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カラオケ あべこべ

 オーバーパーフェクト、暦春姫にも数少ないが不得手とすることがある。


 一つは本人に自覚が無いが料理。彼女は取り敢えず「火を通せば大抵食える」を本能で実行してしまう。スイカを炒めた事もあり秋子が問いただすと「酢豚にパイン入れたりするじゃないか」と悪びれもせず答えエキセントリックな秋子をして目眩を起こさせたものである。


 もう一つはカラオケ。彼女は音痴であった。それは友人を絶句させ家族からも春姫のために事実を突きつけられる程に酷いものであった。


 ただ、春姫が家族からそうツッコみを食らっていた場面を見た詩季は我慢ならなかったので、有る意味で他の家族に対する当てつけと春姫の苦手克服をすべく、この日は近所のカラオケボックスも有るアミューズメントパークで春姫と二人で特訓となったのである。

 春姫からすると二人でお出かけ、カラオケデートなので嬉しさと若干の緊張でこの日を迎えていた。


 受付での「くっこんな可愛い子と一緒にカラオケとか……この女、爆発しろ!」と聞こえてきそうな店員の視線に春姫は優越感を感じつつ、詩季と手を繋いで部屋に入った瞬間それは始まった。


「さ。歌おうぜ!」

「ぜ!?」


 カラオケルームに入った瞬間に詩季がはっちゃけ春姫を驚かせたのである。


「春姫!」

「えぇ?」


 あまつさえ己の名を呼び捨てにする弟に狼狽を隠せない。料金が安い三畳程度のカップルルームに居たこともあり後ずさることも出来ない。もちろん弟に対してそのような態度は取らないが心理的に追い込まれ余裕が出てこない。


「カラオケじゃ違う自分になるのが作法!」

「な、なるほど」


 詩季の言うことももっともだと思い至る。


「ま、程々で良いんだけど、ノリが命だと僕の少ないカラオケ人生で証明されておるのですよ。だから今日は二人は姉弟じゃなくお互いに気兼ねなく歌おう!」

「お、おおっ」


 詩季が一生懸命自分を盛り上げようとしているのを理解する。詩季はなんだかんだで春姫が自分と共に居れば無意識に保護者の一人として、姉としての意識が強まっているのを感じていた。それは有り難いのだが、せめてこんな時くらいは頼ってほしく、せっかくなので楽しんで欲しいと思っていた。


「春ちゃんはどんな曲歌いたいの?」

「は、はるちゃん?」

「あはは、なんか呼び捨てするの僕が落ち着かなかったからさ」

「そ、そうか。あー、そうだな、この辺りとか良く聞くかな」


 春姫はコンパネではなく最近では絶滅寸前の辞書のような曲目リストの内を指す。


「なるほど。一回歌ってみよっか」

「う、うん。その、本当に下手だからな?」


 弟に失望されたくない春姫。そもそもこれまで何でもそつなくこなしてきてしまっていた春姫は冬美以上に失敗と無縁であった。今から歌うということは詩季に無様な姿を見せることが確定であるとおよび腰になってしまう。


「いや、だから今日来たんでしょ? それに僕だってそんな上手くないからへーきへーき」


 そして春姫はとあるビジュアル系バンドのアップテンポな曲を歌う。不安げに度々詩季に視線を送る春姫に詩季は笑顔で頷きながら手拍子する。


「なるほど」


 詩季は理解した。下手だ。あまりに下手だ。音程が壊滅的なことに加え曲のチョイスが高音が出しにくいハスキーボイスな春姫には最早苦行そのものである。


「む、む」


 曲が終わり静まりかえる部屋の中で春姫は気まずげにマイクを置く。

 採点機能付きだったため春姫は六十一点をゲットしたのには苦虫を噛んだような表情となる。


「春ちゃん、自分が歌いたい曲を歌うってのは大事だけど安心して歌えないと楽しくないっしょ?」

「あ、ああそうだな」


 詩季の言葉に納得する春姫。つまりは曲のチョイスからだと理解したのである。


「春ちゃんの声だと、この辺りの方が良いかも。この曲知ってる?」


 詩季が選んだのは大分古いが定番の曲。過ぎゆく夏休みをかぜあざみ的に表現されたもの。


「ああ。だが、歌ったこともなければCDも持ってないが」

「取り敢えず雰囲気で歌ってみて」


 詩季はコントローラーで曲のテンポを微妙に下げる。


「ああ、さっきより歌いやすいな」


 そして春姫自身が思っていたよりも無難に歌い終える。点数は七十二点。詩季からすると普通に普通、ちょっと下手、歌い慣れてないね、くらいの感想であり先ほどよりかなりマシだった。


「うん、高音出そうと無理して声裏がえったりその後に音程戻せなくなったりが春ちゃんの弱点だね」

「詩季は凄いな」


 詩季の分析に春姫は感嘆の声を上げた。詩季でなくてもなんということのない分析なのだが本人には解りにくい事であり春姫に意見するなど姉妹でもなかなかしようと思えないだけだったのだが本人にしてみれば目から鱗であった。


「まぁただノリが良い曲とも言えないからもう一回歌ったら違うの行こうか。その間探しとくから」

「解った」


 先ほどの曲をもう一度歌い、八十二点が画面に表示された。


「おお……実は七十点台も初めてだったんだが、まさかここまで行くとは」

「もっかい歌ってみる?」

「ああっ」


 三度目。上手いこと歌えることに気分が高揚し点数を気にせず春姫は歌った。


「おお!」

「あ、八十八点、凄い凄い。上手かったよ」


 弟からの拍手に照れてしまう。弟の前だからと気負った気持ちはすっかり消えていた。単純に楽しかった。


「じゃ、次はこれ行ってみよう!」

「え」

「持ち歌一つってのも無理が有るし、多少オオ!? って思わせるの有った方が良いでしょ? 始め僕歌うよ。洋楽だと多少誤魔化し利くし」


 詩季が次に送信した曲はBEATLEZ。LET IT BEEE。無難に歌い上げた。BEATLEZはかなり前に解散した伝説的バンドである。洋楽と言えばBEATLEZと言っても過言ではない。


 春姫は弟が女性ボーカルの曲を歌い上げる姿に感動していた。「金取れるな、これは」と独り言を漏らすほどに。別段詩季の歌が上手いわけではないが姉補正と詩季の美貌がそれを成していた。


「じゃ、次、春ちゃん」


 何とか歌おうとするがどうも英語の発音が上手いことが逆に足かせになっているらしく思うように歌えない春姫。


「日本語だと意識せず出来るんだろうけど洋楽って発音せずに飛ばさないと不自然な部分有るからね、ingをインでグを発音しないとか。これは覚えるか自分流でやるしかないよ。それっぽく自信満々に歌えば普段洋楽歌わない人はそんなもんだと思うから勢いも大事」


 詩季のレクチャーに困惑している春姫を見て、


「一緒に歌ってみよっか」

「良いのか?」

「もちろん」


 今度は共に歌う。曲のテンポも落とし二人で声を重ねた。

 二人で顔を見合わせながら、ゆっくり歌う。音程が狂うと急に萎縮する春姫に詩季は手を握ってテンポに合わせて振り出す。

 弟から手を握ってきたことに驚きと喜び、そして照れ臭さを感じるが、なんとも楽しい時間なのだろうかと春姫の顔に笑顔が浮かび上がる。


「春ちゃん、僕思うんだけどさ」

「ん?」


 その後二人で何曲か、そして何回か歌い休憩をとりながらジュースを飲む。


「こうやって練習するのも大事なのかもしれないけど、やっぱり一番は楽しまないとだね」

「ああ……同意だ。私もカラオケ自体は好きだったが、どうも私が歌った後の気まずい空気が苦手で避けていた部分も有る。周りも察して気を使わせていた感じがする」

「つきあいも有るだろうから無難に乗り切るのも大事だし、乗り切れるって解ってれば楽しめると思うよ」

「なんだか今日は詩季の方が年上みたいだな」


 前世も含めれば三十越えてるからなぁと詩季は思いつつ、普段から世話になりっぱなしの春姫の役に立てたと実感して嬉しくなる。


「じゃ、今日は僕がお兄ちゃんってことで」

「はは、お兄ちゃんか。長女だから兄や姉が居たら、と思ったことが無いわけではないからちょっと嬉しいな」


 何の気負いもなく笑顔となる春姫。割とレアな表情で詩季のテンションが更にあがる。


「じゃ、お兄ちゃんとデュエットしよ! お兄ちゃんと! このお兄ちゃんと!」

「はは、解ったよ。お兄ちゃん」


詩季と春姫の姉弟あべこべプレイの始まりであった。



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