幕間 薄着 シール
この世界の男子の下着はブリーフかボクサーパンツ、もしくはトランクスが主流である。
上着については密着するタイプのタンクトップかキャミソール、または男性用ブラジャーを付けるのが当たり前である。ちなみに川原木はタンクトップ、熊田は男性用ブラかキャミソールを愛用している
「春の字よ」
「なんです、紋の字さん」
土曜日の昼下がり。昼間っからビールを酌み交わす二人。
昼からの飲酒は紋女にとっては自宅でのことなら珍しくもないのだが春姫は珍しい。
少なくとも詩季が知る限りは初めてのことだったが数日前まで試験に向けて遅くまで勉強をしていたのを知っていたのでとやかく言わず、台所で昼食とは別に二人の肴を用意いしていた。自家製ザワークラウトを皿に山盛りに、ちょっとお高い酒粕入りソーセージを茹で添える。
春姫は酒を飲む時にはいつも漬け物などのピクルス類と肉を好む。一方で紋女は酒酒酒酒酒に酒、という詩季が敢えて注意しないとひたすら酒しか口にしない飲兵衛で、そのため詩季は管理しやすいように酒を飲む面子ごとに皿を分け個別に出すようにしていた。本当は大皿で出したほうが楽な上に家族団欒という雰囲気が出て詩季はそちらの方が好むのだが、酒の肴だけは紋女の健康のためそうルール付けしていた。
「詩季君の下着についてなのじゃが」
「百万円」
「買った」
「冗談ですよ?」
春姫が呆れた顔を紋女に向けるが
「どうりで安過ぎると思った」
と当人は悪びれもしない。
「それはともかく、どうも……着ていないのでは無いかと思うのじゃが」
「は?」
「いや、の? ここ最近、たまに胸のポッチが透けてるような、浮き出ているような」
紋女にとっては目の保養、夜のおかずなのだが愛する少年のセクシャルな面を他人にわざわざ見せたくない、という女心から少年の姉に苦言を呈することにしたのである。
春姫としては、詩季の料理している姿、お尻ふりふりを眺めるのが好きな尻フェチなため気付いて居なかったが、台所に立つ詩季をジッと見ると確かにそんな気がしてきた。
「……詩季、ちょっと来なさい」
「ん? 怖い顔してどったの?」
「詩季……下着は着ていないのか?」
「はい? 何言ってんの?」
姉から下着を履いているか否か、を聞かれるとは流石に思わなかった詩季は怪訝そうな顔をする。
「紋女さんが」
「おおい!? そこはこっちのせいにせず家族で対処せんか!」
即座に芋を引く春姫にビシッとツッコミを入れる。
「下着、ちゃんと履いてるよ? ノーパンでジーンズとかってチクチクするんじゃない?」
詩季は家ではジャージかジーンズで過ごしている。今はジーンズを履いていた。
「上は?」
「上?」
冷暖房完備な詩季家。常に空調で二四度に設定されているため着込む必要もない。
詩季は夏ならシャツ、春秋ならロングTシャツ、冬になったらその上にジャージかカーディガンを羽織って過ごす。
「この通りですけど?」
「その、シャツの下は?」
「きゃーえっちーへんたーい」
からかうように笑う詩季に紋女は「可愛いのぅ可愛いのぅ」とニマニマしながら酒を啜る。自分で振った話題だが家族の問題だと最早詩季の観賞をメインに据えた紋女を春姫は苦々しく一瞥する。
「着てないのか?」
「別に寒くないしね。今日ちょっと暖かいくらいじゃない?」
「男の子なんだからちゃんと着なさい」
真面目な顔で注意する春姫に詩季は「ああ」と納得した。
「ブラとか恥ずかしくてあんなの着けたくないしタンクトップは締め付けられて嫌だしキャミソールとかって中でごわごわするから嫌なんだよね。別に良いんじゃない?」
「駄目だろ」
「えー? 良いじゃーん」
そんなことで駄々をこねられても困る、と春姫は眉間に皺を寄せた。自分だけが見る分には歓迎だが他人の劣情を無闇に刺激するのは姉として歓迎できない。
「まさか学校でも?」
「まぁ。でも普段は学校じゃカーディガン着てるよ」
詩季がいつも学校指定のカーディガンを羽織っているのを見ていたので、下着を着ていなくても問題にならなかったのかもしれない、と想い至る。
「暑い日以外」
「詩季……それはダメだ」
「若いのには酷じゃの~カッカッカ」
詩季の前世で言えば、絶世の美少女が薄く透けるシャツの下に何も着ていない状況と同じである。異性がそれに気付けば視線が外せる訳もなく。事実、カーディガンを脱いだ詩季のシャツの中に気付いた女子生徒は動悸が乱れるのを抑えられず、酷い者だとそのまま早退して色々「捗る」結果となっていた。
ちなみに熊田や川原木は「まさか高校生にもなって下着を着けない奴が居るわけない」という先入観から気付いていなかったが女子生徒達は四六時中男子を見ているので気付くのであった。
「ちゃんと着なさい」
「えー」
「襲われるぞ」
「ばっちこい」
「え?」
「え?」
「え? あ、冗談冗談、解ったよ」
ギョッとする春姫と紋女に気づき慌てて了承する。詩季としては余程生理的に無理な容姿相手でなければ是非お相手願いたい所存。
ただ、今は家族との関係や「ヤリチンになった時、気付かれた時に家族や友人達からどう思われるか解らない」という恐怖、そして元々が童貞という奥手さから実行に移せなかった。不可抗力、逆レイプは望むところである。だが実際にはあらゆる面でリスクが大きすぎるので妄想に留まるだけであった。
「詩季君、良ければ我が下着を送ろうか?」
「そんな、悪いよ」
「男の子に下着を送るというのは女にとっては楽しいことぞ?」
「変態婆の言うことは無視しなさい」
「変態に変態と言われるとは心外じゃのう」
「紋女さんは婆じゃないよ」
「変態は否定しないのか」
「あーショックじゃあやっぱり我は変態なんじゃあ」
「あ、いやそうじゃなくて」
「変態じゃから詩季君は我から下着貰ってくれないんじゃ~うぇええんっ」
泣き真似とかこの酔っぱらい面倒臭ぇ、と詩季は苦笑いを浮かべる。
「訳もなく貰えないよ」
「こうやって普段からお邪魔しとるんじゃからそのお礼ってことで一つどうじゃ?」
「手土産いつも貰ってるしそれ僕じゃなくお母さんに対してじゃないの?」
「手土産は当然じゃが酒やツマミどころか詩季君の手料理を頂いておるからなぁ。最近心苦しいのじゃ。じゃから是非プレゼントさせて欲しいのぅ」
そう紋女は上目遣いで詩季に頼む。
春姫は春姫で「まぁ、あまり高価なものでないなら」と己の監視下における貢ぎ物なら許す様子であった。
「わかったよ。じゃ有り難く頂戴しようかな。あんまり高いものは駄目だからね?」
「よし、昼を食べて午後から行こうぞ!」
「突然だねぇ」
「私も行こう。変なもの買い与えられては拙いからな」
急遽決まった外出。
三人は行きつけの洋服店の男性用も扱う姉妹店を訪れた。
「ぬぉ!? 先回りしたのか?」
「ああ、あちらは妹でございます」
行きつけの店の店員がまた現れたと思い驚く紋女に店員が説明した。
双子の兄とのことだ。紋女が行くほどのクラスになると男性向け商品を扱っている場合に限るが男性店員が居る場合もある。
よくよく見なくても顔以外は性別が違うので気付くか紋女からすると誰でも自分より背が大きいので一瞬見間違えたのである。
「そうか。初めから言えばいいものを驚かせおって」
「申し訳ございません」
「まぁ良い。今日は彼に合う服を上から下まで……下着もな。いくらかかっても良いぞ」
「かしこまりました」
詩季の全身が自分で買い与えたもので揃えられると考えると紋女は興奮を覚えた。
「むふぅっ」
「紋の字。鼻息荒いですよ」
「そりゃあのぅ。男に衣服を買い与えるは女の甲斐性であり楽しみじゃて」
「まぁ解らんでもないですが、あまり過激なのは駄目ですよ」
「解っておるよ。それに基本的には店員任せが無難じゃろうて。男の服装なんぞ女が解るもんでもないじゃろ」
「ですね」
詩季の衣類ラインナップが少ないと思っていた春姫はここぞとばかりに詩季に命じる。
「詩季、紋の字が気兼ねなく家に来られるよう沢山買って貰え」
「え、悪いでしょ」
姉の言葉に引く詩季。
「金なら腐るほど持ってるんだから良いんだよ」
「金なら腐るほど持ってるんだから良いんじゃよ」
二人の言葉が重なり春姫はギョッとし、紋女はニヤリと返す。紋女が春姫の言葉に合わせたのは明確であった。「やはり油断ならん」と春姫は再認識する。
「春の字。気遣い感謝じゃ。これで気兼ねなく酒飲みに行けるのぅ」
「これまでも気兼ねしてましたっけ? 詩季、紋の字が根を上げるくらい買え」
「このビルごと買っても余裕じゃぞ?」
「ビルごと買って貰え」
「何言ってんの、二人とも」
詩季は困惑しつつも店員のなすがまま着せ替え人形にされいくつも服を選んでいく。
「あ、これ良いじゃん。うん、これ一箱下さい」
「え? 学生さんですよね? これはパーティーとか下着が使えない服を着るときに使うものですが」
「へー」
そして詩季が店員の困惑を無視して購入した商品もあり、詩季はご満悦で帰宅した。
「ん? プッピエキレバン? 湿布?」
夏紀は脱衣所兼洗面所に落ちていた直径三センチ程のシール状の何かを広い首を傾げていると詩季が通りかかった。
「あ、ごめんごめん」
「詩季のか。なんだそれ?」
「ニプレスシール。捨てる前に外れちゃったみたい。変なの見せてごめんね」
「……」
この世界において、男性の乳首は性的なアピール満載である。そしてそれに張り付いていたシール、最愛の弟の乳首に張り付いていたシールを手に固まる夏紀は決して少数派ではないのである。
その後詩季は「ニプレスしてるから大丈夫。変態に思われない」と開き直るのだが、とある夏の日にあまりの暑さに耐えかねた詩季がシャツの前ボタンを全開にした際に熊田と川原木に押し倒される勢いで全力で隠される一幕が起こる。
そして詩季のニプレスは伝説となるのであった。
おまけ
「す、捨てるなら良いよな……ふ……ふふ」
「ギルティ」
ゴミ箱に手を伸ばそうとした夏紀の背後でいつの間にか立っていた冬美はそう告げると瞬時に袋ごと取り上げ口を縛る。
「捨てておく」
「ちょ」
「お兄ちゃん、知ったらドン引きする」
「う」
「お兄ちゃんじゃなければ一生近寄るなくらい言われるレベル」
「冬、内緒にしてくれっ」
そして冬美はまんまと性に目覚め始める年頃には刺激が強すぎるお宝をゲットするのであったがその後も度々その落とし物は発見され、レア度は低いもののある面では非常に実用性の高い品と姉妹の間では認識されるのであった。




