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宜しく 帰ろう

「暦詩季です。趣味は読書です。宜しくお願いします」


 詩季転校生として無難過ぎる程に無難に自己紹介を終えた詩季は教師に指定された窓際の一番前の席に座った。

 一年生では特にまだ文系理系に分かれていないものの男女比率が女子に偏っているのを詩季は確認し少し心浮き立つ。男子が十人弱に対して女子がその倍以上である。自分でも彼女が出来るのでは?と前世で喪男だった詩季はにやける口元を抑えるのに必死だ。


 詩季は今日までの三ヶ月、情報収集に終始していた。というのもテレビで国会中継を見てもパンツスーツを着た女性が非常に多く、町中でもその通りであったため流石に違和感を感じネットなどで調べたのである。

 その結果単純に、女性上位社会で裕福な家庭は男が専業主夫をする、という詩季の人格からすると男女の価値観が逆転している世界だということに気付いた。詩季の父親については家に仏壇が無いことなどから離婚家庭だという可能性も考えれ、繊細な問題の可能性があるので折を見て姉に尋ねようと思っていた。

 歴史などについてはやはり女性ばかりが活躍している。徳川家康が家康子などとおちょくってんのかと呟きたくなる状況だが、覚えられない訳でもなさそうなので言葉を飲み込んだ。流石にナポレオンがナポレオンヌになっていたりするのは覚える気にもならなかったが。


「明後日、発育測定が有りますので忘れず準備してきなさい」


 封筒に説明書きと尿検査用容器など入っているのを配られた。


「男子の場合は精子バンクの登録が義務となるのでしっかり取ってくるように。そこで問題有ると再検査だからな。しっかりオナニーしてちゃんと絞ってくるように」

「先生、セクハラ!」

「しょうがないだろうが。毎年片栗粉とか絵の具で誤魔化そうとする男子が居るが後々本当に面倒になるから素直に持ってこいよ」


 詩季にとっても確かに精液を持ってくることに抵抗があったし「冗談だろおい」と呟いてしまいそうになるほど衝撃だった。が、詩季は美人担任の杉本に己の精液を容器ごしとはいえ渡すことに若干の興奮を覚える。実に変態であるがそれを表に出さない程度には詩季も常識は有った。

 すぐに数学の授業が始まり、学力的には全く問題無いことを再確認して詩季は安堵する。

 そして最初の休み時間。何とか周りの生徒と話をして友達を作らなきゃ、と元々社交的とは言い難い詩季は不安と緊張にまみれながらも教室を見渡そうとすると聞き慣れた声が教室に響いた。


「おーい詩季! 大丈夫だったか?」

「ちょっと夏紀姉さん。あまり騒ぐと悪目立ちすると思うのさ」

「大丈夫だろ? 転校生なんて目立ってなんぼだ」

「あ、お姉ちゃん達。本当に来たんだ」


 詩季は呆れ半分嬉しさ半分で立ち上がる。クラス中に注目されているが何も反応しない訳にもいかない。詩季を見つけた二人は競うように早足で歩み寄る。夏紀は詩季の頭を撫でながら満面の笑みだ。


「お。特等席だな。困ったことあったら姉ちゃんに言えよ? あ、川原木君と同じクラスか。こいつ、俺の弟だから宜しくしてやってな」

「先輩の弟さんでしたか。解りました。詩季君、宜しく!」


 詩季の後ろの席の大柄な男子が慌てて立ち上がって詩季に握手を求める。当然詩季はその手を取り、どもりながらも宜しくと答えた。非常にやかましい体育会系男子である。


「男子の学級委員は……熊田君だったさね」

「はいっ」


 名前の割にむしろ小柄なメガネ男子が慌てて秋子に駆け寄る。


「この子、この馬鹿姉と違って凄く大人しい子だから面倒見てあげて頂戴な」

「わ、解りましたっ宜しく、詩季君っ」

「あ、うん。有り難う、宜しくね。で、お姉ちゃん達、急にどうしたの?」


 夏紀は前生徒会長で運動部の重鎮、秋子は現生徒会長で文化系の重鎮、と姉たちから聞いてはいたが冗談の類か話を盛っていると感じていた詩季は周りの息を飲むような反応にある種の絶望を感じていた。目立たないように生きようとする詩季にとっては彼ら彼女らがドン引いてるようにしか見えない。


「何、すぐに友達が出来るようにと思ってな」

「あ。そうなんだ。有り難う」


 詩季の頭を愛おしそうに撫でる夏紀に苦笑いする詩季。結果はどうあれその気持ちは有難い。


「そうさ。ついでに防虫のためさ」

「防虫?」

「生徒会長は色々有るのさ」

「へー」


 そして夏紀の手を叩き払い、頭を抱え込むように引き寄せる秋子。


「わ、あの」


 シスコンだと思われては溜まらないと慌てて離れる詩季に秋子は不満げにしながらもクラスの女子に視線を這わせ、詩季に見えない角度で口をパクパクさせた。『この子に手を出したら殺す』と。レイプ目と呼ばれる感情の失った目つきも詩季のクラスメート達には効果的であった。

 そして夏紀は夏紀でやはり詩季に見えないように中指だけを天上に向けた握り拳を出しながら宣言した。


「皆、この子のこと、宜しくな!」


 詩季は容姿に優れている。控えめそうでもある。休み時間に入った瞬間にでも女子達の間で争奪戦が即開戦する勢いだった。が詩季にとっては幸か不幸か一気に勢いが殺がれたのである。いくら詩季が美少年でも二年生三年生の一番人気、そしてカリスマの女二人に揃って目を付けられるなどなかなかリスキーである。

 男子からは同情されつつも、美女の姉目当てで友好ムードが漂っているのだが、詩季本人からすると微妙な気持ちにもなるのであった。男友達も良いが、彼女とか女友達欲しいなぁ、と思いつつその内仲良くなれるよな、なんせ男女逆転世界で男性人口も少ない訳だし、と楽観的になるのであった。


 そして放課後。


「詩季君、俺と熊田と一緒に適当に遊ばねぇ?」


 川原木に話しかけられた詩季は一瞬うっと唸る。今日の帰りは春姫が迎えに来る予定だ。即ち姉かクラスメートのどちらかを断らなければならず、ここ数ヶ月自分を手厚く世話してくれた姉のお迎えを断ることが出来ない程度に義理を感じていた。


「いやいやいや、川原木。僕の予定聞く前にそれかい?」


 一番後ろの席に座っていた熊田が近づいて咎める。


「お前帰宅部だろ?」

「文芸部。通常は開店休業状態だけど今日は部活の有る非常に珍しい日だから行かなきゃならんのよ。明日とかにしないかい?」

「俺は今療養中ってことになってっから明日でも良いぜ。詩季は?」

「あ、うん。遊ぶなら明日が良いかな」

「良し、どこ行くかは明日相談しようぜ」

「まー近場で遊ぶってなるとカラオケ・ボーリング・ゲーセン・ビリヤード・ダーツ、ってとこかな? 金は大丈夫かい? もし何だったらファミレスでダベってたって良いし」


 気を使ってくれたらしい熊田に詩季は微笑み返す。姉の関係からの交流と言えど自分に集る気が無いのが解って安心した。詩季は前世、記憶の限りでは三十歳まで何とか社会生活を送っていた。自信の無さから来る挙動不審さでサラリーマンだったのである。自分でもよく営業なんて出来たと思うほどに口下手で何をやっても不器用であった。実際には出来ていた、というよりも既存顧客のルート営業のみだったため誤魔化せていた、というのが正しいが。


「その位なら大丈夫。毎日は無理だけど」

「毎日はそりゃ俺らも無理だわ。バイトすっかなぁ」

「運動部は許されないだろ。まぁ抜け道はあるけどね?」

「変なバイトか?」

「真っ当なバイト。愛を振りまくという崇高な」


 ホストだろうか? それとも売春? と詩季は首を傾げつつ、若干引く。前世で女子高生が売春してるとか聞くと興奮したものだが縁は無かった。


「お前それ洒落になんねぇよ」

「いや、犯罪ではない接客業だから変な想像しないでよ」


 詩季は二人との翌日の約束を取り付けて別れ、目立つからと学校から少し離れたコンビニで待ち合わせしている春姫に会うべく一人歩いていった。

 詩季が今日から通うことになった高校は、自宅から徒歩五分の最寄り駅から三駅十五分、駅から高校へは更に徒歩で十五分で着く。近くも無いが遠くもない。中間の駅で降りれば繁華街が有り店も揃っているので買い物は定期券で寄れると考えると利便性は高い。恐らくそのあたりで明日遊ぶんだろうなと考えながらコンビニに近づくと後ろから声を掛けられた。


「ちょっとそこ行くお兄さん。お姉さんと一緒にお茶でもしない?」


 入り口から少し離れた場所に吸い殻入れが有り、そこで長姉の春姫が腕組みしながら煙草を吸っていた。ジーンズにシンプルなカッターシャツとスタイルの良さがにじみ出てその美貌が周囲の目を引く。日本人モデルというよりも、欧米のアクション女優のように長身で健康的な体躯は可愛いとはほど遠く、美しい。


「あはは」


 シニカルな笑みを浮かべ、片足を一歩引いて、舞踏会で姫をダンスに誘う王子のように春姫は詩季に手を伸ばす。


「でもあんまり遅いとご飯の準備に間に合わないよ?」


 少しドキドキしながら、姉の差し出す手に己の手を重ねる。ここしばらく、徐々にだが冗談を言い合える程には春姫と打ち解けた。が、他の姉二人のように強引ではない春姫と手を触れ合ったりする事は特別なかった。格好良いと感じていた姉とここまで精神的にも近づいていると考えると嬉しく感じ、詩季に手を取らないという選択肢は無かった。


「途中、スーパーに寄って夕食の食材を買ってジュースでも飲みながら帰ろう」

「お茶のが良いな」

「そうだ、お茶に誘ったんだった」

「そうそう、お茶に誘われたんだよ。お茶飲まなきゃお茶」

「コーヒーでも良いよ」

「いや、お茶だよお茶」


 詩季は手を繋ぐのを一端止めると春姫が一瞬残念そうな顔をしたのを見逃さなかった。気恥ずかしさと、クラスメートの誰かに見られたときにすぐに手を離せるようにと春姫の腕に軽く手を添え直したのである。

 ちなみに、詩季はこの世界では美少年である。前世の価値観で言えば現世の詩季は影の薄いモブ顔の『特徴の無い顔立ち』だが、この世界では『欠点の無い綺麗な顔立ち』であった。詩季はそこを自覚出来ていない。

 そんな美少年、しかも詩季の性格が一変する以前からずっと、小さな頃からずっと我が子のように世話し厳しくも可愛がってきた弟である。春姫にとっては目に入れても痛くないほどに可愛い。ましてや事件後は邪険にされる事なくむしろ率先して家事を手伝ってくれたり話しかけてきたりと可愛くて仕方がない。腕を掴まれるのは、手を繋ぐのとはまた別な充足感が有ると春姫は若干鼻息が荒くなるが努めて抑える。


「こう腕組んでると春姫姉さんの彼氏に浮気してるって勘違いされたりして」


 これだけ美人なら引く手数多だろうしこんな美人な彼女なら拝み倒してでも欲しい彼氏爆発しろ、と詩季は邪悪な気持ちを抑えつつ、茶化してみる。


「彼氏? 居ないんだが」


 訝しげな目で詩季を見る。


「あ、そうなの? 姉さん美人だから居るのかなぁって」

「美人ではないし、残念ながらこれまで居たこともないよ」


 勉強に家事に、と春姫は多忙で男女交際にまで手が回らないと周囲には思われているが、実は詩季が弟としても異性としても可愛くて仕方なかったという特殊性癖の持ち主である、というのが原因である。


「美人だよ」

「嫁き遅れそうになったら詩季が貰って」

「あはは。喜んで」

「言ったね? 絶対だよ?」


 真顔の春姫に詩季はおかしくなって「じゃ、予行練習ってことで新婚ごっこね」と添えるように引っかけていた手を今度はしっかりと体をくっつけるように春姫に巻き付けた。

 詩季は春姫が本当に自分を大事にしてくれているのを日々感じておりこれを期に更に仲良くなろうと頑張っていたのである。

 詩季は自分の美貌はともかく男女価値観逆転している世界だと言うことは既に理解している。もし自分に憎からず思っている妹が前世に居たとして、こうやって懐かれたら余程の不細工でもなければ悪い気はしなかったであろう、と考えての行動であった。そしてそれはこの世界において特に男性人口が少なく、蝶よ花よと煽てられ我が儘に育つ男性達が殆どでこうやって姉に甘える弟など二次元か幻想種だとさえ言われている。


「で、ハニーは今晩何食べたい? 今日はハニーの記念日だから好きなもの言って頂戴ハニー」

「ハニーは無いわぁいくらなんでもハニーはないわぁ。でもカレーが良いな、ダーリン」


 目を中心に寄せながら。


「え、ダーリンは有りなのか?」

「僕が姉さんをハニーと呼ぶなら有り、かな?」

「それこそ無いわぁ」


 目を中心に寄せながら。


「あ、そう? 女の人が男にダーリンって言う方が自然じゃない?」

「英語圏ならそれも有り、なのかな? 違和感有るけど」


 詩季は若干の感覚の違いを覚え脳内修正を加えていく。この姉は常識人だと既に解っているので事あるごとに話しかけ、自分の異常性を直していくようにしていた。

 そして二人で仲良く会話しながら、端から見るとイチャ付きながら電車に乗り、地元のスーパーに向かうのであった。


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