俺TUEEE! 土下座ーズ再結成
「ほいさっ次さっ」
「おりゃあ! おら次!」
熊田と川原木はある意味で詩季に同情してしまい無言となった。詩季達に先回りして夏紀と秋子が道場に陣取り柔道着を着てバッタバッタと柔道部員達を投げとばしていた。鬼教官の特訓の様相である。
「ん……あのさ、友田さん」
流石に天然の詩季でも気付く。二人の姉の馬鹿な思考回路を。弟の前で無理矢理『俺TUEEEE!』をやって『お姉ちゃんSUGEEEE!』にもって行こうという事を。
「な、何?」
「僕には目の前に姉たちが居る幻が見えるんだ」
目頭を押さえ、苦痛な表情になる詩季。
「え、ま、まぼ?」
「僕には姉達が柔道部でもないのに部活中の柔道部に乱入して調子に乗ってる幻が見えるんだよ」
詩季のボソボソと抑揚のない調子に気付きピタッと動きが止まる馬鹿二人。その隙を付いて乱取り相手をしていた柔道部レギュラー二人も動くが彫像のように二人は硬直しピクリとも動かせない。
「詩季君、それは幻じゃ」
「熊田言うな。それはトドメだ」
詩季は尚も続ける。
「友田さん」
「な、何かな?」
「僕はね、家族が大好きなんだよ。お母さんもお姉ちゃん達も、妹も」
「う、うん、凄く解るよ」
クラスで日々散々家族トークをしている詩季の家族ラブは全校中の知るところである。詩季の楽しそうに話をする姿を見るために夏紀と秋子の采配と圧力によって同じクラスや学年以外の人間も入れるようにと毎日の休み時間用の『詩季クラス出入り許可証』という名の事実上の整理券が配られている。同時に許可証を得ている者達は誓約書にもサインしているのだが内容は基本的に許可証を悪用し無闇に接触するのを禁止する不可侵条約である。本来なら詩季に女を一切近づけたくないと思う姉達だが制限することによって互いに牽制させた方が効果的だろうという秋子の判断が採用された結果である。考えた秋子とて臍を噛む思いだったがそこは知性派と自認する身として実利主義に身をゆだねるしかなかったのである。
勿論詩季は気付いていない。詩季は詩季で見慣れない人が必ずクラスに居るのを見ても『人の行き来が多い学校なんだなぁ』程度の印象しか持っていないのであった。
「夏紀お姉ちゃんは明るくて楽しい人でね、家族みんなで楽しもうって大人しい妹も引っ張ってきてくれるんだ」
「うんうん」
急に始まった詩季の語りを邪魔しては駄目だと雰囲気を察して相づちに徹する智恵子。さりげなく辛そうにも見える詩季の背中に手を添える。
智恵子にとって生まれて初めて自分から男性に触れた瞬間であった。その位に男っけが無くもはや背中に手を触れるだけでも智恵子にとっては合法的ラッキースケベである。ウホホと声が漏れそうになるのを堪え、鼻の下が延びそうになるのも必死に抑える。
「秋子お姉ちゃんはいつも淡々としてるけど常に悪戯考えてるような、次は何を言い出すんだろうって思える面白い人なんだ」
「う、うん……暦先輩達は皆に人気あって素敵な人たちだよ」
静寂の中、詩季の声だけが道場に小さく響くのだが、それはいつもの楽しそうに家族のことを話す詩季と同じ人物とは思えない。
「そんなお姉ちゃん達がまさか自分たちの部活を放置して他の部活に乱入して迷惑をかけてるなんてあり得ないからきっと幻だと思うんだ」
その言葉に逃走体勢に即座に入りダッシュで出口に向かう二人の背中に詩季は一言だけ言葉を投げかける。
「正座」
その効果は絶大でズザサァアアアアアッと勢いそのまま二人は瞬時に正座になり道場の畳と柔道着との摩擦で一瞬煙を立ち上らせた。
「あのさぁ」
腰に手を当て呆れた表情で二人の背後に立つ詩季。即座に反転して詩季に向かって土下座する二人。
「ごめんなさい」
「許して下さい」
「何? 何に対して? 何なのかな?」
「申し訳ございません」
「フォーギブ私」
「何について謝ってるの? 幻のお姉ちゃん達は」
秋子のルー語がスルーされたことに滝のように冷や汗を流す土下座ーズ(数日振り2回目)。それは詩季の怒ゲージがコンボ可能なラインまで熱くなっている事を示していた。
もはや無言で土下座を続ける二人。その二人を苦々しい表情で見下ろす詩季。
「幻の夏紀さん、秋子さん」
二人にとっては恐怖の他人行儀が始まった。
「う……川原木」
「熊田君」
詩季の友人に助けを求めるも無言で首を振られた。有無を言わさぬ様子の詩季に二人は割って入る勇気は無かった。
「あ、あの暦君、落ち着いて」
しかし勇者は現れた。否。決死隊が現れた。
「あのさ、先輩達、何でも出来る人だからよく部活に参加して、それが良い刺激になってるんだよっ。だよね、皆!?」
智恵子は必死であった。智恵子が言った事は本当で、幸いにして同じ部活の仲間達はお土産物の牛の置物のように首をこくこくと激しく振った。
流れはどうあれ自分が校内最凶の二人を窮地に立たせる舞台の下地を作ってしまった事に智恵子は焦っていた。ここで何とか詩季の怒りを静めねば己の明日からの生活が危うい、と。
智恵子の必死さに「自分たちの部活を放置して?」という言葉を飲み込む詩季。大人数に注目されているのも気になり大きくため息をついて姉二人に対する追求を諦めた。智恵子の様子に彼女の立場もあるのだろうと察したこともある。詩季はサラリーマン時代に培った『相手の顔色で思考察知(主に怒られないために)』を発動させていたのも姉二人と智恵子には幸いした。
「はぁ。夏紀お姉ちゃん、秋子お姉ちゃん」
「はい! 何なりと!」
「ホワットすれば許してくれるさっ?」
「何故ルー語。とにかく、さっさと自分の持ち場に戻ってやることやる。帰ったら春姫お姉ちゃんに言って怒って貰うからね」
お姉ちゃん呼びが復活した二人は智恵子のフォローが利いたことに驚きを隠せなかった。
そしてその場にいた詩季と智恵子以外の全員が、一般的な男性は同世代の女に諫められると面白くなく下手するとヒステリーを起こしたり汚物を見る目でその相手を見るのが当たり前な生物、という常識が崩れた瞬間であった。
勿論姉二人が驚いたのは怒った詩季がこんなに早く怒りを静めたことに対してである。
「見学って感じじゃなくなってるなぁ」
「まぁ詩季君の無双っぷりは見物だったけどね」
友人二人の言葉に詩季は流石に人前でやり過ぎたと反省するのであった。




