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幕間 授業参観

 授業参観。


 今回、冬美のクラスでの授業参観は算数の授業であった。 

 教師の問いかけに児童がこぞって挙手し、逆に上げない人間が目立つ状況となるのは世の常で同調圧力にも似た空気に冬美は辟易としながらも毎回そつ無くこなしている。


「では……この問題解る人?」


 少し難解な問題に誰も手を上げないのを確認し教師はまだ教えてない要素が有るのだから当たり前だと笑みを浮かべる。

 意地悪ではなく慣れた頃に新要素を少しずつ組み込むのは大事な事である。解説してからまた挙手を促そうとした。

 授業参観はあくまでイベントの一つ、これで普段の授業風景など解る筈もないのだが親が子の普段っぽい姿を見たいと思うのは自然なことだ。


「え? ……では、暦さん」


 授業参観での教師からの設問も一応はクラスの半数以上が答えるように準備はされているのは児童達も解っているのだが、何度も挙手するのが面倒に感じている冬美はさっさとノルマをこなしてくつろごう、とその誰も触れようとしない問題に手を挙げた。


 黒板の数式を再度確認し立ち上がった冬美は「17」と答えだけ述べた。

 母が後ろに控えて居るのだ。無様だったり消極的過ぎる姿をわざわざ見せる必要がない。ある意味で普段通りの冬美の姿と言える。


「正解。よく出来ましたね」


 おぉ~、とクラスメイトから声が漏れる。

 冬美の優秀さと興味のある事以外面倒臭がりという性格をほぼ正確に理解しているクラスメイト達は「よく解るなぁ」という感想以外特に何も持たず、暦冬美だしな、で終わるのだが後ろで見ていた保護者達は目を見張る。


 小柄だが美少女、空気を読もうとしないだけだが毅然としていた態度、さらに他のクラスメイトが答えられない問題に答える姿は非常に好ましく映る。そして運動会のリレーである意味大活躍した少女だと誰しもが気付く。


 これでノルマはこなした。冬美がそう考え座ろうとすると


 パチパチパチッ


 拍手が響いた。

 他のクラスメイトが答えた時も流石にそんな音は響かなかった筈だと冬美は驚き振り向くと、興奮気味の兄が一生懸命手を叩いていた。


 何故居る!? いつの間に!? 学校は!?


 と冬美は混乱したが思えば今日は土曜日。兄は休みだった。母の陰に隠れて見えなかったのか、冬美は気付かなかった。これは冬美に注意力が足らなかったという訳ではなく、詩季が冬美に内緒で母と共謀して授業参観に潜り込み極力冬美の死角に入っていただけの事である。


 兄の止まぬ拍手によって羞恥と涌いてくるおかしな喜びで徐々に顔を真っ赤にさせ口をパクパクさせる冬美。


 節子は節子で苦笑いを浮かべ「詩季君、ストップストップ」と小声で諌めるが妙にその声も静かな教室に響き冬美の顔をさらに真っ赤にさせる。その様子に保護者達のみならず冬美のクラスメイト達も目を奪われ胸に悶々としたものを抱いた。


「暦さん、今日はお兄さんも来てたんですね。優しいお兄さんですね」 

 節子と教師の言葉でやっと周りの空気に気付いた詩季は教師のフォローに慌てて頭を下げ冬美にも小さく手を合わせて謝罪の意を表する。


「あ、ぅう」


 普段は春姫のように目立っても気にしない唯我独尊タイプではあるがまだまだ若い事もあってか兄が絡んで急に素に戻ってしまった冬美は思わず呻く。


「座って良いですよ。さて、この問題ですが」


 中腰のまま固まっていた冬美に苦笑いを向け教師は通常営業へと戻った。



「起立、礼、着席ッ」


 授業参観の一時限が終われば後は保護者のみ参加PTA懇親会のみとなり昼前には終了となる。当然節子のみ参加となり詩季を置いて指定の場所へと向かった。生徒は授業と帰りの会が終われば下校しても良いのだが昼前ということもあり殆どの生徒がPTA懇親会に赴いた父母を時間を潰して待っていた。昼食を外で取ろうと予定している家族が多いことが伺えた。


 節子との別れ際に「知らない人について行っちゃ駄目よ?」と注意を受けた詩季は「いや子供じゃないんだから」と苦笑するが節子が離れてきっかり三十秒後、誰かの母親であろう三十路前後の女性からナンパをされ節子に心の中で謝罪する。

 そして恐らくは詩季を見て粉を掛けたくなったのが原因なのだが、さぼらずちゃんと懇親会に参加しろよ、と当事者である詩季はナンパ女にツッコミ入れたくなる。


「ちょっと近くのケーキ屋でお茶しよ? ささ、こっちこっち」

「はぇ?」


 自己紹介も曖昧なままに放たれたダイレクトな誘いに間抜けな声を漏らす詩季。いつの間にか左手の手首を捕まれていた。

 女は健康的でパッと見て引き締まった体躯の夏紀に四割増し筋肉装甲を装着したかのような人物であった。黒のパンツスーツはタイトなデザインだが無骨ではなくむしろ彼女の魅力を引き出しているのは確かだ。が、絶対自分より強い、これ無理に振り払ったら噛みつかれるんじゃね? と思ってしまうほどに詩季には十分な迫力が感じられた。

 美人と言えば美人なのだがアマゾネスを彷彿とさせる女性に思わず怯み固まる。


「お兄ちゃん、飼育小屋にウサギ居る。見に行こ」


 女の存在を完全に無視した物言いで二人に近づいた。


「あ、う」


 冬美は兄の言葉を待たずに今度は詩季の腕を掴む女の小指を素早く捕らえて逆にねじ曲げる。


「ぐっ!」


 折るつもりで冬美は相手の小指に一気に全体重を乗せ捻り落とす。右足を軸に左斜め下、小指のみで背負い投げをするかの如く床に向かって倒れ込もうとした。


「ぅッッッ」


 例え大人であっても冬美のこの一連の動作ならば差ほどの抵抗もなく相手の指は複雑骨折していたことであろう。


「テメッ!」


 だが、その女は普通とは言えなかった。女は恐るべき握力で指を固め冬美の全体重と勢いをその一本で支えてのけたのである。


「チィッッッ」


 冬美も格闘家の端くれ。事態を把握し握った指を放棄、顔面への裏拳を放つべくその場で右足を軸に高速回転するもそれは技となる前に手刀で相殺され弾かれる。


 マズいッッッ


 不意を打ったつもりが完全に体勢を崩してしまったのは己の方であった事に焦る冬美。次の瞬間に叩き込まれるであろう衝撃に備え体の急所を庇うため体を捻った。

 一撃死は避けねば、兄を逃がさねば、と痛みを覚悟する。


「母ちゃん! 何やってんだよ!」


 そして教室に響く声。冬美のクラスメイトであり、大蛇空手道場の主を親に持つ大蛇克美であった。


「お。かっちゃん」

「かっちゃんじゃねぇよ! 何やってんだよ!」

「ぇ? ママ、かっちゃんに可愛いパパをゲットしてあげようと」

「マジで止めろ! ふざけんじゃねぇよ! 懇親会出ねぇなら帰るぞ!」

「親?」


 来ない攻撃に呆然とするような冬美ではない。即座に距離を取り兄を背に構えた。もっと早く止めろよ、と冬美は言外に克美を睨む。


「あ、う……まじめに、スマン。目を離した隙に馬鹿に馬鹿させた」

「かっちゃん、ママに馬鹿って言わないでよ~も~ショック~」

「気持ち悪いんだよババア! 暦、本当にすまんッ」


 あまりに素直に謝ってくる克美を責める気になれない冬美は呆れつつ嫌味だけは忘れない。


「首に縄付けておくのがお勧め」

「否定出来ねぇ、あとシメとくから見逃してくれ! ほら帰るぞババア!」

「ぇえ~……もうババアとか言わないでよ~ねぇ? 解った、解りました~。坊や、まったね~」


 運動会以来、冬美に対して複雑かつ淡い想いを抱く大蛇克美は顔を真っ赤にし半泣きで冬美と詩季に謝罪し母親を引っ張って出ていった。


「冬ちゃん……助けてくれたのは有り難いけど暴力は駄目だよ」

「相手が先に手を出してた。訴えれば勝てる」


 黒い交渉を含め金に物を言わせれば、とは流石に冬美も教室で口に出さない。


「いや、流石にあれ位じゃ無理でしょ。まぁ、うん……冬ちゃん、ありがと。でもあんまり危ない事しないでね? さ。ウサギ、見に行こ?」


 冬美の腕を取って抱え感謝と心配を伝える。

 美少年に腕を絡められている冬美に羨望のまなざしが集まり、詩季には主に女子生徒から好奇と好色な視線が集まる。小学生と言えど女は女である。


「冬の兄ちゃん、滅茶苦茶良いなぁ」

「ああ……天は二物も三物もあいつに与えるとか、なんて不公平だ」

「お兄さん、美人だよねぇ」

「あんな兄が居たらそんじょそこらの男じゃ無理だろ」

「ある意味、冬美って可哀想な奴?」

「かもね」

「だな」


 小学生らしからぬ言葉を並べるクラスメイトを全く気にしないどころか認識すらせずスルーする冬美。今は自ら絡みついてくる兄との歩行が大事である。これは例えるなら女が男に自ら腕にからみついて「当ててんのよ」をしているような状況であり、兄妹関係で耐性が有っても嬉し恥ずかしなイベントなのである。


「校庭の隅っこ。行こ」


 気を取り直して詩季を毅然とエスコートする冬美の姿が、授業で見せた赤面も含めまたもや男子のクラスメイト達の心を鷲掴む。


「騎士と王子様って感じだねッ」

「暦さん、大人っぽい」

「やっぱりお兄さん居るからかなぁ」

「でもさっきの授業の時は可愛かったよね」

「解る!」

「普段凄いクールだからギャップが良かったよね!」

「解った、これがクーデレだ!」


 それまで絶大ではあるが密かな人気であった冬美という少女に向けられる好意が表立つきっかけとなった。


「お兄ちゃん、今日はどうして?」

「え、何言ってんの? 愛する妹のことなら何でも知りたいと思うのが兄のジャスティスだよ?」


 え、何言ってんの? とはこちらの台詞だとは流石に冬美も空気を読んで言わない。恥ずかしいが嬉しいのは事実なのだ。


「じゃすてぃす、なら、仕方ない」

「うん、ジャスティスだからね!」


 詩季と冬美は仲良く節子が合流するまでウサギ鑑賞をするのであった。



おまけ


 大蛇空手道場


大蛇母「入門希望?」

謎の人物「いーえ。道場破りよ」

大蛇母「はぁ? ……たまーに、居るんだよなぁ。あんたみたいな馬鹿」

謎の人物「貴女みたいな馬鹿に馬鹿と言われると死にたくなるわねぇ」

大蛇母「何者か知らねぇけど、どうなっても後悔すんなよ?」

謎の人物「後悔したくないから殺さないようにだけ気をつけてあげる」

大蛇母「あ”あ”!?」


 数秒後。


弟子A「し、師範!」

弟子B「嘘だろ!?」

弟子C「ば、ばけもの!」


 板の壁とはいえ粉砕され、そこにめり込んだまま動かない大蛇母を振り返りもせず謎の人物は大蛇の弟子達に告げる。


謎の人物「治療費が欲しかったらここまで連絡頂戴」


 謎の人物は某暴力団との関係を匂わせる組織名とマークが施された名刺を道場の床に投げ捨てる。

 彼女はとある企業に勤めており、その企業のトップの片腕である。投げた名刺は彼女が持つもう一つの肩書きが印刷されている。

 彼女は家族と雇い主以外に初めて暴力を振るった訳だが後悔はしておらずむしろ達成感に満たされるのであった。


「詩季君に無体を働くような輩は排除しなきゃね~」


 息子のためなら道場破りとして犯人に重傷を負わせるくらいなんとも思わない女、それが暦節子というフィジカルモンスターである。




おまけ2


詩季「うわぁ……可愛いねぇ」

冬美「こっちがメッティ、こっちがミッティ」

詩季「あはは、紋女さんと冬ちゃんなんだ?」

冬美「じゃすとなう、命名」

詩季「今か。今なのか」

冬美「どっちもレベル78でメッティはスキル:古代竜召喚、ミッティはスキル:ファイナルストライクが使える」

詩季「強ッ!? え、強いのそれは!? 基準が解らないよ!?」

冬美「ラストダンジョン一匹で制覇可能な程。まさに秘められた野生」

詩季「秘めたままにしとこう」

冬美「ゲームバランスが崩れるからクリア後がお勧め」

詩季「冬ちゃんてかなりゲーム脳だよね」

冬美「褒められると照れる」

詩季(いや本当に面白いわ、この子)



おまけ3


詩季「さて、改めて冬ちゃんお疲れさま! 今日のお昼は三人でお弁当だよ! 冬ちゃん好きそうなの作ったから!」

冬美「さんきゅーめるしーだんけ」

節子「折角の詩季君お手製のお弁当だから車じゃなく海浜公園で食べましょ」

冬美「賛成」


 到着すると原っぱにレジャーシートを敷いてお弁当や飲み物を広げた。


詩季「ちょっと豪快にフランスパンサンドイッチ! 一人一本!」

節子「は、半分で良いかなぁ」

詩季「うん、我ながら作り過ぎた! 僕も半分で良いや」

冬美「だいじょぶ」


 結果、節子と詩季が残した分も含めてフランスパン二本分のサンドイッチを見事にお腹に納めた冬美。


詩季「冬ちゃんだいじょぶ?」

冬美「よう…………きゅう、けい」

詩季「あらら。ほらほら、ちょっと休みな」


 冬美を後ろから、胸のあたりに頭が来るよう抱える詩季。


節子「あら、良いわねぇそれ」

冬美「…………びょうにんの、とっけん」

節子「食べ過ぎで病人は無いわぁ」

詩季「あはは」

節子「詩季君、その体勢辛いでしょ?」

詩季「え? だいじょぶだよ?」

節子「ほらほら、遠慮なく寄っかかって」


 詩季の背後に回り詩季が冬にしているように詩季の頭を胸に受け止める節子。


詩季「ふわぁ…………おっ、いや、あったか……い、ねぇ」

節子「そうねぇ。私って幸せ者だわぁ」


 流石に幸せそうな母親に向かって「おっぱいデカッッッおっぱい柔らかッッッ」とは言えない詩季。

 前に抱えた冬美の愛らしさと若々しい弾力の有る柔らかさ、背中に感じる節子の程良い柔らかさ。

 例えるなら冬美が程良い弾力モチモチ米粉パン、節子は柔らかく全身を包みこんでくれるようなふんわり山型ホテルブレッド。

 詩季の脳はとろけるチーズでまさにそれは夢の親子サンド。


冬美「ぐひぃ……はれつ……する、かも」

節子「冬美……もうちょっと自重しなさいね?」

冬美「そだち……ざか……り」

節子「食べるにしても一度に無理して食べちゃ駄目って言ってるのよ。まったくもう」


 幸せな一時を過ごす親子三人であった。


 流石にあからさま過ぎたので没にしたネタ


 昼食後、団子状で休憩中の三人。


冬美(ん? 何か背中に当たって……堅い? お兄ちゃんのスマホ? 違うな、棒状の何か?)

詩季(やばいよやばいよやばいよやばいよッ冬ちゃんの無防備ロリボディとお母さんの巨大マシュマロおっぱいのワンツーパンチはやばいよやばいよやばいよやばいよ色即是空色即是空はんにゃーほーらーげーちゅーのーにゃーーーーーーー)

冬美「お兄ちゃん、これ何? って、あ」

詩季「ひは!? 冬ちゃん!?」

冬美「ご、ごめん」

節子「どうかしたの?」

詩季「だ、大丈夫。冬ちゃん、は、はなしてはなしてッ」

冬美「あ、はいすみません」

節子「え、敬語? 二人ともどうしたの? 大丈夫? 具合悪いの?」

詩季「だ、大丈夫! 凄く元気!」

冬美「凄く元気、同意」

詩季「しなくて良いよ!?」

節子「はぁ?????」



作者(こりゃアカン奴や)


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