おかず 映画
詩季の性的な意味でのおかずは家族ではない。
この世界の男性が性に対して保守的な傾向が強いものの、無いわけでは決してない。それなりにはあるが貞操観念が非常に高い傾向に有り、男性向けのそういった媒体は詩季の目から見るとかなり少ない。が、変態大国現代日本がそもそも世界でHENTAIという固有名詞を貰っているだけに行き過ぎているという見方も出来るので、この世界の日本が異常かというと判断が難しいところである。
詩季は今現在、十代の若い体を持った若い男である。家族と何かの拍子に肉体的接触や視覚的刺激が有れば興奮はする。
ただ、詩季は大事な家族を性欲解消のおかずにすること自体に罪悪感を覚えてしまい、萎えるのである。勃ちはするがその後が続かない。そのため違うおかずを用意する必要があった。
土曜日の午後三時。
この日、詩季は千堂俊郎と初めて待ち合わせした喫茶店でお茶をしていた。俊郎とは一、二週間に一回、二時間ほどの雑談を交わす仲になっていた。
詩季にとっては定期会合のようなもので、自分に好意を抱いている高校生以外の男性との交友は楽しくもある。俊郎にとっては弟分との時間は楽しい以外の何物でもなく出かける際に妹から行き先を聞かれた時に『デートだ』と言ってしまうくらいに浮かれていた。
「俊郎さんはおかずって何使ってます?」
「おかず? まぁ色々だが、今晩はポークソテーだな」
「いえ性的な意味で」
「は?」
ちょっとなに言ってるかわからない、と川原木や熊田なら思ったことであろう。そして非難するであろう。詩季とてその位の空気を読むことは出来るので相手を選んだ結果、俊郎に白羽の矢が立ったのである。ただ単に話題の一つとしてたまには猥談したかっただけである。
「ぁあ……そういうことか。まぁ……俺たちも若いし、生理的なものだからな」
「ポークソテー……つまりふくよかな女性が今夜のおかず?」
「深読みしないでくれ。嫌いではないが」
「嫌いじゃないんだ」
RINEでのやりとりで夕飯メニューの相談をすることは多いが、確か肉料理が妙に多い気がする。
「宮子さんデブ化計画?」
「いやいやいや、妹にそういう事は求めんだろ。普通」
「あ、ん。だよね~」
一瞬の間に俊郎は察した。彼は詩季が特別男子保護法による養子であり、事件前の記憶が無いことを思いだし慌てて考えを正す。
「あー。違うな、さっきのは誤りだ。実際に姉と恋人関係のようになっている男は知人に居る。男にとってはその姉妹にもよるだろうが、関係が良好で年頃だと有り得ない話ではない」
「え?」
「実際に事に及ぶことだって有るだろう。社会的な風評などの弊害も当然考慮すべきだ。が、人間感情の生き物だ。全ての人間が理屈で割り切るなどそれこそ有り得ない。そういう意味では先ほどは俺の個人的な感情論でしかない」
思わぬ展開に詩季はコーヒーを口に運ぶ手が止まる。
「妹の宮子は四歳差だから俺が物心付く頃に生まれた。子供ながらに一生懸命世話した。それこそおむつの交換からご飯、お風呂まで全部やった。あいつは妹であり、娘のような存在でもあるから、そういう方面では全く思いもよらないだけかもしれん」
詩季は関心しつつも俊郎の思惑に気付く。記憶を無くし、さらに特別男子保護法によって養子となったと察しているであろう相手。
詩季が抱えている性的な意味での葛藤を緩和しようとしているのだと。
なんだかんだで社会に揉まれた男にとって、まだ若い俊郎の思考、気遣いを察するくらいには鈍感ではなかった。
「俊さんって優しいよねぇ」
苦笑いと共に出てくる感謝からの言葉。俊郎の希望もあって既に敬語は辞めている。
「…………初めての評価だ」
きつ目の性格と見た目である俊郎は『格好良い』や『理知的』などの好評価は有れどこういった評価をもたれることは家族以外からは無かった。家族からさえ『実は優しい』とか『ツンデレ』などで素直な賛辞は今までなかったので感動さえ覚える。
新鮮であり、詩季から好ましく思われているというのが解りむずかゆい嬉しさがこみ上げ、口元がにやけるのをこらえるのに必死だ。
「俊さん、基本仲良い人以外には解りにくいもんねぇ」
「それ褒めてないだろ?」
「春お姉ちゃんみたい」
「褒めてないな」
「シスコンとしては最大の賛辞だけど?」
「略すと大惨事だな」
「あはは」
俊郎と春姫の関係が険悪な訳がないと知っている詩季は笑い飛ばす。
「ところで詩季君」
「はい?」
雑談は終わりだとばかりに真面目な顔つきの俊郎に姿勢を正す。
「Yの事だ」
「はい」
小声で顔を近づける俊郎に神妙な態度の詩季。自然と敬語になった。Y=柳幽斉の件に関しては俊郎になんのメリットもないだけに申し訳なさが先に立つ。
俊郎に調査をお願いした理由は当然春姫のためである。ただ、攻勢に出るためではなく春姫の、家族の安全のためである。危険となりえる人間の情報だけは集めたかった。
「現在、安部古部芸術大学に籍を置いている。籍だけで一度の通学の事実も無い。
奴は奴で、書道大家の家系に生まれただけあってか、賞に出せば必ずと言って良いほど受賞しているらしい」
「家の……力?」
「さぁな。一度受賞作を見たが、触れてこなかったジャンルだけに俺には解らん。本当に才能が有っても不思議ではない」
芸術は狂人と天才紙一重という場合も有るだろうし、と俊郎は肩を竦める。
「問題は奴の行動範囲と時間についてだ」
「え、探偵みたい」
「いや、伝手を頼って得た情報からの推測でしかない」
思わぬ内容に詩季は一瞬驚くも、説明された内容に納得した。
「奴は大学病院の心療内科、それもそれなりに重度な患者として通わされている。
原因は高校卒業後すぐに無断外泊を繰り返した結果、強制的に身内に見張りを付けられている状況らしい。
その際にどうやらよろしく無い連中の間をうろついていたとか。
入院させる、という話も出たそうだが症状が微妙な線だったらしく、本人もそれを拒んだために男性保護の観点からも無理に閉じこめることが出来なかったそうだ」
姉の周囲をうろついている、という話を聞かされると思っていただけに多少は安堵した。
だがそうなると、姉も高校卒業以来久々の遭遇だと言っていた事に違和感を感じる。
あの様子を考えるともっと姉をストーキングをしていも不思議ではない。姉がそんなことに嘘を付く理由が見つけられないのでそれは事実だろうと推測する詩季。
「よろしくない、というと?」
「柄の悪い連中のようだが詳細は不明だ」
「お金は自由に出来る状況だったのかな?」
よろしくない連中の金鶴だったという線を疑う詩季。
「いや、そこも解らないが、甘やかされてきたであろう男だし家は豪邸だ。金持ちというのは間違いないし小遣いもそこそこ貰ってるんじゃないか? まぁそこは今は関係ない」
仮にも男である。見た目が悪くとも性的な意味でも金銭的な意味でも利用価値は有ると俊郎は考えるのだが詩季には思い到ることが出来ない。そこは前世とのギャップをまだ埋められない詩季ならではである。
「少し逸れたが話は単純だ。Yが通う大学病院近くに例のホームセンターが有る。付き添いという名の見張りを振り切ったところ偶然遭遇したのではないか、と俺は推測した」
「俊さんの情報ソースって医療従事者?」
「ノーコメント」
万が一にも情報提供者に迷惑を掛けられないからと明示しない。詩季の推測が当たっているとすればそれは重大な情報漏えいだけに俊郎が明言することは有り得なかった。法律を学ぶ人間がそれで良いのか、という考えがよぎったが長姉を思い出しすぐにその考えを追い出す。何事も使えるものは使う、が春姫であり法律家の卵である。
「僕のせいで俊さんの毒牙にかかった女性が居ると思うと心が痛むよ」
「売男のように言うな。人聞きの悪い」
不機嫌そうになった俊郎に詩季は慌ててご機嫌取りをする。
「あはは、ごめんごめん……俊兄様」
ハッと口元を押さえる俊郎。わなわなと震えている。
詩季もいい加減気付いていた上に俊郎の妹の宮子に「兄さん、男兄弟、それも弟に憧れてるみたいだから」と言われていたのだ。
この男、僕のことが好きだ、と。
同性愛的なニュアンスは無いようだが『マリオ様がみてる』という小説が大好きだという情報を宮子から聞いていたので、まぁそういう兄弟的関係に憧れているのだろう、とも聞いていた。
前世でのタイトルは知っていたものの、この世界での男女があべこべのその作品のタイトルを知らなかった詩季は「配管工かッ!」と叫んだのも仕方ないことである。
が、即座に「え? 配管工はマツコだよ?」とツッコミが宮子から入り頭を抱えしゃがみ込んだのはつい先日のことである。デラックスじゃ配管に入れないだろ、と。
「俊兄様、お願いばっかりでごめんね。僕に出来ることあれば言ってね?」
「ぅっむ……うん」
顔真っ赤にして照れながら、うんってちょっと可愛い、と一瞬あれな事を思ったが詩季は性別男には性的興味がないので問題ない。
ただし二次元限定で女性寄り両性具有は「これはこれで嫌いじゃない。ローストビーフにウニ載っける感じのチャレンジ精神を感じる」などと考える。斜め下にも広い性癖を有する男で、大変な変態であるという事実に変更はない。
「俺は、その、童貞だ」
ちょっとなに言ってるかわからない
詩季は必死にその言葉を飲み込んだ。その情報本当に要らない、と内心げっそりする。
その後夕飯ではないおかずの話に詩季が無理矢理持っていき、俊郎のおかずは女教師物だということを聞き出した。
「うわぁ」
「そこで引くなよ! 引くならはじめから聞くなよ!」
「ちなみに僕のおすすめは『母娘どんぶりTHEムービー2』だよ」
「俺より業が深いな!? 2ってなんだよ2って!」
「初期だからやっぱり演技が臭いんだよねぇ」
「初期って、そんな続いてるのか!? ちょ、ちょっと面白そうだな」
猥談は、気心の知れた相手ならば男女問わず次元問わず楽しいものである。
二人はそれなりに楽しいお茶会を過ごしたのであった。




