バスケ 試合後半戦
「あの相手チームの五番、元北高男子バスケ部のエース、秋山透の妹です」
そう解説するのは暦秋子。詩季が応援に行くと言い出した時点で試合中に詩季を一人にする訳にはいかないと付いてきたのである。三人はコートがよく見えるキャットウォークで観戦していた。そこはギャラリーとも呼ばれ二階相当の高さの壁際の細い通路である。
「そういう解説は要らん」
「はい」
若干憎々しげに切り捨てるは千堂俊郎。詩季は詩季で驚いていた。
「お姉ちゃんって普通に話せたんだね?」
「そりゃ、目上の方と話する時くらい普通に話すさ」
「へぇ、スゴいねぇ。僕はてっきりそういう病気なんだと思ってたよ」
「え、詩季君……君は私をどう思っているのさ?」
「面白いお姉ちゃん」
秋子が合流する先ほどまで詩季と俊郎は二人きりであった。
詩季の方は若干の警戒と「出来そうな眼鏡男子オーラ」に気後れし、俊郎は俊郎でこれまで男子の取り巻きはいくらでも居たが自分から仲良くなろうと行動した経験どころか思ったことすら無かったので距離感が難しかった。盛り上がらない会話の最中ずっと内心悶絶していたのである。
そこに秋子が現れ会話を繋げていた。俊郎にとっても詩季にとっても間が持たなかったので助かったのは事実。だが詩季と俊郎の間に秋子が陣取ったのには苛々した。
「始まるぞ。宮子、レギュラーだったのか」
「え、知らずに応援に来たんですか?」
詩季の意外そうな声に決まりの悪そうな顔となる俊郎。妹の報告からも明確だったが前回の大学、そして今日の詩季の様子からも姉妹を大事にする少年なのだと解っている。
そんな詩季からすると自分は印象が悪いのかもしれないと思い至った。
「ああ、あいつとは勉強くらいしか学校関連は話さないな。部活の事はさっぱりだ」
「そうなんですか。あ、でも今日応援に来てますね?」
嘘を言うのも俊郎としては座りが悪いので正直に答える。
「あいつが間違ってスポーツドリンクを家で作ってしまって、歩きで持ってくるには重いから車を出したんだ」
正確にはアッシーちゃんに車を出させた、だ。そして家族想いの詩季の事だからもしかすると練習試合の応援に来るかもしれない、と思ったのだ。妹を出汁に偶然を装っている罪悪感は俊郎の胸に有る。
「仲良いんですね」
「そ……う、かな。まぁ……悪くはない」
返答に迷ったのではなく詩季の笑顔に目を奪われたのである。
「ウチも皆仲良しなんですよ」
妹に優しい兄、というイメージが詩季の警戒レベルを下げたのは明確であった。
「そうだな。君の姉達は君の事が大事で仕方ないようだ。部長が集中仕切れていない」
「え? あらま」
話をしている間に先制点を取られたらしい、と詩季は気付く。今は夏紀がボールを持っていた。
「お姉ちゃん頑張って~~! ファイトー!」
詩季の声が届いたらしく、敵味方関係なく一瞬だけ選手全員の動きが止まった。
「おらおら止まってんじゃねぇぞ! お前等負けたらお仕置きだぞ!」
さらに俊郎に発破を掛けられ一気に試合は動き出す。
そして勢いに任せて一気にゴール前に迫った夏紀からパスを受け取った選手がバックステップでスリーポイントを狙う。
「リバンッ!」
体勢を崩しながらのシュートだったためリングをくぐることなく弾かれる。
そして丁度狙ったように空中で夏紀がボールを浚って相手選手をかい潜りレイアップシュートを決めた。
「ナイッシュー! お姉ちゃんすごーい!」
詩季は素直に応援していた。両校のレギュラー以外も応援や叱咤激励、アドバイスと盛り上がっているので詩季も遠慮なく声を出している。
「詩季君、選手の名前さ」
秋子が詩季に手渡したのは即席のメモで背番号と名前の対応表であった。
「え?」
「なるほど。俺にも見せてくれ」
詩季は首を傾げると俊郎は隣に居た秋子が驚くほどの大声を出す。
「杉田! しっかり抑えて行け! 押されてんじゃねぇか!」
「は、はい!」
「大久保! トロトロしてんじゃねーぞ!」
「う、うすっ!」
「長田! もっと周り見ろ!」
「はい!」
「宮子、もっと出しゃばれ!」
「う、うん!」
「暦!」
「はいっす!」
「弟より試合に集中せんか馬鹿者!」
唖然とする詩季、関心したように顎に手を当て頷く秋子。
「いつもの練習試合より気合いが入ったさ。ほら詩季君も出来るだけ名前呼んで応援してやって。男の子に応援して貰うとか女の夢さね」
「わ、解った。頑張るよ」
詩季も出来るだけ選手の名前をもって応援した。
「あっ!」
「チッ……鈍くさい奴だ」
そんな中、相手のファールとなったがタックルを受けた宮子が倒れる。
「二人の応援が無闇に相手を煽ってしまったみたいさ」
「俺らのせいだってか?」
「いやいや、もてない女共の嫉妬を駆り立ててしまったという事実を語ったまでで。ただ軽率な発言は謝罪致します」
「チッお前も食えねぇ奴だな」
「そ、そんなことよりちょっと様子見に行きましょうよっ」
「あ、ああ。まぁ大したことはないと思うが見に行くか」
三人が下まで降りると既に宮子はコート外に運び出されていた。足首を捻挫した程度ではあるものの安静にしなくてはならない。
「うわぁ……」
「鈍くさい奴め」
「う」
赤く腫れた足首を見て詩季は声をあげ、俊郎は体育座りで足首を氷で冷やしている宮子の頭を軽く叩く。
「千堂さん、貸して」
詩季はそう言って宮子から氷の入った袋を半ば奪い取って正座し宮子の足を己の膝に乗せ冷やし始めた。
「あ、う、ぇ」
「詩季君、それは不味いさ」
「え?」
考え無しの詩季の行動に頭を抱えた秋子。
こんな姿を晒してはわざわざ自分から怪我をしようとする大馬鹿者が出てくるかもしれない。
そこまで積極的でなくとも「ちょっと無理なプレイをして活躍すれば男子の前で格好付く、万が一怪我したって看病して貰える」とアホなことを心のどこかで考えてしまうだろう、と秋子は予測したのである。
「チッ……宮子、病院行くぞ」
「え、あ、そこまでじゃ」
「お前このまま看病されてたらそんな怪我じゃすまないんじゃねぇか?」
そう言われて改めて怨念のような視線に気付き宮子は慌てて頷いた。ただでさえ一年でレギュラーという二年生三年生に僻まれやすい立場だ。
「平穏な日常を送りたければお兄さんの言うとおりにするべきさ」
まだバスケの実力による試合出場だけならば感情面はともかく表面上は周囲も納得せざるを得ない。が、そのバスケの試合での事故で男子に、それも天使や王子と名高い少年に看病されては最早我慢が追いつかないだろうと宮子も感じていたのである。
「では、悪いが先に失礼する」
「はい。千堂さん、お大事にね?」
「あ、有り難う」
去り際、宮子に肩を貸しながら俊郎は詩季に問いかけた。
「詩季君。君はこの間、暦春姫と共に大学の講義に参加していたな?」
「え、あ、はい」
「俺も同じ講義に出ていたんだ」
詩季は一瞬驚いたが曖昧に反応した。
「君は面白い考え方をする」
「面白い、ですか」
この世界で自分の考えが異端だという事も先日の講義でよくよく理解していた。あの手の主張は思ってもしない方が良いのだと思ったのである。
「ああ。いずれじっくり話をしよう。悪いが応援の続きは頼んだぞ」
「あ、はい。頑張って応援します」
外に停められた車に向かう二人の背を眺めながら別段悪い印象もなかった。むしろ春姫の冷静なところと夏紀のちょっと粗雑なところが似ている気がして親近感を覚えていた。
一方で俊郎の方はというと。
「兄さん、私のせいでごめん」
「ふんっ」
妹の捻挫は万が一を考えると病院で検査をした方が良いと判断したのも事実だが、あそこで妹を気遣う姿を見せた方が印象も良いのでは、という計算が働いたのも事実だった。そして一つ収穫も有った。
「宮子、お前、彼を口説き落とせ」
「はい!?」
「治療して貰える位なんだから仲は良いんだろ? お前だって彼が好きだろ」
「う、う」
「協力してやる」
「えぇえ!?」
妹を出汁にして詩季を傍に置こう、そう俊郎は計画するのであった。
「義弟……良い響きだ」
禁断の云々、というフレーズも脳裏を過ぎるが流石にニヤつく口元を必死に押さえるのであった。




