カラオケ スルー四割
詩季は、端的に言えば特徴が無い顔立ちである。それは際だって目を引く部位が無いが、不細工な部分も無いという平均を集めたらこうなるであろう容姿。それでは他の男子に埋もれてしまうと思われるが、実際には「各パーツの相性とバランスが良く整い過ぎて幻想的」である。ただそれも以前は「黙っていれば」と注釈が付いていた。黙っていれば美人、だが口を開くと性格が悪すぎて女子からは良く言えば高嶺の花、悪くいえば高飛車に見え、同性からは嫌われる性質であった。
「詩季君って、本当に凄いよね」
「ああ……何あれ、美人で性格良くて頭良いとかって完璧じゃないか」
熊田と川原木が詩季に聞こえないよう会話する。
「猫被ってる可能性は……うーん」
「無いだろ。あれは天然だ」
今朝、定期のパスケースに家族の写真を入れているのを見つけたとある女子生徒が話のネタ見つけたとここぞとばかりに詩季に話しかけた。
「あ、この人たち暦君の家族?」
「あ、うん。そうだよ」
まだ距離を計りかねていた両者。詩季は元々女性とお近づきになるのは苦手で学生時代など男としかまともに話をしたことがない。女子生徒はクラスの中心人物の一人と言えたが美少年相手に一人で声を掛けるほど自信も度胸もないので仲の良い友人二人を引き連れ「側を通ったらたまたま目に入っただけ!」という風を装い意を決して話しかけたのである。
「へぇ。会長達も居る。これ最近?」
「うん。僕ちょっと怪我で入院したから、退院した日に撮ったんだ」
その写真は、詩季が退院した日の写真である。戸惑いつつ、笑みを浮かべたのを覚えている。その日から詩季は家族と暮らすことになるのだが、今よりもぎこちなく、だが嬉しかったのを覚えている。
「そうなんだぁ。仲良いんだねぇ」
「この子、妹さんだよね? 可愛いねぇ」
その女子生徒からすると社交辞令半分本音半分である。冬美は美少女なのは事実だが、写真で全てが伝わるほどにははっきりとした美貌ではない。そこは詩季と通じるものがあった。整ってはいるが写真単体だと微妙に花が無い。
「でしょ!? 冬美ちゃんって言うんだけど、可愛いでしょ!?」
目を輝かせて自慢を始めた。
「あのね、ゲームが好きでカレーが好きで物静かなんだけど、すっごい可愛いんだよっ」
その満面の笑みにクラス全員が見惚れ心の中でつっこんだ。
可愛いのはお前だ、と。教室が詩季の言葉のみ響き渡る。
「詩季君ってシスコンなんだねぇ」
熊田が事態の収拾に取りかかった。既にクラスのアイドル状態の詩季ではあるがこの状態で冷静になってしまうときっと詩季は萎縮するだろうと予想したのである。
「えええ? 何言ってるの!?」
「詩季君こそ何言ってるの?」
詩季の反応を楽しそうに見ながらも自覚が無かったのかと驚愕する。
「シスコンじゃないよっ?」
「そうなの?」
何故か慌てた詩季に熊田は苦笑いを浮かべる。
「でも、こんだけ可愛い妹さん居れば気持ち解るわぁ。俺っちの妹、マジ生意気だから羨ましい。言うこと全く聞かなくてよぉ。素直そうな子だよなあ」
どうやらシスコン認定は過剰反応が出ると察した川原木は己の身の上話を交えつつ話題に入った。
「あ……えーと、生意気って感じはないんだけどちょっと繊細だから気難しい、かな? 良い子なんだけど近づかないと関われないっていうか」
少し落ち着いた詩季は妹の性格を説明した。
「詩季君、お姉さん達に可愛がられてるから下の子にも優しいんだろうねぇ」
茶化すではなく女子生徒が詩季に笑顔を向けた。その女子生徒には年の離れた兄が居て、その兄は世間一般では珍しい程にシスコンで昔から可愛がっていただけにシスコンの詩季に対して実の兄を重ねたのである。自分に弟か妹が居たらきっと構い倒すだろうと常々考えていた。
「あ、いや、うんえっと仲良いんだ、ウチ」
そして、自分に集まった生温かい視線にやっと気付いた詩季は慌てて言い繕う。
しかし妹を誉められた詩季を今後クラスメイトは「シキ」+「シスコン」=「シキコン」と呼ぶようになる。それはネガティブな意味ではなく、微笑ましい・萌えポイントとしての渾名となるのだが当然詩季がそのことを現時点で予測することはなかった。
約束通り、熊田と川原木という男子クラスメートと繁華街に遊びに出た詩季は呟いた。 カラオケは苦手である、と。
そして、持ち歌もこの世界に存在するのかしないのかと不安になりながら入ってみると「じゃ、一曲目は俺ね! KGB48!」「二曲目入れちゃうよー。えーと、モーニング息子」などと始まりほぼほぼ知っている曲が流れだした。
「なるほど。歌関連は男女逆になってるのか」
詩季はそう理解し、コントローラーで操作し曲を入れた。
「お、おおお?」
「なかなか良いセンスだね」
男性が女性の曲を歌うのは前世で言えば悪くないことではあるが若干変に思われても仕方ないことである。が、この世界においては男性が女性の曲を歌うことは特別変でもない。
例えば詩季の前世で某男性アイドルグループの曲を女性が歌うのは異様な光景ではないが、女性アイドルグループの曲を男性がネタではなくガチで歌うのはなんかアレ、みたいな感覚だ。この世界で詩季が女性歌手(詩季の記憶では男性歌手の歌)の歌を歌うのは珍しいが変という程ではないのである。
「おー、なんか良いな! 女に媚びてないその姿勢が格好良い気がする!」
「そういうの好きなの?」
「あー。そうだね。男の人の歌うのは苦手かも」
なんともチグハグな男だ、と川原木と熊田は首を傾げる。
「あっと、お姉ちゃん達の影響かな」
「あーなるほどね」
慌てて取り繕ったが二人はすんなり納得。
「夏紀先輩は学園祭でバンドのボーカルやるらしいぞ」
「へぇ、それは知らなかったよ」
夏紀は学校では特にアクティブな存在らしい。
「格好良いだろうなぁ。学園でトップクラスにもてる人だし」
「僕は断然秋子先輩派」
「自分の姉たちだと思うとどうも居心地悪い話題かも。今度うちに遊び来る?」
「良いのか!?」
「是非!」
「う、うん。前もって言っておかないと冬ちゃん怯えるだろうから急には無理だけど」
詩季は露骨な友人達のアピールに苦笑。
「妹命?」
「妹ラブ?」
からかうようにニタニタする二人。
「……お兄ちゃんだからね」
そして苦笑で返すほどには自分の妹に対する想いが過剰に映ることは理解した。まぁそれでもいいか、と思えるほどには肩の力が抜けたのである。そして冬美が可愛くて仕方ないのも事実であった。
「いくらなんでも手抜き過ぎじゃね?」
「夏紀、そう言うのならお前が作れ」
「いつも作ってくれてる人に文句は言えないけど、どうしたのさ」
長男詩季と母節子を除く四人で夕飯を囲んでいたのだが、メニューは白米にお味噌汁に目玉焼き。
「朝ご飯みたい」
賢明にもその言葉を味噌汁と共に飲み込む冬美。味噌汁に卵が入っていれば喜んで猫まんまにするのだが目玉焼きだと微妙だ。だが目玉焼きの黄身が半熟なのでご飯の上に乗っけて食べるという「目玉焼き丼」にする。そして詩季推薦昆布醤油の洗礼を受けた。美味い。半熟の黄身を二段ジャンプの如く高みに上昇させることに驚きを覚え、思わず目玉焼き丼をかき込んだ。やるじゃない、そう心の中で呟く。
「詩季が外食だからな」
カラオケに行きそこで飲食すると前もって言われていたためどうにも力が入らないというかやる気にならなかったのである。
「しかし高校生と言えどこんな時間に遊び歩くのは問題じゃないか?」
「男の子だしね。ちょっと心配さ」
性犯罪者が女性に大きく偏るこの世界ならではの心配である。
「お前等が紹介した男友達だから大丈夫だ、と押し切られたんだが?」
ギロリと二人を睨む長女。
「川原木は真面目な奴だから」
「熊田は一風変わっているが俗っぽくはないさ」
相変わらずの二人の返答にため息をついた。
「定時連絡は入れてくるし前より大分安心だけどね」
詩季に持たされているのはスマートフォンだが退院後、春姫の手によって様々な監視ツールを入れられていた。それは詩季には内緒であり、GPSで位置確認は勿論のこと、様々なSNSやメールサービスといったものを全て網羅している。そこまでするか、とその事実を知らされた時には夏紀と秋子は引いたが「事故前に使っていた携帯では友人とのやり取りは殆どなく、怪しいやり取りがあった」と言われ納得した。詩季が事故前の過去に何をしていたか今では解らないが、そのままの携帯を持たせるのは論外であり、友人も居なかったようであれば問題も起こらないだろう、と新しい携帯を与え監視することになったのである。
「前は何か送っても無視か『死ね』って返信だけだったからなぁ」
夏紀は数ヶ月前までの詩季を思い出し苦笑する。夏紀は腹も立てていたのは事実だが姉妹の中で一番詩季の事を長期的な視点で見守っていた。春姫が弟の事を思って厳しくしていたのもちゃんと理解していたし、秋子がその緩衝材となるべく道化に徹していたのも理解していた。自分はその間を取り持ちバランスを取る事に注意していた。長姉のことも三女の事も理解していたのである。
今ではちゃんとしたやり取りになっているのだから歓迎すべき変化だった。
「あれはあれでツンデレと脳内変換すると幸せになるのさ」
変態が居た。道化に徹していたと思っていた妹が実は単なる変態だと判明した次女は何だか切なくなりつつも、そうだよなぁこいつはこんなもんだよなぁ、と理解した。
「お前って本当に強いよな。デレなんて無かっただろうが」
冬美は秋子を汚物を見るような目で見た。変態を見る目だが秋子はドヤ顔である。
「さて、ちょっと出かけてくる。片づけ頼む。足らなければカップ麺でも食べててくれ」
食事を終えたところに丁度メールの着信があった春姫は内容を確認した後返信した。詩季からのメールであと延長はこれで終わりであと三十分程でカラオケも終わると連絡が入ったのである。
帰りは二人乗りで帰ろう、と密かにウキウキしながら自転車に跨がった。
「合法的に弟と密着出来る。ふっどうやら私は天才だったようだ!」
才媛と評判ではある。が、姉馬鹿である。ママチャリに跨がり弟が待っているカラオケ店に向かう。
「そこの自転車止まりなさい!」
「ふぇ!?」
ママチャリで時速五十キロを記録した。自転車も速度制限が有ることを知らない人は多い。警察に捕まったが教育的指導だけで済んだ。早く免許を取ろうと心の中で誓う春姫。
「春姉さん、二人乗りは犯罪だよ?」
カラオケ店のエントランスで一人座って待っていた詩季は苦笑いを浮かべつつ姉を窘める。
「私が引いて歩くから、詩季は荷台に乗りなさい」
「え、何かとっても酷い男っぽいんだけど。三十分位だし、二人で歩いて帰ろうよ」
「解った。友達とのカラオケ、楽しかったか?」
「うんっ歌はちょっと苦手だけど、楽しかった。あ、でもご飯の用意任せちゃってごめんね?」
「構わんよ。ただ手を抜いたら夏紀と秋子に文句言われたから帰りにコンビニで菓子でも買っていきたい。付き合って選んでくれないか。あいつら詩季のチョイスなら文句言わないから」
別に食事の支度が全て長女である春姫の義務という訳ではないのだからそこまでする必要はないと詩季は感じているのだが、姉という立場にこだわりのある春姫らしいと思わず笑みを浮かべてしまう。詩季はそんな姉らしくあろうとする春姫が好きだった。
「良いよ。休み時間にクラスの子に美味しいお菓子教えて貰ったからそれ探そ。ところで夕飯は何作ったの?」
「ご飯味噌汁目玉焼きだな」
「朝ご飯みたい。炒飯でも作れば良かったんじゃない?」
「玉葱が無かった。そういえば冬美がそんな顔してたな」
「あはは、冬ちゃん結構顔に出るよねぇ」
「本人はクールな知的キャラのつもりだぞ」
「あぁ、でも同い年とかならそう思わせられるかも」
「そういう奴は一歩間違えるとギャグキャラなんだが解ってるのかどうか」
「ウチだと秋姉さんがその辺り狙ってやってそうだよね」
「秋子は無駄に捻ってボケるから夏紀か私みたいなツッコミ役居ないと浮いて仕方ないぞ」
「夏姉さんはボケもツッコミも出来るバランス派だと思う」
「私は?」
「ボケツッコミ三割ずつのスルー四割?」
「慧眼だ。あいつらに全部付き合ってたら神経が保たない」
「あはは」
自転車で来なければ良かった、と警察に捕まった時は思ったが詩季と二人きりでいつもより長く会話が出来て幸せを感じる春姫であった。




