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季節話 バレンタイン

 この世界にもバレンタインは有る。そして同じようにチョコレートをプレゼントするのだが、プレゼントの送り主は一般的に男性で受け取るのは女性となる。勿論友チョコは存在する。


「詩季君、来週のバレンタインだけど友チョコやらない?」

「友チョコ? 誰と誰が?」

「え? 僕らがだけど」

「あー、俺のには期待するなよ?」


 詩季にすれば「はい?」というところだが、男女観が逆転してればそれはそうか、とすぐに納得する。熊田はともかく川原木さえ用意することに当然といった様子なので怪しまれないよう詩季は賛同する。


「良いね。手作り?」

「そこはそれぞれで。買う場合はあんまり高いのは無しにしとこう」

「なら僕は作ったことないから手作り挑戦するよ」

「じゃあ僕もそうしよ」

「俺はお勧め買ってくるわ」


 どうせなら作ってみよう、と思った詩季。帰りに道具を買って帰ることにした。




 そしてバレンタインの前日の休み。朝から暦家ではかつてない緊迫感に包まれていた。


「チョコ作ってるみたいさ」

「匂いで解るっつの」

「誰にだ? お前ら二人とも、学校での監視はどうなってるんだ? どうも成果が上がってないようだな?」

「待っ! 痛ぇ痛ぇ痛ぇっ!」

「ちょちょちょ待つのさっ痛い痛い痛いっ」

「……ぅわ」


 リビングで両手で妹二人をアイアンクローで吊す長姉を見てドン引きする末妹。どんな腕力だ、と妹ながら恐怖を覚えた。

 己の柔道の師であり国体強化選手である友田千代をして「暦先輩に立ち向かうくらいなら熊にでも向かって行った方が生き残れそう」と言わせる猛者であり伝説を持っているらしいことを思い出す。


「春姉、僕たちにかも」


 長姉が自分には暴力を振るうことはあり得ないと信じているしそこに不安は無い。ただ頭の良い冬美は長いものには巻かれろ、という事は理解していた。

 そして最近の兄なら十分考えられるので、姉二人に助け船を出す。


「……それはそうかもしれないが、学校で渡さないとも限らない」

「聞いてみる」

「流石我が妹。健闘を祈る」


 春姫の暴走に冬美は提案し、春姫は許可した。


「降ろしてあげて」

「ふむ。冬美は優しいな」


 段々と動きが静かになる姉二人を見るのが怖くなり、長姉に要請するとやっと降ろした。が逃げられないようにまだ手の力は弛められていないが自重が掛からないだけ楽になった。


「ふ、ふゆ……さん、きゅ」

「だ……ダンケ……さ」


 息も絶え絶えだが基本的に下二人の姉妹に対して春姫は彼女を総書記とした独裁政治であるからして不満が生まれるよりもさらなる弾圧に対する恐怖が先に来る。

 冬美は基本的に春姫に逆らうことは無くむしろ上二人よりも丁寧に扱われ、詩季は今やほぼ治外法権扱いである。


「お兄ちゃん」

「ん? なーに?」

「そのチョコ、どするの?」

「あぁ、学校で友達とチョコ交換することになってさぁ。初チョコ制作だよ」

「友チョコっ」

「わ、ビックリした。どうしたの?」


 リビングに聞こえるよう大きめの声を出す冬美に驚く詩季。リビングの方からホッとするかのような雰囲気を感じ、冬美は使命を果たしたと理解した。また、彼女にプレゼント、とかではない様子なのでその意味でも安堵した。


「冬ちゃんに一番にあげるね~」

「……ん。手伝う」

「大丈夫だよ、ありがと。あとちょちょっとトッピングして冷やすだけだから。クッキー有るし十時だからお茶飲もうか」

「ん」


 冬美は兄から貰えることに喜んだ。普通の男兄弟ならまず姉妹や母親にバレンタインにチョコを渡すなど有り得ないとされる。仮に学校で「兄(弟)からチョコ貰った」と言えば「今日はエイプリルフールじゃないよ?」や「その兄(弟)は想像上の生き物では有りませんか?」や「林先生(ネットで有名な精神科医・超毒舌)に相談しよう」となること請け合いである。


 一旦リビングに戻った冬美はまたアイアンクローで吊されている姉二人を目撃した。


「痛ぇ痛ぇ痛ぇ!」

「ギブギブギブギブッ」

「なにゆえ」

「友チョコは詩季のこの間のクラスメートも含まれるんじゃないのか?」

「ああ、なる。結構量有った」


 詩季は単純に熊田と川原木との友チョコ交換だけで友田達の分は考えて居なかったものの手作り用チョコ材料が多ければ多いほどグラム単価が露骨に下がるため大量に買い込んでしまったのだ。


「ふ、ふゆ、助けっ」

「ヤバイヤバイヤバイヤバイッ」

「……もっかい」


 自分は貰えるのだから割とどうでも良くなってきた冬美だったが自分がもう一度行かないと目の前の惨状が変わらないと理解し溜息をつきながらUターンした。長姉が行けば良いのに、と思わないでもなかったが育ての親とも言える長姉にそのような事は言えない冬美であった。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「誰に配るの?」

「熊田君と川原木君。春姫お姉ちゃんは会ったことあるよ」

「二人だけ?」

「え? ……あー、そうだねぇ、他の人にもあげようかな。クラスの人とか、あ、そうだ。冬ちゃんの道場の師範さんに紋女さんにもあげよっと。沢山作ってるし」

「しくじったっ」

「え?」


 冬美は自分の目の前に地雷を置いて自分で踏み抜いた事に気付く。

 その会話を聞いていたリビングの姉妹達から激しい波動と血の気の引く音が聞こえた気がした。

 しかし「リトル春姫」「母Ver.201」と姉妹に呼ばれている冬美は脳内では七転八倒しながら受け身を取ろうと試みる。


「春姉、いつも僕たちのため、頑張ってるっ」

「ん? そだね? 感謝しなきゃだねぇ」

「お兄ちゃんがアーンしてあげればきっと喜ぶっ」

「あはは、それで喜んで貰えるかな?」

「絶対。お願い」

「了解。じゃ、冬ちゃんにも良い?」

「ん」


 己の処刑は考えにくかったが命拾いしたと感じた冬美は思わず詩季の背中に軽くだが抱きつく。


「……冬ちゃーん」


 詩季は詩季で両手がふさがっていたので肘を使って冬美の頭を抱え込んだ。兄妹関係が深まっているのを感じ胸に暖かさが広がった。


「お前スゲェなっ」

「あの起死回生、君は天才さっ」


 リビングでは長姉に解放された姉二人が頭を抱えつつ賞賛で冬美を迎えた。春姫は既にソファーで鼻歌交じりに新聞を開いていたが顔を上げ珍しく満面の笑みで末妹を迎えた。


「冬美は優しい子だな。姉として誇らしいよ」

「ん…………つかれ、た」


 冬美は空いてるソファーに倒れ込んだのであった。





 そして熊田と川原木に事前に連絡を入れないと「ええ恰好しいの抜け駆けに思われちゃうかな?」と考えた詩季は一応メールすると即返信が返ってきた。


「ええ?」

「どうした、詩季」

「友田さん達殺したくなければ渡さないか全校生徒分用意しろって熊田君から返信来たんだよ。どゆこと?」

「詩季さぁ。もうちょっと自分がモテる自覚を持った方が良いぞ?」

「ええ?……なんかそれ自分で思うのって痛くない?」

「事実から目をそらすのは判断を誤る元さ」

「お兄ちゃん……道場でも大人気」


 詩季はむず痒い思いをしつつ、考える。


「でも、友田さん達とは仲良くして貰ってるし、特に友田さんには借りが有るからなぁ。喜ばれるなら渡したい……こっそり渡すとか?」

「詩季は優しいな。だがそれだと変に勘違いさせかねないから止めておけ」

「むむぅ」


 詩季の頭を撫でつつ春姫は提案した。


「なら、全校生徒分用意しよう」

「え、流石にそれは量的に無理だよ」


 春姫の提案に詩季は困惑する。夏紀と秋子はそれ以上に、何故的に塩を送るような真似を、と驚く。しかしよく考えれば納得した。詩季の希望を踏まえつつ予防線を張る事にしたのだと、夏紀は直感として、秋子は理屈で理解した。


「有象無象にはチロリチョコで十分だ。今からスーパー周りすれば余裕だろ」

「生徒会企画にすれば良いさ」

「え、それって先生納得しないんじゃ」

「任せろって」

「任せるさ」


 かくして詩季バレンタイン企画が急遽発足したのである。


「麦チョコ一粒で良いじゃないか……いや冗談だ冗談」


 春姫の言葉に流石に引く妹弟達であった。





 そして当日、それぞれの反応。




 クラス編


「はい、熊田君と川原木君にはナッツ入り」

「おお、サンキュ」

「綺麗に出来てるね」


「はい、友田さん達にはこれ。いつも有り難うね」

「て、手作り?」

「一応ね。味は普通だと思うけど」

「家宝にするよ!」

「悪くなっちゃうから食べてよ」

「わ、私、まさか暦君みたいな美男子から貰えると、思わなかった」

「ええええ!? 泣かないで!?」


「友田ぁ……そのチョコ」

「死んでもやらない」

「一万でどう?」

「例え一〇〇万でも売らないっ」

「くっ気持ちは解る……くそっ生徒会企画で貰うので我慢するしかないのかっ」

「手作りじゃないけどねぇふふふーんっ」

「手渡されるんだから良いんだよ!」




 他生徒編


「はじめは三年生さ」

「受験近いしな。あんま時間をとらせたくはない。話し込んだりすんなよ?」

「学校側との約束で受験する生徒には赤い整理券渡してあるから一言激励するさ」

「うん。解った」

「入場さ」


 生徒会の仕切りで詩季バレンタイン祭が開催された。


「受験、頑張って下さいね」

「は、はい! 絶対合格するよ!」

「体は壊さないように気を付けて下さい」

「うん、ありがとう!」

「まだ寒いですから無理して風邪引かないように」

「はい! ああもう頑張る!」


 数種類の言葉をヘビロテする詩季。笑顔は忘れない。喜ばれていることに己の中でも嬉しさが芽生えて居るのも事実であった。


「詩季、別に愛想良くする必要ないぞ?」

「そうさそうさ」

「いや、あのさぁ、チロリチョコであそこまで喜ばれるとせめて笑顔で渡さなきゃ罪悪感出てくるよ」

「タダで配ってるんだし男から手渡しってだけで十分だ」

「そうさそうさ。ホワイトデーのお返しにトラック用意する予定だけどさ」

「どこのジョニーな事務所なの」

「詩季、お前本当に見通し甘いよな」

「ジョニーな事務所ではチョコ貰っても居ない女子からのホワイトデーのプレゼントで配送センターは一杯になって最終的には一括廃棄処分さ」


 ※あくまであべこべ世界での話であり実在の企業、団体とは一切関係有りません。実在のアイドル事務所はそれはもうアイドルもファンも大事にする素晴らしい事務所だと思います。ええ。安心して下さい。


「え」

「倉庫も借りるが最終的な選別方法は春姉が考えるってさ。既製品以外は基本廃棄だと、ほれこの通り案内出してるさ」


 『お返しについて。 一、お金や貴金属類は受け取り拒否する。発覚し次第廃棄処分 二、手作り品は飲食物に限らずNGで廃棄処分とする 三、既製品で未開封品に限り受理される。それ以外は廃棄処分 四、原則お返しは無いのが望ましい』


「あのさぁ」

「詩季、いい加減あの熱気を感じて自覚してくれ」


「おい、あんたのチロリチョコのが大きくない!?」

「はぁ!? 全部同じでしょうが!」

「ちょっとあんた、王子の手触ったでしょ!」

「お前なんて王子の吐いた息必死に吸ってたじゃない!」


 詩季は背筋に戦慄が走るのを感じ、流石に黙った。




 とある道場編


「あ、お兄ちゃん。終わったの?」

「うん、みんなにも持ってきたよ……って、何で皆倒れてるの?」

「ごめん、私のせい。冬美を投げられたら君からチョコ貰えるって冗談で言ったんだけど……」

「わざと負ける理由ない」

「……冬ちゃん、強いんだねぇ」

「まだまだ」


 全員復活してからちゃんと詩季の手で渡され練習生達は救われた。




 とある社長編


「詩季君」

「ん? 何?」

「我は、水商売の男にしか貰ったことがなかった」

「あれま。紋女さんモテそうなのに」

「金に群がる男ばかりで所詮は金の繋がりよ。ホストが用意する物より今こうやって君から手渡されるチョコに勝る喜びは無い」

「あはは、喜んで貰えたなら良かった」




『(*σ´Д)σYO!!~チェケラッチョウ☆ YOYO詩季きゅんYOっ! 我は感動味わってるYO! お返し何がぃぃ感じ!? お返し何がE感じ!? YOYOYOYO E感じ!?』


「おお!? ラップ? ……新しい。本当に面白いわぁこの人……でもお酒飲み過ぎじゃないかな。お酒は控えてねっと送信」


『YO~(σ´д`)σYO~(σ´Ο`)σ味が解らなくなったら勿体ないから酒は飲んでないデスYO~(σ´з`)σ!』


「おぉ……やっぱ紋女さんって大物だな……」





 母節子編


「詩季君、愛してる!」

「え? あ、ありがと」

「チューしていい!?」


 詩季的にはオッケーなのだが当然の如く長女が許さない。


「母よ。謀反が起こるぞ」

「このチューブ山葵、賞味期限切れてるわ。あー誰かの鼻に詰めたくなるなぁ」

「寝てるとぐっすり中々起きない母には爽やかな目覚めさ」

「チッ」


 普段は優しい母の舌打ちに衝撃を受けた詩季であった。





 おまけ 冬美編


「あれ、冬はどこいった?」

「パソコンいじってたから何かと思えば検索ワードに『デスソース 購入 ○○区』と有るさ……ええ? ……えええ?」

「おい、あいつ冗談になってねぇよ! そんなん突っ込まれたら死ぬぞ!」

「探しに行くぞ! 母が危ない!」


 冬美の謎の行動力に怖くなる姉妹なのであった。



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