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幕間 春姫と悪友

 春姫が大学に復帰したのは詩季が今の高校に転校してしばらく経ってからである。現在大学二年生で元々余裕を持って単位を取得していたので支障は出ていない。


「春っぴ、弟君は元気になった?」


 大学のカフェテリアで詩季謹製お弁当を広げる春姫に高校からの同級生である伊達真希が声を掛けてきた。


「その呼び方は止めてくれ」

「じゃハッピー」

「どっか逝け」


 高校の時からの悪友では有るが故に言葉に遠慮がない。真希も慣れたもので春姫の目の前にどかっと座り肘をテーブルに着ける。


「可愛いお弁当だね。弟君作?」

「ああ。これに手を出す奴が居たら例え友人でも許せないな」


 目の前の爪楊枝に刺さった肉団子に手を伸ばしていた真希の人差し指を瞬時に掴みあらぬ方向に折り曲げる。


「ぐあっあっあっあっ」

「悪い指だ」


 リズミカルにグイグイ曲げさながら楽器のように呻き声を上げさせる。真希が堪えきれずテーブルを空いた手でタップし降参を表明したタイミングで春姫は指を放した。


「おりゃっ!」

「甘い」

「ぐあっあっあっあっ」

「私から奪いたければあと十人連れて来な」


 懲りない悪友に呆れた視線と言葉を投げかける。


「ふぅ……酷い目にあった……十人でその弁当の量じゃ分け前として足らないわよ」

「なら諦めな」

「といってもさぁ、男の手料理なんて生まれてこの方食べたことないんだよぉ……」

「専門店にでも行ったらどうだ」

「あんな子供だましじゃ気持ちが萎える」


 この世界の男子はとにかく家事をしない。面倒な事は家事に限らず女に寄っていくのである。非常にレアケースである。ちなみに春姫が言う専門店とは総菜店やレストランで作ったとされる男の写真が貼られているケースが殆どである。


 それも給仕をしてくれる訳ではなく対応はほぼ全て女で本当にその男が作っているかどうかなど内部の人間にしか解らず「作っている、ということになっている」というのが暗黙の了解となっている。要は写真だけ提供して『私が作りました』と売られているのである。


 本当に男子が働いて給仕までしている店となると学生が物見遊山でも行くにもお財布的に敷居が高い。男子出生率が低いことから働く男子、しかも水商売的職場で働く割合が少ないため自然と単価も上がっていくのである。


「ハッピー本当に羨ましいなぁ」

「その呼び名はよせ」

「いくらだったら譲ってくれる?」

「金の問題ではない」

「一回で良いから、材料費手間賃払うからお願い出来ない? というかお願いですっ」

「お前、そこまでして……」


 椅子の上とは言え土下座姿勢の悪友に引く。


「だってぇ」

「私の弟なんて見たことないだろ。なんでそこまで」

「見たことあるよ!」

「どこでだ」


 春姫はこれまで家族の写真を持ち歩く事はしていなかった。何かの拍子に誰かに見られて弟のストーカーになられたら困る、という防衛本能からである。真希を家に連れて行ったこともないし外で一緒のところを見られたらこの女は絶対に話しかけてくるに決まっているのにどこで、と春姫は珍しく困惑した。


「妹経由だけどね。写メで見たんだ。すっごい美少年! 流石はっぴーの弟君!」

「妹?」

「ハッピーの下の子達と同じ高校なのは知ってるでしょ? しかも弟君と同じクラスなんだよ。すっごく優しいんだって? 挨拶してくれたり、話しかけると邪険にしないで雑談してくれたり、笑顔が素敵~って毎日五月蠅いくらいだよ」


 想像はしていたが春姫は思わずため息が漏れる。


「画像ってまさか盗撮じゃないよな?」

「違う違う。妹とツーショット」

「はぁ?」


 家族写真は撮っても詩季とのツーショット写真など皆無の春姫にとっては衝撃であった。以前の詩季なら全力で拒否していただろう。


「頼めば誰でも笑顔で応じてくれるらしいよ。超心広いよね、弟君。もう皆の王子様だって。妹なんてもう信者だよ信者、毎日スマホにキスして気色悪いったらないわ羨まけしからんよ! 親衛隊副隊長やってるんだって鼻息荒くてうぜぇよあいつ! 私が成りたいわ!」


 ちなみに親衛隊隊長は友田智恵子である。


「何をやってるんだ……弟よ……」


 この分だと弟の画像など相当出回っていそうだと頭を抱える春姫。その間に肉団子を一個取られたがそれどころではなかった。真希もまた春姫の悪友だけあって一筋縄でいかない人物である。


「という訳で宜しくね! 作ったお弁当を両手で挟んでポーズした写メも一緒に宜しくね! 宜しくね! 後生だから!」


 春姫の胸ポケットに五千円札をねじ込む悪友に反応する事が出来なかった春姫であった。




「あの、こう?」

「ああ、それを両手に持って差し出すように」

「え、あ、うん」

「笑顔は要らない。はいチーズ」

「え、え?」

「あ、笑顔じゃなくて良いのに」

「いや、反射的に。え、これってどういう?」

「はい、お小遣いあげる」

「写メで五千円って?」

「気にしない気にしない。馬鹿への施しだから忘れてくれ。五千円でも安いくらいだ」


 詩季は首を傾げながらお小遣いを受け取り下校時に家族全員分のケーキを買う事に決めるのであった。




「念願の男子弁当! 絶対断られると思ってたけど叶えてくれるなんて流石親友! 有り難う! 愛してる!」

「気持ち悪いこと叫ぶな! あとこの事は誰にも言うなよ? あとこれっきりだから!」


 そして弁当と写メを手に入れた伊達真希は舌鼓を打ちながら至福の一時を過ごす。


「ああ、幸せ……ありがとうハッピー」


 が、食べ終わった直後に


「美味かったか? 私の手料理」


 とネタばらしをされ天国から地獄に堕ちた。


「はぁ!? おぇっ 金返せ! ぐぉおおお気持ち悪っ! 女の手料理だったなんて!」

「失礼な。手は抜いてないぞ。そのハンバーグだって手でちゃんとコネコネしたぞ。それはもうネッチャネチャになる位に。当然素手でだ。安心しろ、ちゃんと手は洗ったから」

「余計に気色悪いわ! その擬音とかわざとでも悪質だよ!」

「その写メで五千円なら安いだろ。お金は弟に全部あげたからもう無いし私が払い戻す義務も無い」

「写メで五千円は高い! アイドル生写真だって千円で買えるわ!」


 しかしそう憤慨しながら帰宅したものの、冷静になった真希は詩季のエプロン姿の写メで「色々捗った」ため、むしろ五千円なら安いと得した気分になり、結局は誰も損をしない結果となったのである。


 そして春姫は春姫で詩季のサービス精神旺盛な面をどう教育すべきかと考えるが有効打が思い浮かばず講義中も悩み続けるのであったがその日行き着いた結論は一つであった。


「取り敢えず……自分も詩季とツーショット撮らねば」



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