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幕間 節子の忘れ物

 暦節子は少しだけ焦っていた。


「暦役員、どうされました?」

「プレゼンのデータを忘れてしまったわ」

「……バックアップは?」

「無いのよねぇ」

「あらまぁ」


 午後からの役員会議で使用する資料を家に忘れてしまったのだ。勿論頭の中には大筋入っているが細かなデータが無い。


「まぁ勢いで通すしかないわね。社長の雷必至だわぁ」

「でも午後からなんですし今日は土曜日ですからご家族にメール送信して貰うとかは出来ないんですか?」

「あらそうね。貴女頭良いじゃない」

「はぁ、バカにしてますよねそれ」

「誉めてるのよぉ」


 部下を小馬鹿にしつつ家に電話を入れると詩季が出た。


『はい、暦です』

「あ、詩季君? お母さんですよ~」

『あ、お母さん? どうしたの?』

「ちょっと忘れ物しちゃってねぇ。今、家に誰居る?」

『あー、夏紀お姉ちゃんと僕だけだよ』

「あらまぁ」


 節子はメールで送って貰うのを諦めた。夏紀が常々機械に苦手意識を持っているのは知っているし詩季がどれだけパソコンを扱えるか解らない。社外秘のデータだけに迂闊にメール送信をして貰って全く関係ない相手に送られたら大問題となる。パスワード設定を電話で教えても不安が残る。冬美は置いておくとして春姫か秋子が居れば安心して任せられるのだが不運であった。


「それじゃ仕方ないわねぇ。有り難う、大丈夫よ」

『そう? 何だったら僕が持って行こうか? どうせ家事も終わっちゃって暇っけだったし』

「え、良いの?」

『うん、ただ今からだからお昼頃になっちゃうよね。大丈夫?』

「午後三時からの会議だから大丈夫よ。じゃあお願いしちゃおうかしら。せっかくだから一緒に外でお昼食べましょ?」

『良いねぇ。何持って行けばいいの?』

「私の部屋にあるパソコンに赤いUSBフラッシュメモリ刺さってるからそれ持ってきて欲しいのよ」

『あー、お母さん家のパソコンで仕事しちゃ駄目だよぉ。もしデータ流出したら言い逃れ出来ないよ?』


 息子の思わぬ正論に驚く。しかしそれ以上にお昼を一緒に食べる事を約束したことに少しウキウキしてしまう。


「お子さんが持って来るんですか?」

「ええ、息子が持って来てくれるって」

「は? 今の息子さんとの電話ですか?」

「そうよ?」

「……もう今日は帰ってお休みになられたらどうでしょう」

「何でよ」


 己が妄想電話でもしていたかのような扱いをしてくる部下に半目で返すが確かにそんな息子が居るなど自分でもファンタジーっぽいとも思う。


「そんなこと言うなら一時間も有れば来るから見たら良いじゃない」


 そして受付に来た詩季を見て、部下は絶句する。


「暦役員……青少年保護法は守」

「ってます。息子よ」

「お金で雇った少年を息子とは」

「雇ってない」

「どんな脅しを」

「掛けてない」

「自首し」

「ません。詩季君、この人私を犯罪者扱いするのよ、酷い部下でしょう?」

「あー……日頃の行いはどうなんだろう?ってちょっと思った」

「えぇっ!」


 詩季は節子の部下に丁寧に自己紹介をし、息子だと言うことを強調する。母にあらぬ疑いを掛かったら不味いというのもあるにはあるが、暦家の一員だというのを主張したくなる程に詩季は家族を愛していた。


「でも助かったわ。詩季君、お昼行こ? 何食べたい?」

「ねぇ、社食って僕も食べられる?」

「え? うちの会社って食堂は有るけど自販機なのよねぇ。パンとかカップ麺とかしかないわ」

「へー。そこで食べられるの?」

「まぁ。でも私、一応役員だから気を使わせるだけだしここ数年は使ってないわねぇ」

「そうなんだ。ちょっと興味有ったんだ」

「まぁ、大学とかの方が色々有って楽しいわよ。今度春姫ちゃんに連れて行って貰ったら?」

「あ、そうだね。お願いしてみよ。今日はお母さんのお勧めで」

「今日は、そうねぇ……お寿司はこの間食べたし、焼き肉?」

「午後から会議なのに?」

「あー、そうねぇ。社長に良い匂いだなとか怒られるわね。あっちの通りに色々あるから歩きながら考えましょ? ほら」


 節子と詩季の会話を信じられないものを見る目で聞いている部下の目の前で、節子はこれ見よがしに腰に手を当て詩季が腕を絡めて来るのを待つ。


「もう、お母さん、会社の人の前なのに大丈夫なの?」

「良いのよ~息子だも~んやましいこと無いも~ん」


 詩季は苦笑しつつも可愛らしいとも思える節子の反応に気を良くしてその腕を抱え込んだ。



 そしてその日の午後、役員会議での社長の第一声は


「暦役員。君、白昼堂々援助交際など何を考えとるんだ!」


 である。


「はぁっ? 社長、何をおっしゃってるんですかっ?」

「今日、昼頃に明らかに未成年の美少年と腕を組んで歩いていたそうじゃないか! 羨まけしからん! 我が社の看板に泥を塗っておるのだぞ貴様は! 私は悔しい、せめてこっそりばれないようにしてくれれば庇う事も出来たろうに羨まけしからん! 即刻辞任せよ! そしてその美少年を即刻私に紹介しろ!」

「あの子は息子です!」

「皆そう言い訳するのだ! 私だってそうだ! 子どもは居ないが職務質問されたらいつもそう答えている!」


 何やってんだあんた! その会議に居た役員全員誰しもが思ったがワンマンで成長した会社の創業者相手に突っ込む者もいなかった。


 誤解を解くために節子は家族写真を見せたりしたが社長は信用せず、結局は詩季を再度会社に呼んで釈明して貰い節子は何とか事なきを得た。が、同時に「転職しようかな……」と思うほどに疲れた。


 その釈明の際に、詩季は社長からこっそり渡された携帯番号とラインIDを苦笑いで節子にはばれないよう受け取っていた。

 容姿としては節子と同世代か少し上なのに小柄でかなり若く見える社長だったため詩季的には「かなりアリ!」だったからである。要はロリババア系であった。


 早速来たラインのメッセージが以下の通りである。


『今日は突然呼び出してしまってごめんネm(・ω・m) せっちゃんの事、本当に頼りにしてるから(|||ノ`□´)ノオオオォォォー!!ってびっくりしちゃったの! お詫びに今度ぉぃしぃものごちそうしたいなぁって思ってるんだけどどぅかなぁ? 予定はぃつでも明けるからね! またメッセしまぁす☆(*ゝω・*)ノミャハ☆・゜:*:゜』


 詩季は詩季で「こんな人が社長でお母さんの会社、大丈夫なんだろうか」と不安になるのだが「ちっちゃくて可愛かったけど、あの口調でラインはミャハッって無いわぁ。アハハ、面白い人だなぁ」とギャップ萌えも有り、楽しい一日だったと思うのであった。


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