ピーチ鉄 なでぽ
「さて、どうするか」
「そうだね、それが問題だね」
ある意味目的であった冬美の兄、詩季に会うというメインイベントをクリアしてしまった飯島と青井は悩む。
二人はここからどうやって詩季と仲良くなるかを考えなくてはならない。それも冬美の気分を害し過ぎないギリギリを狙って。
「……ゲーム、する?」
自宅に友人を呼ぶのが初めての冬美は冬美で若干浮き足立っている。二人の狙いは理解しているものの、そこまで兄に害となる筈がないという予測と信頼、そしてホスト側として客をもてなさなければ、という意識が働いていた。
「お、何のゲーム?」
「色々あるね、というか君の家、本当に金持ちだなぁ」
冬美が指し示した棚には自慢のコレクションが並んでいる。その九割はロールプレイングゲームやシミュレーションゲームなどだが中には詩季と一緒に遊ぼうと密かに数世代前の某鉄道すごろくゲームも有った。ちなみに詩季と二人きりで、と思っていた部分もあり、だが何かと家事などで多忙と言えば多忙の詩季を単独で部屋に連れ込むのが難易度高いためまだお披露目はできていない。
「これやろうぜ」
「時間的にも丁度よさそうだしね。これ、クイーン貧乏えげつないんだよな」
「ん」
二人もほかの多人数で楽しむタイトルがそれ以外見つけられなかったこともあり一発チョイスであった。
そしていざセッティングした段階で冬美以外の二人の思惑通り三人分のクッキーと飲み物を盆に乗せた詩季が部屋を訪れた。
「お待たせ~召し上がれ~。さっき焼いたばっかりだから美味しいと思うよ」
「手、手作り菓子だと!?」
「何というっ」
あれ、さっきケーキって言ってなかったっけ? と冬美は首を傾げるが、詩季もある程度この世界の男女感を身につけ始めていた。成長していたのである。
つまりは「買ったケーキより男の手作り菓子」ということであり、このあたりは熊田に自然と教え込まれた感が強い。そして友田智恵子が彼らに素手で生地をこねくり回して欲しいというリクエストをしていただけに手作りのパワーは理解していた。あらぬ方向へとメガ進化してしまっている詩季の言動は本人だからこそ気付かない危うさが有る。
冬美にしてみれば余計な気遣いだったが詩季にしてみれば折角来た妹の友人達をもてなそうという気持ちが仕事をしただけであった。
「上手い!」
「美味しいですっ」
「お粗末様です」
冷凍生地をトッピングも無しに焼いただけで手作りかというと微妙に言えない代物なのだがそれを言うのも野暮だと冬美は黙ってクッキーを食べる。
冬美の見解としては手作り?というレベルのものだがこの世界の男性女性どちらにとっても「男性がカップ麺にお湯を入れ女性に提供するのは『手作り』である」と言って過言ではないため詩季の認識の方が正しいと言える。
これが女性が男性に、もしくは女性が同性に、お湯を入れたカップ麺を提供して「はい、手作りだよ!」と言えばすかさず「ざけんな!」という言葉と共にカップ麺のカツラを被る事になるのは疑いようもないこの世界の常識であり不条理でもある。
「あ、あの、お兄さんも一緒に遊びませんかっ」
「是非っ」
「え?」
二人の決死隊は、冬美の兄の詩季ではなく他の学友の兄弟相手であれば「無茶しやがって」という突撃をかます。冬美は冬美で「こいつら……まったくもう」という想いではあるが、兄の反応次第と黙って居る。
「えーと、冬ちゃん」
無碍に断るのも感じが悪くなりそうだ、と招いた人間である妹に声を掛けると
「お兄ちゃん、時間有るなら一緒遊ぼ」
飯島と青井にとっては意外なことに快諾であった。ただ単に冬美本人も兄とゲームで遊びたかっただけである。
「あ、じゃあ一緒にやろうかな。ピーチ鉄、久々にやってみたいし」
TV画面を見て興味をそそられていたのと、可愛い妹とその友人達二人、共に詩季から見ると片や元気系でちょっと生意気っぽい少女と、片や一見すると清楚な印象を与える少女と、非常にレベルが高い。イエスロリータノータッチ、という言葉を胸に刻みつつ、詩季はいそいそとテレビの前の冬美の隣に移動し座り込んだ。何かと業の深い男である。
最近、柔道道場に通い始めて付き合いが悪くなっている自覚の有る冬美は友人二人にサービスすることにする、というよりも「貸しだかんな?」という視線を二人に送るが、二人は二人で舞い上がってしまいその視線に気づいておらず、冬美は少しため息をついた。馬鹿ばっか、と。
「ほりゃ! クイーン貧乏様のお通りじゃー!」
「あ、そのために特急カード集めてたな!?」
「冬っちトップで居られるのはここまでだ!」
「狡い真似を。一端パス」
「おま、お兄さんに何て非道な真似を!?」
「冬っち意外と鬼だね」
テンション高ぇ~。詩季はちょっと引いていた。
ゲームが始まるや否や、先ほどまでは借りてきた猫のように行儀の良かった二人は大騒ぎしながらピーチ鉄、日本全国をすごろく形式で電車で駆けめぐり物件を買いあさり競うゲーム、に白熱し、冬美は冬美で珍しいシチュエーションも手伝ってか静かな闘志を燃やしていた。
自分が子供のころはこんな風に友達と遊んだことなかったなぁ、と少し遠い目をしながらも空気を崩さないようコメントする。
「あはは。冬ちゃんひどーい」
「だいじょぶ。お兄ちゃんも特急カード有るから被害出る前に恋に擦りつけられる」
「おま、チーム戦かよ!?」
「実は同族企業」
親会社が会社役員らしいコメントである。
「あはは。じゃ、ごめんね~」
詩季はさりげなく冬美の頭越しに恋の頭を撫で、クイーン貧乏をなすりつける。
「ふひぃあ!?」
「うわ!? 何!?」
突然叫び声をあげた恋に驚く詩季と他二人。だが他二人は即座に理由を理解する。
「あ、いや、あの……す、すみません」
「えっと、ごめんね? 痛かった? 嫌だったかな?」
もしや自分の好感度の高さを過信し過ぎたか、と考えビビる詩季。オサワリマンこっちです! の通報案件になるだろうか、と一瞬青くなる。
「い、いえ、その、初めて頭、撫でられて……びっくりして」
男性に頭を撫でられる、という経験は恋にとって初めてのものである。父親が居ない家庭など珍しいことではなく、むしろ居れば「え、なんで居るの?」と理屈などを吹っ飛ばして聞かれてしまうレベルのレア度である。
しかしここからが詩季クオリティである。詩季はこう解釈した。
『今まで誰からも頭を撫でられた事がない』と。両親が揃っていない家庭など珍しくもないと知っている、そして母親が働きに出なくてはならず親子の接点が薄くなりがちなのが社会問題とされているのも事実。詩季は、溢れ出そうな涙を堪えた。過去の自分が重なって仕方ない。
その場では冬美が一番初めに詩季の異変に気づいた。「あ、これあかん奴や」と。このパターンは冬美がお弁当をコンビニで買って済ませていたのを聞いた際に見ていた。が、こうなった兄を物理以外で止められる自信が無い。
「恋ちゃん!」
「むば!?」
恋にしてみれば意味が解らない。だが、見目麗しく優しい年上男性がその胸に自分を抱きしめたのだ。混乱はすれど幸福絶頂である。
「いつでも遊びに来てね!」
「ふぁ、ふぁい」
冬美は額に手を当てアチャーと天を仰ぐ。
「……良いなぁ」
そして思わず素直な感想を漏らす青井空。
「む!?」
もちろん次のターゲットとなる。この世界の子供達はなんと哀れなのか!? とマザーなテレサでも「ちょっと待てお前! 落ち着け!」とツッコミを入れるレベルで勘違いを構築していく詩季。
「ふぁっ!? ぁっぁっぁ」
二人を同時に両腕に抱え込みその胸で受け止める。ちなみにこの世界では女性の乳房は勿論セクシャルなポイントであるが、男性の胸部もまた同様である。おいそれと生で見れたり触れたりするものではない。服越しであってもかなり貴重な体験である。
「お兄ちゃん、すとっぷ」
じっくり十分ほど頭を撫でくり回された時点で恋と空の思考回路はショートしのぼせ上がった。それはそうだ。仮に多感な男子小学六年生が女子高生の胸に抱かれ撫で回されたら脳がオーバーフローするに決まっているのである。
「あ、ごめん! 強すぎた!?」
天然、というよりも最早阿呆の領域に入っている詩季は二人の様子に気づき慌てるも時既に遅し。
「やばぃぉやばぃぉやばぃぉ」
「ふぁぁあぁ……ふぁぁあぁ……ふぁぁあぁ」
湯気が立ちそうなほどに顔を紅潮させた女子小学生二人の出来上がりである。
「だ、大丈夫!? 救急車!? 救急車!?」
「放っとけばだいじょぶ」
「えぇ!?」
冬美の見立てでは二人の症状は一時的なもので過去に自身が温泉上がりに受けた洗礼から寝かせておけば問題ない、と冷静に判断した。
「頼むから、もう少し慎みを」
「えぇえ!? って、え?」
冬美はそう言いつつも兄の胸に飛び込む。
「あと、お兄ちゃんは」
下から上目遣いで詩季を見、
「僕の」
ぐりぐりと顔を詩季の胸に押しつける。
「どん、ふぉげっと」
「冬ちゃん! もう大好きだよ!」
あざとい。あざと過ぎる。
徐々に復活しつつある意識の中、冬美の親友二人は賞賛と尊敬の念を送った。
「何なのさ……このカオスな光景は」
詩季が早退したことを心配し、自身も早退・帰宅した秋子はそう言葉を漏らすのであった。
あべこべ小説の書き方(下記リンク)のエッセイ書いてみました。
ご興味ある方は是非。皆であべこべ物を布教しましょう。




