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愚妹 馬鹿ばっか

 冬美とは繁華街近くの駅で落ち合う予定で、まずは詩季の通う高校近くのコンビニで弟と待ち合わせをしていた春姫は呆然としていた。

 何故か美形が二人で詩季を挟んでいる。一人は見るからに知的な文学少年。もう一人は健康的なスポーツ少年。

 アンシンメトリーで現実的な二人の美少年が弟を挟み、詩季の浮き世離れした美貌をより引き立てていた。


「おー、伝説の先輩が目の前に。流石暦家、写真で見た以上に綺麗だ」

「やっぱりお姉さん達全員似てるねぇ。美人だ」

「自慢の姉ですから。お姉ちゃん、こっちが熊田君で、こっちが川原木君。仲良くして貰ってるんだ」

「喋った」


 素晴らしい絵画や像を観賞している時にそれらが急に動いたら、喋ったら普通は驚く。が、非生物な芸術品ではなく弟とその友人である。喋るのも道理。


「え?」

「あ、いやすまん。卒論の事を考えていたんだ。熊田君、川原木君だね。私は詩季の一番上の姉の春姫だ。弟と仲良くしてくれて有り難う」


 春姫の大人の対応に逆に戸惑う二人。なんだかんだで次女や三女のような軽い人格を想定していた二人にしてみるとある意味で嬉しい誤算である。大人の、それも美形であり弟が完璧超人と賞賛する女性である。二人とも動悸が速くなるのを感じつつ無難に返事をした。


「あと、こちらが」


 続けて詩季が最後尾に居て春姫から微妙に隠れていた友田智恵子を紹介すべく彼女の背をそっと押し春姫の前へと促す。


「愚妹が」


 そして即座に吐き捨てるように呟いた春姫。智恵子が詩季にまとわりつく害虫だと認定、次女三女に課した「詩季に近づく害虫を滅せよ」という命令を遂げてないと判断したのである。


「え? ぐまいが?」


 姉の地獄の底から出てきたような言葉に詩季は一瞬ビクッとする。前日の衝突したこともあって、何か姉の気に障ることでもしてしまっただろうかと心配になった。


「ひぃっ」


 智恵子は運動部でも語り継がれている伝説の卒業生を前に既に精神力が危険水域まで削られていた。いっそ付いてこなければ良かったと後悔するほどの気力も残っていない。指先一つでダウン出来る状況に数秒で追い込まれていた。


「いや、オーマイガーと言ったんだ。詩季にこんなに友達が出来ていたとは思わなくってビックリしたんだよ」

「えぇ? まぁなんかこう、友達作るの得意じゃないのは認めるけどさぁ、なんか酷くない?」

「ごめんごめん。詩季はのんびりしてるから心配してたんだ」

「超機敏ですけど?」

「そうだな。うん。今度辞書を買ってあげよう」

「酷っ」

「はっはっは。冗談だよ。友田さん? 詩季と友達として、仲良くしてあげて頂戴」

「は、はひぃいいっ」


 友達として、という部分を強調しつつ、詩季に見えない位置取りで智恵子に般若を披露する春姫。


「おぉ……流石暦家長女。オーラも誤魔化し方もパネェ」

「ああ、確かにあの先輩達の姉だ……伝説の卒業生の異名は嘘じゃなかったんだね」


 友人二人がひそひそ話をしているのを首を傾げてスルーしつつ、詩季は続けた。


「これから行く柔道場が友田さんの家なんだって。案内してくれるってなったんだよ」

「なるほど。妹が通うことになるかもしれないから、その時は宜しく頼むね」


 春姫は表面上は笑顔で「妹が通うことになっても調子に乗るんじゃねぇぞ?」というオーラを纏いつつそうお願いした。

 智恵子の膀胱は決壊寸前だったのだが、そこは何とか踏みとどまることが出来た。智恵子に春姫の迫力に耐えるだけの度胸が有るという訳ではなく直前にたまたまトイレに行っていたという幸運があっただけである。その状況を冷静に判断できたならば智恵子はまた神に感謝していたのは想像に難くない。智恵子は普通の運は無いが、類稀な悪運の持ち主であった。


 熊田と川原木と分かれた一行は冬美と合流し、友田柔道場に向かった。冬美は友田に一瞬警戒したが、先日柔道場で話した人物と似ていた為、同行に納得した。


「今は私の姉が師範代やってるんだ」

「少し話した」

「滅茶苦茶強いよ。私一度も勝てたことない。さ、ここだよ。どうぞ~」


 そう会話しつつ道場に足を踏み入れる。


「ああ、いらっしゃい。なんだ、智恵子も来てどうしたんだ?」

「友達の妹さんが見学するっていうから付いてきたんだよ」

「友達?」


 妹の後ろに居た詩季を見つけ口をあんぐり開ける友田千代。


「こ、こんにちは」

「こんにちは。友田さんにはお世話になってます、暦詩季です」

「ちょっと智恵子」

「わわわっ」


 智恵子の襟首をひっつかんで道場の隅まで連行する。


「あんた、身の程知りなさいとお母さんから子供の頃から言われてるじゃないっ」

「ええ?」

「あんな綺麗な子をあんたみたいなのが友達とか呼んだら可哀想でしょ! 身の程知らずな行動は身の破滅よ!?」


 流石に詩季一行にも聞こえる声量である。


「だ、大丈夫だよ。暦君、凄くいい人だから」

「あのねぇ、あんたみたいなお調子者に男の子の友達なんて出来たら世界が大爆発よ」

「えええ、ヒドくない? それかなりヒドくない?」

「どうやったらあんな子と友達になれるっていうのよっクラスメートだからって無理強いしたらそれはイジメよ? 我が家の家訓忘れたの? イジメをする女は死ねむしろ殺せ、よ?」


 あまりに物騒な家訓である。


「い、妹を信じる気すら無いってヒドくないっ?」


 姉のあまりな評価に半泣きになる智恵子。馬鹿なやりとりに呆れて口が半開きの冬美。腕組みしながら「こいつらに妹を任せて大丈夫なのだろうか」と疑惑の目で眺める春姫。


「あ、あの」


 そして、クラスメートの姉に話しかけるのは詩季。


「はい!? 何でしょう、この身の程知らずの妹のことでしたらたった今、世の摂理を説いてるとこですのでご勘弁を! そしてこんな大馬鹿でも根は悪い奴じゃないんです! ちょっとどころじゃない馬鹿なだけで、悪気はなくて馬鹿なだけなんです! 責任もって矯正しますんで許してやって下さい!」

「痛っ!」


 妹の頭を畳に叩きつけ、己の頭も擦り付ける友田千代を前に、何故こんなに土下座を見る機会が出来てしまうのか、と詩季は目眩を覚えた。


「えと、友田さんは転校してきた僕に女の子で一番初めに話しかけてくれたんです。お陰でクラスの他の女子達とも話易くなって嬉しかったですし、僕も友田さんのこと友達だと思ってるんで、あの」

「智恵子! あんた脅迫しただろ!?」

「ちょっとは信じてよ!?」

「弟はこういう事で嘘を言いませんが?」


 弟のフォローを完全否定する発言に春姫は苛立ち険のある声音で責めるように問いかける。


「こ、こよみせんぱいっ!?」


 己を改めて認識し驚愕の表情となる千代。


「え、知り合い?」

「いや……ああ」

「私ごときがお知り合いなど滅相もないっ暦先輩って言ったら伝説の」


 春姫は己が良くも悪くも幼少の頃から有名人である自覚が有る。特に高校では意図せず超人的なスペックから生まれた実績や出来事に尾ひれが付いて伝説として語られているというのを己の事ながら理解していた。

 それを弟と末妹に知られるのはあまり宜しく無いと春姫は考えており、つい先日もその伝説の一部を知っている次女と三女の口を塞いだのである。


「ちょっと宜しいか」


 春姫は千代が言い終わるより速く柔道有段者の襟首を掴み道場の隅に引きずっていき、数秒何か小声で語りかける。するとどんどん千代の顔が青ざめていく。もう青色6号も真っ青の青さ加減である。ブルー以上にブルー。


「シシシシシシツレイシシシシマママママシシシシシタタタっアアアアアアアラッララララララタメテごごごあいさつつつををををを」


 そして壊れたCDのように道場の説明を始める。


「春姫さん?」


 詩季の呼びかけに、春姫は己の失敗を瞬時に悟り思わず土下座の体勢を取りそうになるが人前なので何とか堪える。


「馬鹿ばっか」


 冬美はそう呟き脱力するのであった。



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