バスケ クレープ
詩季は考える。この世界で暦詩季として目覚め、生活してきた。何の因果なのだろうか、と考えても仕方のないことを考えてしまう。
特に冬美の変化を突きつけられ、己だけ取り残されているような感覚が強くなった。自分も成長しなければ、と思いつつ、今の行動がそれに即しているのかと思考が出口の無い迷路に入ってしまっていた。それを打破するには文字通り自分で壁を破り出口を作るしかないのだが、能力も成功体験も乏しく事なかれ主義な四季にはなかなか突き抜けられない現状があったのである。
「何をぼーっとしてんだ?」
「今日はバスケ部見に行くんでしょ。そろそろ行かない?」
川原木と熊田に声を掛けられ机で肘を突いて考え込んでいた頭を上げた。
「うん、行こう」
詩季は歩きながらも考える。その後ろを友人二人が不思議そうについて歩き、更にその後ろを数メートル空けて詩季達のファンがついていこうとする。
「おいおい」
「君たちねぇ」
詩季は気にしないのだが二人の友人はさに非ず、剣呑な口調で後方に牽制球を当てるつもりで投げかける。すると蜘蛛の子が散る如く走り去った。
「全く。男の尻追いかけるとか情けないにも程が有る……詩季君、悩み事かい?」
「ん、いやそういう事でもないんだ」
詩季は何でこの世界にこの体に今の自分が居るのか改めて考えるがそれに答えが無いのはすぐに解る。
「詩季。お前才能無いわぁ」
「心ここに非ずだね」
元々遊び六割の男子バスケ部での評価は芳しくなかった。元々詩季の肉体は運動神経の良い方だが毎日のように鍛えている部員と比較すると慣れの問題もあってかなり見劣りする。その上熊田の言う通り気持ちが乗っていない。
「詩季」
「あ、夏紀お姉ちゃん」
バスケットボールを片手に抱えながら夏紀が眉を八の字にし近づいてきた。
「今日はもう止めときな」
愛する弟でなければもう少し厳しく言ったであろう。
「お前は元々運動神経は悪くないのは知っているけど、そんな調子じゃ怪我するぞ」
夏紀の言葉に詩季はハッとしつつも暗澹たる気持ちになった。集中せずにバスケットをするなど他の部員に対して失礼にも程がある。
「ごめんなさい」
「どうかしたのか? まさか川原木に苛められたか?」
「そんな命知らずなことしないっす!」
「いくら男子でもそれやったらこの学校に居られなくなりますよ」
「冗談だよ」
不穏当な夏紀の発言に川原木は青い顔になりつつ否定し熊田は冷静につっこみを入れた。
「いや、大丈夫」
他の部員達に失礼して着替えをし足取り重かった。二人の友人もついて行こうとしたが二人とも用が有ることを事前に聞いていた詩季は厚意だけ受け取り一人帰路についた。
「ウェイトアちょっとっオーマイ弟ポエムシーズン君っ」
「……ルー語なの?」
最早人名すら怪しい英訳を試みる三番目の姉に呆れつつ振り返った。ダッシュでそれなりの声量を出せる姉に驚きを感じた。
「たまには私とデートするが良いさっハァハァハァッ」
鞄を左手に、右手は詩季の手を握り半ば引っ張るように歩き出す。
何故秋子が現れたかというと、先ほどの詩季の様子に心配した夏紀が秋子に一緒に帰るよう連絡したからであった。
「そう言えば二人で歩くの初めてかもね」
今の詩季になって、なんだかんだで秋子と居るときはいつも夏紀が居たし旅行などの時も同じだった。詩季の中でも夏紀と秋子が仲がいいこともあって二人をペアで考えていたところもあった。
「苦節十ウン年。まさにファーストタイムでお姉様はドキドキしながらも感動でティアーズが溢れそうさ」
詩季の手を握りながら己の胸に当て天を仰ぐ。高校生にしてはなかなかのボリュームが詩季の腕を包み詩季は一瞬息を飲むがすぐに違う意味で息を再度飲んだ。
「そんな大げさな……て本当に泣いてるの!?」
「ああ、ソーリー私のブラザー。嬉し涙が止まらないんだ。情けない姉ですまないさね」
詩季にとっては以前の詩季が姉妹に本当に厳しくあたっていたという事実がまざまざと突きつけられたような思いであった。勿論秋子にそんな意図はなくただ単に感動しているだけであったが。
たかだか一緒に歩く程度で感動する程に、何故弟を愛し親身になってくれるのかとさらに詩季は疑問に思ってしまう。だが、この世界の女にしてみると男兄弟は姉妹に対してはきつくて当たり前、優しい言葉を掛けられたと学校で言えば「それはあなたの想像上の兄弟ではありませんか?」と心配されるのである。
ただでさえ美形な弟がさらに優しくなってしまったのだ。仲良くなれて嬉しくない訳がないというのが暦家の女達の総意であった。
「あの、秋子お姉ちゃん? 何か甘いものでも食べてかない? クレープとかアイスとか」
「死ぬには良い日さっ」
「縁起でもないにも程が有るよ!」
詩季のツッコミも最早怪しい日本語になってしまう程に秋子のテンションが高い。
「お姉ちゃんが奢ってあげるさっ」
「あ、ちょ、解ったから引っ張らないで」
「あ、ごめんさ。お土産はアイスにして、私たちはクレープでどうさ」
姉と弟が手を繋ぐことに詩季はもうあまり抵抗は感じなくなっていた。というのも詩季もまた冬美と歩けば一緒に手を繋ぎたくなるからである。親近感と保護欲が同時に満たされるのを感じるのだ。
「うん、ありがと。行こうか」
「ん? お礼を言いたいのはこっちさっ」
流石に鈍感な詩季でも気付く。夏紀や友人達に心配させて、このタイミングで姉が息を切らして現れたのだ。基本的に構内で秋子を動かせる人間は夏紀以外居ない。そして夏紀が詩季に関して頼る同性は秋子以外に居ない。部活を抜けられない夏紀が一人で帰ろうとする詩季を心配して連絡を入れたのであろうことは想像出来た。
「サーティーンアイスに特攻さっ何食べるさ?」
「うーん、結局チョコバナナになりそうだなぁ」
冒険出来ないつまらない男が詩季である。
「定番さね。私はレアチーズにするさ」
「一口頂戴」
姉に感謝しつつ握る手の力を少し強くする。姉は姉でハイテンションになり過ぎて「むしろ口移しでどうさっ!?」という言葉を何とか必死に飲み込むのであった。