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幕間 親衛隊長と副隊長

 とある女子高生が居た。彼女の名前は伊達絵馬。彼女は容姿に恵まれていなかった。そして運動も勉強も平均以下で話術に長けたり何か特技が有ったりなどもしない。

 平凡というよりも「鈍臭い地味子」である。


 彼女はイジメにあっていた。


 それは仲間内のメンバーからリーダー格がイジメる対象を決めて行われる半ば遊び感覚でのイジメであった。

 言い換えれば「当番制生け贄」である。

 

 絶対にリーダーがその対象になることはない以外、ある意味で公平とも言えたが絵馬の場合は一番その「当番の期間」が長く終わりが見えなかった。順番が最後になったのも良くなかった。自分自身でも積極的ではないにしろ周りに流され似たような事をしてきたのだから因果応報だと思う反面、何で自分だけこんなに長い間虐げられないといけないのか、という思いも増幅していく。


 それは絵馬に特別な問題があったのではなく、他のメンバーは誰しもまた自分の番が来るのを引き延ばしたかったため控えめな絵馬に長く、出来ればずっと押しつけようとしていただけに過ぎない。

 生け贄の中から更に生け贄が選ばれただけの事である。


「おはよ~。早いねぇ」

「あ」


 絵馬は下駄箱を前に立ち尽くしていたところに話しかけられ体を強ばらせた。


「こ、こよみ君」

「伊達さんおはよー」

「お、おはよう」


 詩季は笑顔で挨拶するが顔を強ばらせ何かを隠そうとする絵馬の動きを見逃さなかった。

 そして理解する。絵馬の上靴が文字通り真っ黒になっていたのである。


「墨汁かな?」

「あ、う」


 詩季から見ると絵馬は地味は地味だが可愛い女の子である。「女の子って若いってだけでなんか可愛いよねぇ」というエロというよりも年寄り臭い感覚であった。エロ目線でも見るが常にそう見てる訳ではなく、遠い目で、郷愁をもって眺める感覚である。


「洗っても落ちないかもしれないけど洗ってみようか」


 いくら鈍い詩季でもイジメにあっている、というのはすぐに理解した。己も小学校中学校高校、そして社会人になっても漏れなくこの手の嫌がらせやイジメを経験してきたのだ。

 下手に同情されたり騒がれたりしたくないという心理は非常によく理解できた。


「え、あ、だ、だいじょうぶだからっ」

「取り敢えずこれ履いてね」


 詩季はそう言うと自分の靴箱から上履きを取り出し絵馬の前に置くと絵馬の墨汁まみれの上靴を掴んで近くの洗い場に持って行く。


「あの、本当に、大丈夫だからっ」

 

 詩季を止めようとするもどんどん進み、ついには洗い出す。


「あ、良かった。ちゃんと落ちそう。真っ白は無理でもひとまずは履ける気がする」


 大量に掛けられたからか逆に乾かなかったらしく汚れはどんどん落ちていった。元々がスニーカータイプの撥水性も多少有る素材なので何とか完全にとはいかなくても色が落ちそうであった。


「僕はスリッパ借りるから大丈夫。乾くまでそれ履いててね」

「そ、そんな」


 急展開に驚きが追いつかない絵馬。王子と呼ばれる少年が自分のために汚れた靴を一生懸命洗ってくれる姿は最早己の現実逃避からの妄想ではないかと思うほどだ。


「伊達さん」

「は、はいっ」

「率直に言うね。大きなお世話かもしれないけどそんな事知らない。伊達さんのこと助ける」

「え?」

「前から気になってたんだ。伊達さん達のグループ」


 詩季は気になっていた。過去の自分を彷彿とさせる少女が居ることに、心痛めていたのである。

 そして絵馬は己では知覚出来ないほどに疲弊していたことにやっと気が付いた。日々やられている事は小さな悪戯や嫌がらせ、そしてからかい。その小さな毒も積み重なれば死に至る毒となる。


「あの人たちと仲良くしなきゃ駄目なの?」


 コミュニティに属せなければ学校生活は絵馬のような地味で特徴の無い女からすると非常に過ごしにくい。故に今のグループから離れるという選択肢が頭から浮かばなかったのも事実である。そしていじめられっ子を仲間にしようと率先して動く人間もなかなか居ないものである。

 心理的には飼い慣らされた奴隷状態と言える。それは詩季が前世で勤めていた会社でも似たような状況であった。今すぐに死ぬような状況でなければ、そこから逃げ出したら後が無い、という根拠のない危機感に人は支配されがちなのである。ブラック企業にありがちな心理である。


「そ、んなことは、ないと、思う……けど」

「じゃあ友田さん達と一緒に居てね? 僕、繋ぐから」


 詩季が最も会話の多いクラスメートの友田智恵子の名が出る。智恵子は男子の間では馬鹿キャラで通っているが明るく裏表の無い少女で好感度は高い方である。ましてや詩季の女友達ポジションを勝ち得ているため女子の間でも影響力が強いグループであった。

 「詩季の友人」という詩季本人からのお墨付きも有るため校内最強の二人「暦守護神」から潰される心配も無いどころか場合によっては庇護されるというのは大きいどころか強力な後ろ盾を得るに等しいのである。


「大丈夫だから。ね?」


 自分で思っていたよりも弱っていた絵馬は涙を浮かべながら、そして女である自分が男子に守られるということにプライドを傷つけられながらも頷くのであった。




 それから急展開であった。


「ポッチー食べる?」


 休み時間の度に詩季は絵馬の近くの席の川原木に話しかけるついでといった具合に絵馬に話しかけた。


「え、あ」

「あっ良いなぁ」

「はいはい、ちゃんと友田さんにも伊達さんの次にあげるから。ほら伊達さん取って取ってハリアップッ 早くしないと腕ごと友田さんに噛みつかれちゃうっ」

「は、はいっ」


 智恵子は絵馬の顔を見て首を一瞬傾げるものの詩季の様子に何かを感じたのか気にせずいつも通り振る舞う。


「いや噛んで良いなら噛むけど? い、良い? あ、痛くしないから!」

「あはは、エロいね~」


 何も考えずエロに忠実なだけであったが詩季が苦笑いを浮かべ茶化す事によって相殺する。詩季本人にすれば全くもっていつでも舐めて下さいなのは言わずもがな。


「あのさぁ? それって酷いセクハラだよ」

「友田ぁ、お前、詩季にそんなことしたらどうなるか解ってんのかぁ?」

「ごめんなさい」


 いつものことなのでそれほど強い口調ではないが熊田と川原木が智恵子に牽制球を真っ正面から投げつけ瞬時に直角に腰を曲げ謝罪する友田。


「あはは。まぁまぁ、冗談じゃないの。あ、伊達さんのストラップ、パトレイパーだ! 僕好きなんだよ。これどこで買ったの?」

「あ、えっと、これは姉さんのお下がりで」

「そうなんだ? じゃあ僕お姉さんと話合うかも」

「詩季って女物のアニメとか結構好きだよなぁ。オタクって奴か?」


 実際には男女逆に、そして内容も若干変わっているものの前世で見た類似アニメが好きだった詩季。


「お母さんの影響かなぁ」

「私の姉もパトレイパー好きで私も見てたよ!」

「伊達さんは?」

「あ、わ、私も一緒に見てた。太田勇子が好きで」

「あの猪突猛進は必須キャラだよね! 私も一番好き!」


 周囲がチラチラと見守る中、詩季は最後の後押しをする。


「同じキャラが好きって、友田さんと伊達さんって意外と気が合うんじゃない?」


 絵馬が所属していたグループのメンバーや、他の傍観していたクラスメート達にも聞こえるように詩季が笑いかけた。

 この瞬間、詩季が強引に伊達を智恵子のグループに押し付けたのは誰の目からも明白だった。

 そして智恵子もまたクラスの情勢は知っているし詩季の意図するところくらいは今の流れで十分理解していた。理屈ではなく本能で「伊達さんと仲良くすれば詩季君が喜ぶ! オッケーオッケー別に悪い子じゃなさそうだし!」と。

 絵馬の事をそれほど知らないという面もあったが殊更問題になるような言動を取るクラスメートではないので己と同じグループになるのには抵抗が無かったのである。


「二人でポッチーゲームでさらに親交を深めるのはどう? こう、両端からお互いに食べて行って」


 そして己の趣味を全面に出して提案する。勿論断られること前提であるが万が一目の前でそうなったらそうなったで詩季的には「御馳走様です!」なだけで損は無い。


「え、ええ? いくら暦君のリクエストだとしてもそれは人生終わっちゃうよぉ。それに女同士はないわぁ」

「そ、そう、だよ」

「熊田、眼力上げすぎだ、落ち着け」

「熊田君って腐男子って奴?」

「な、な、何を言ってるのさ! 僕がそんな」

「僕は結構好きだけど?」

「ぇえ? お前もそういう趣味かよ、引くわぁ」

「な、し、詩季君、君は」

「女の子同士とか超萌える」


 熊田に良い笑顔でサムズアップする詩季。


「お前の性癖がよく解んねぇ。なんか色々感じるものが有るが、俺の中じゃ詩季は変態ランキング一位だ」

「人に迷惑は掛けてないし自分に嘘は付かないっ」

「何故ドヤ顔なんだよ」

「そ、そうだぞっ同性愛なんて、そんな」

「美しいじゃない」

「は、背徳的なのは認めるが、しかし、その、だな、文学的に見るべき物はあってだな、しかし、その」

「結局好きなんでしょ?」

「お前隠してるつもりだったのか?」

「な、何を言ってるんだよ君たちは! 僕は文学的要素で同性愛は悪いことではなく、えっとだな!」


 男三人の掛け合いをいつの間にか良い笑顔で眼福眼福と眺めていた智恵子と絵馬。そして周囲の反応も概ね同じだが、一部のグループは当然除かれる。だが最早誰もそのグループの様子を気にも留めない。


「エマッチ、美少年三人をアリーナ席で拝める私たちって幸せもんだよねぇ」

「……だねぇ」


 二人の様子を確認した詩季は、智恵子にお礼の気持ちを込めてポッチーをアーンで食べさせてあげ、智恵子が仲間達から嫉妬のチョップを延々と食らうのだがそれはイジメではなく僻みを元にしたコミュニケーションであった。


 そして程なくして親友と言って良いほどに親交を深めた二人と同グループの女子達は、智恵子を隊長、常識的な絵馬が副隊長となる親衛隊が秘密裏に組織される。絵馬は損な役回りに見られがちだが他のメンバーとも対等な友人関係を築いていくこととなる。


「友田さん、ありがとね」

「全然オッケーだよ。エマッチ良い奴だし。それにしても暦君って優しいね~」

「超鬼畜ですけど?」

「責めて責めて! 超責めて!」


 そういうこと言うからモテないんだと熊田と川原木に呆れられる智恵子なのだが本人は至って幸せそうである。




 しばらく後に絵馬は元々のグループのメンバーと和解するのだがリーダーだった少女とだけはそれが叶わぬままとなる。だが、それは別な事件へと繋がる一節でしかなかった。


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