかい?」

 リアンが顔を覗き込み、どこかから取り出した布を地面に広げる。倒れるようにそこに座ってしまう。

「大丈夫か?」

「……大丈夫、ちょっと貧血起こしたみたい」


 リアンに話してしまえば、この息苦しさも軽くなるだろうか。

 「どこからか出した布」はジョイがマントを渡してます。ルピナ(偽)の視界には入っていないだけです。

 リアンと違い、ルピナたちが結構薄情なのは皆さん察していただいているかと思います。

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