季節話 母の日
母の日。
それは五月の第二日曜日における、息子の居る母親にとっては審判の日である。勿論暦家においては詩季が居るため節子は何の不安も不満も抱いていないので節子はある意味勝ち組と言える。
「詩季」
母の日の前々日の朝、春姫が詩季に一万円札を渡した。
「おつかい?」
「明後日は母の日だから詩季からも用意して欲しい」
詩季は秋子からはいつも子供達連名で用意していると聞いていたので今日にでも聞こうと思っていた。
「あ、僕が買ってくれば良いの?」
「ああ。だが今回はそれぞれにお金渡すから個別に用意するように。余ったらお小遣いにして良いから」
家計を預かる春姫は他三人にも渡すと言う。
「ちなみに何で今回は別々に?」
「連名よりもそれぞれであげた方が母は喜ぶだろうと思ってな。ちなみに私は母愛用ブランドのペンにするつもりだ。文房具なら邪魔にはならないだろうしな」
詩季は春姫の言葉に納得し、翌日の土曜日に冬美と買い物に行く事にするのであった。
「お待たせ」
道場での稽古の後、着替えを終えた冬美は見学席という名の最早専用となりつつある椅子に座っていた詩季に声を掛けた。
「お疲れ様~」
「ん。ししまいに悪戯されなかった?」
詩季の隣に座って雑談をしていた友田知恵子に冷たい視線を送るブラコンな妹。ちなみに『ししまい』とは『師匠(友田千代師範代)の妹』の略である。
「ちょい冬っち、人聞きの悪い」
「悪い虫はKILLが家訓」
姉弟子の智恵子にナチュラルに毒を吐く妹に苦笑いを浮かべるが智恵子と妹が同門の先輩後輩ということで仲がそれなりに良いことを理解しているため兄は窘めるようなことはしない。
「物騒な」
「……似てる。合格」
智恵子の詩季の口真似に冬美はサムズアップする。何の合否なのかとは誰もつっこまない。
「で、二人とも母の日のプレゼントって何にするの? やっぱりカーネーション?」
智恵子の質問に二人は顔を見合わせる。
そもそも何故冬美と一緒にとなったのかというと夏紀と秋子はもう既に手配していたからである。
夏紀は友人の家が花屋を営んでいるのでそちらから配達されることとなっている。夏紀は一瞬詩季と選ぼうとも思ったのだが昨年までは夏紀が友人に頼む流れで注文していたため友人に気を使った。いきなり「今年から要らない」と言って突然切るよりは、サイズを少し落として頼むことを選んだのである。人の気持ちに思慮深い夏紀らしさであった。
一方で秋子は詩季と一緒に買い物に行く、というアイデアが浮かばなかったため金曜の夜の段階で大手通販サイトアアゾンに注文し土曜日に手に入る予定であった。「ああ……これを口実にデートすると何故私は思い浮かばなかったのか……下手打ったさ」と密かに己を責めるという残念な女が秋子である。
「ちょっと迷っててね。相談しながら考えようかって冬ちゃんと話てたの。花は夏紀お姉ちゃんが渡すみたいだからねぇ」
顎に指を当て思案顔の詩季。
「他のお姉さん達は?」
「春姉は文房具、秋姉はマッサージ機」
冬美も何が良いのか、と悩む。カーネーションは無いと何となく寂しいと思うものの夏紀が用意するのだから敢えて被るものを用意するのも芸がない。
「ふーん」
「友田さんはどうするの?」
「うちは姉と一緒にいつも花だねぇ」
「まあ一番間違いないんだよね」
「あ、そうだ。ハリーのお店行ってみたら?」
「針生さんの?」
「そそ。雑貨屋でね、小さい物から大きな物、安いのから高いのまでプレゼントに使えそうなの色々あると思うよ。近くだし」
クラスメートの家だしそれも良いか、と詩季は頷く。
「冬ちゃんも良い?」
「友達?」
「そそ。クラスメートの針生さんって人が居てね。ホワイトデーでも手伝ってくれてたんだけど一杯居たから流石に覚えてないか」
「ん。問題ない」
そして道場を後にし二人が訪れたのは針生の家の店。
『雑貨 ニードルバース』
「針に生まれるでニードルバース? ……ネーミングセンスが光るねぇ」
「うちならフォーシーズンズ」
「あはは、なるほど」
「王子、いらっしゃい」
二人で店の前で話をしているとクラスメートの針生が店のドアを開け外に出てきた。
「あ、針生さん居たんだ。お店番?」
「そう。今、親と交代したところ。さっきまで寝てたら智恵子がメールくれたんだ。今から王子の行幸があるよって」
「行幸って、天皇陛下じゃないんだから」
「まぁ王子ではあるから間違いじゃないよ」
「いやいやいや」
即座に種明かしをする針生に詩季は「ゆっくりしてたとこ悪かったなぁ」と思いつつ、せっかくだからプレゼントで気に入った物が見つからなくても何かは買って帰ろうと決める。
「まぁメール来て慌てて風呂入って着替えたんだよ」
「気にしなくていいのに。あれ、それお店の制服?」
「え? 違うよ。自前」
「似合ってるね、可愛い」
針生は背が高く線が細いモデル体型である。ロングのストレートヘアに狐顔で眼鏡を掛けている。真面目な優等生タイプに見えるが、学業の成績優秀で学年十位の詩季に並ぶものの友田に対するツッコミや独特のジョークが油断ならない雰囲気を醸す原因となっている。
男子からの友田グループメンバーそれぞれの評判は「友田は明るくてバカなバカ、肉山は面白いデブ、伊達は派手な地味子、針生は皮肉屋」で針生自身はあまり人気がない。
ただ詩季から見ると針生は黙っていると文学少女な雰囲気が有り、たまに笑うと糸目となって狐のようで愛らしい少女であった。さらにたまに飛ばす皮肉やジョークも実は詩季の好みであった。
何より長身でスレンダー、悪く言うと貧乳なのもそれはそれで詩季の広く数多有るフェチに引っかかっており妄想が捗る子でもあった。
「あ……りがと。ふふ、一張羅着てきた甲斐があった」
そう言って照れる針生は黒いシックなワンピースの胸元には銀細工の小さな十字架がついたネックレスをしている。
己の魅力がスレンダーさに有ることを熟知しているのか胸の無さを隠そうとしないその姿勢が彼女の少女らしさから大人の女性に移り変わる今時期だけの魅力を引き立てていた。
「おお。じゃあレアな姿で僕はラッキーだね」
「王子は口が上手いからなぁ。お友達価格でも半額とかは無理だからね」
「あはは、本当なんだけどな。まぁせっかくだから会計までにお世辞考えとくよ。安くなったら儲けもの、なんて」
「智恵子ほど単純じゃないけどまぁ楽しみにしとくよ」
針生はシニカルな笑みを浮かべ、冬美とも挨拶を交わしてから店内に招き入れた。
「アンティークで格好良いお店だね」
「お、流石王子。古いのを上手く表現したね」
「いやいや、本当に雰囲気有って素敵だよ」
「ありがと。私の親で五代目でね、元々は質屋なんだけど母がそれだけじゃ厳しいって言って私が小学生の頃に改装したんだ。カウンターのとこ喫茶スペースになってるの。時間有るならコーヒーでもどう? 御馳走するから」
「え、良いの?」
二十坪程度の店内。壁側一面にショーケースが並び、そこにはバッグや財布などが展示されておりカウンター脇のケースには貴金属類が鎮座し、価格帯で分けられているのであろうことが見て取れた。店内中央には出口から横並びで上からのぞき込めるようにガラスケースやワゴンが置かれている。
「うん、友達に出す位は商売抜きだよ。明日から南部王子絶賛という表記がメニューの説明書きに追記されるけど」
「あはは、またまた~」
「いや本気本気」
「ええ?」
「なんてね。自家焙煎の豆も売ってて試飲でよくお客さんにサービスしてるから気にしないで。妹さんはミルクかジュースのほうが良いかな?」
「……コーヒー、ブラックで」
子供扱いされたような気がして冬美は微妙な背伸びをする。
「そう言えばうちは春お姉ちゃん以外コーヒー飲まないし姉はブラック派」
「家族の影響有るからね。私はブラックよりカフェオレ派だけど母からは邪道だって言われるよ。美味しければなんだって良いと思うけどコダワリも大事なんだろうよ。さて、濃いめ薄めなどなど何かご希望御座いますか御客様」
「ワイルドかつウェットに。砂糖とミルクは不要」
「ぶはっはははっ面白い流石王子の妹!」
「但しハードボイルドを添えて」
「く、くはっはは、もう、笑わせ、ないでっ」
見た目美少女だが見るからに小学生が決め顔で呟く台詞に針生は腹を抱える。悶絶する針生に冬美は何故かドヤ顔で詩季を見返した。
息も絶え絶えな針生を見ながら詩季が楽しげに言う。
「あはは。冬ちゃんって結構芸人気質だよねぇ」
「う」
母や春の完璧超人っぷりと夏と秋のボケ体質を引き継いでしまっている末妹は己の言動を振り返って後悔した。己が目指すのはもっと知的でクールなキャラな筈だと頭を抱える。
「面白くて好きだなぁ、冬ちゃんの冗談」
兄の前ではこのキャラで行こう、そう決めた冬美であった。
結局、詩季が中に小物を入れるスペースの有る黒いグランドピアノを想わせるオルゴールを選んだ。星に願いを、が優しい音色で流れるのを気に入ったのである。存外にロマンティックな男であった。
そして冬美は写真を入れられる真鍮製ペンダントを購入した。
「それ綺麗だねぇ」
「ん。そしてお兄ちゃんの写真を入れれば完成」
「あらま」
「これを装備して仕事すれば業績アップのボーナスガッポガッポでウッハウハ確定、札束のお風呂に入れるようになる」
「何その雑誌の背表紙にあるような付与効果」
「息子ラブなお母さんにとっては最終装備」
「あはは、ならあと冬ちゃんとお姉ちゃん達の写真入れて四つ付けなきゃ」
「肩こり酷くなる呪いが掛かる。さらに複数装備の効果は重複不可」
ゲーム好きらしい妹の主張に詩季は笑いがこみ上げてきた。
節子は子供達それぞれから貰う母の日のプレゼントに感涙し、その効果から翌日以降の破竹の業績アップに繋がったのは疑いようもない事実であった。
おまけ 後日談1
「冬美の言うとおり業績アップしてるわよ」
「暦のネックレス 防御九十九 付与効果:業績アップ、ボーナスガッポガッポ」
「冬美、残念ながらお母さん役員で年棒制だからボーナス無いのよねぇ。勿論今年の成績が来年の給料に影響するけどね」
「お母さんが嬉しいならそれで良い」
「良い子ねぇ……たまに変だけど」
「姉たちに比べれば普通」
「あら意外と毒舌ね、ふふ」
かなり独特だが昔と比べるべくもなく明るい冬美に節子は喜びに身を任せるのであった。
おまけ 後日談2
智恵子「ハリー、一回貸しだね!」
針生「礼は言っておこう。そしてお前の借りが一回減って良かったな」
智恵子「なぬ!?」
針生「いつも宿題見せてるだろうが」
智恵子「くっ」
絵馬「もう、ハリーがそういう事するから智恵子ちゃん成績延びないんだよ」
肉山「エマッチ、智恵子は見せなくても結局勉強しないって」
智恵子「我ながら否定出来ない!」
絵馬「うわぁ」
針生「だから男子にバカって言われるんだぞ」
肉山「馬鹿女って男子によく言われてるもんねぇ」
絵馬「智恵子ちゃん、顔は良いのに勿体ないよ」
智恵子「え、バカ可愛いって!?」
三人『言ってない言ってない』
おまけ 後日談3
節子「あら……マッサージ機?」
春姫「!?」
秋子「部屋に置いてもお洒落でスタイリッシュ、かつ握りやすいフォルムが大人の女性に人気さ」
節子「有り難う~助かるわぁ。万年肩凝りでねぇ」
春姫「お前……あのプレゼント、あれはもしや」
秋子「人肌恋しい大人の女性達に大人気さ」
春姫「……お前、冬美や詩季の前ではもうちょっと注意をだな」
秋子「そういう広告や記事見たこと無い人には解る訳ないさ。夏姉さんも気付いてなかったさ」
春姫「だからってなぁ」
秋子「ちなみに春姉さんの部屋に有るものの新バージョンさ」
春姫「…………っ」
秋子「痛い痛い痛い痛い痛いっ」
春姫「人の部屋、漁るな」
秋子「冤罪さっ本返しに行ったら枕元にあったのを見てしまっただけさっ」
春姫「ちっ」
秋子「ふぃ……ウェットティッシュだけじゃなくアルコールで洗浄すべき痛い痛い痛い痛いっ」
春姫「マウスはアンハッピーの元というぞ。な?」
秋子「わ、解ったさっ」
おまけ 会計時
針生「さて王子。お会計ですがどんなお世辞を言って頂けるので? ふふ」
詩季「ん~お世辞って言っても、針さんのカッコ可愛さをちゃんと表現し切れる言葉が見つからなかったんだよね」
針生「王子……持ってけ泥棒! タダだこの王子様!」
詩季「ええ!?」
冬美「ありがとーございます」
詩季「いやいやいやそれは駄目だよ!」
冬美「余ったらお小遣い、つまりちょっと足せばフルプライスのゲームが二本買える」
詩季「いやいやいや!」
(※最終的には三割引になりました)




