File.0 祈崎艶華と小田桐雄介の日常
この世には、常識では測れない何かがある。
それと日常で出会うことはないだろう。
だからこそ誰もが非日常に夢を見て、想いを馳せ、空想だと笑い、日常を謳歌する。
それと、出会う人間は世の中を生きる人間のほんの一握りだ。
それと出会ってしまった人間は決して幸福ではない。むしろ不幸と言うほかないだろう。
知ってしまえば、見えてしまう。
見えてしまえば、侵蝕される。
日常が非日常になるのではない。
非日常だったと思っていたものが、日常になってしまうのだ。
非日常が日常へと侵蝕される。
戻ることは出来ない一方通行。
それは、現実をも浸食する人の欲。
――――侵蝕性愛。
僕は非日常に出会い、日常を侵蝕された。
そして、あの恐ろしくも美しい少女、祈崎艶華と出会った。
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僕、小田桐雄介は溜め息をついた。
開いた扉の向こう。
昨日綺麗に片づけたはずの部屋がゴミに浸食されていたからだ。
今までの部屋の様子を知っていれば、いずれこうなることは予測することはできていた。
だが、一日でゴミためになるというのは想像の埒外にあった。
「あー、艶華さん……。これは一体どういうことです?」
「これとはどういうことだ?」
部屋の向こうに投げかけた問いかけ。
それに鈴を転がしたような美声で不遜なもの言いが返ってくる。
僕はそれに対して言いたいことを飲みこんだ。
何を言っても無駄だと悟っているからだ。
床に散らばっているお菓子の包装をテキパキと広い集めつつ、目的地である声の主のもとを目指す。
まさか、なくなったゴミ袋の補充を今日のうちに開封して使うはめになるとは昨日の僕は予想すらしていなかっただろう。
まるで賽ノ河原の様だと思うが、手は止まらない。
ゴミ袋が三つパンパンになったところで僕は顔を上げた。
ソファの上に寝転ぶ少女。改造されすぎて何処の制服だかわからない制服と白衣を羽織った少女。細くて白い足が短いスカートから存在を主張している為、視線のやり場に困る。しかも、その少女は百人が百人とも美少女と認める様な美しさだから尚更だ。
そんな僕を気にした風もなく、制服に皺ができることもお構いなしにゴロリと姿勢を変えた。
「君は勤勉だなあ。俺の様に怠惰に生きるのも大事だぞ?」
「艶華さんはもう少し、いえ、かなり品というものを持った方がいいと思いますよ」
彼女は祈崎艶華。この部屋の主にして僕の命の恩人、とも言えるべき存在かもしれない。
普段は怠惰な彼女だが、時に普段の彼女からは想像も出来ない程の行動力を見せる。
それはあまり褒められたものではないのだけれども、僕はそうして生きているのだから咎めることも無い。
「別に俺はスカートの奥から覗く布きれ一枚程度で興奮するような輩に興味はないよ」
「それは知ってますけど……」
「気になるなら別にみればいいさ。俺は別に君に見られても気にはしない。見たければなんならスカートをまくってもいい」
「いえ、結構です」
僕は心の底からげんなりとした声でそう言う艶華さんに返答した。
艶華さんも「君はそうだろうね」と引っ張るようなこともなかった。
年頃の女の子、性格は置いておくとしても見た目は美少女と言えるような女の子と一緒にいるというのに、なんともガードの緩いことだ。
まあ、艶華さんも、僕もそういう心配は一切ないということは分かっている故でもあろう。
……まあ艶華さんはそうでなくても気にしなさそうだが。
「それはそうとユースケ君。面白い話、持ってきたんだろう? 俺を満足させるような、歪んだ愛の話をさ」
ソファから起き上がった艶華さんは三日月の様に唇を歪めて嗤った。
艶華さんは怠惰だ。だけれども、自分の興味のある事には積極的になる。
そして、その嗅覚ともいうべき感覚は恐ろしいものだ。
「ええ……。艶華さんを満足させるかは分かりませんがありますよ」
そうして僕は艶華さんに話を始めた。
日常を侵蝕する、歪んだ愛の話を。
主人公の名前のネタは仮面ライダークウガ。