バスケ レッドカーペット
「で、詩季君は男バスが第一候補なのか。あちゃ~」
「あちゃ~って何だよ!」
「おちゃ~」
「玄米茶~」
「昨日の『萌える! お姉さん』面白かったなぁ」
「確かあれって昔のマンガのリメイクなんだよな」
くだらない会話を姉の春姫なみにスルーしつつ詩季は入部届を眺めふと不安を覚えた。
「上手くやってけるか不安だし、一回見学とか出来るかな?」
「問題ないぞ。俺も付いてくわ」
「何なに、部活決まったの?」
話しかけてきたのは先日詩季のパスケースに入っていた家族写真で話しかけた勇気ある女子、友田智恵。
普段であれば詩季に単独で話しかけるのは抜け駆けと他の女子のクラスメートから認識されて殺意の視線を浴びるのだが、この時ばかりは詩季の部活に関わること故に話の断片だけ聞こえた彼女たちは黙認する形となった。
「取り敢えず見学だけしてみよっかなって」
一瞬の静寂の後、詩季に怪しまれないよう外野はガヤガヤと「今日はあったかいねー」「そういえば明日は大安だった」「あ、そうだ今日は月曜日だ」などと適当な会話っぽい独り言を口々に発し効果音に徹した。その様子を呆れたように眺める川原木と熊田。
「どこ見るの?」
「バスケ部」
「へー、そっかー……ところでバスケも良いけどさ、じゅ、柔道部とか、どう?」
「柔道?」
「そそ! 私、柔道部なんだけど柔道も面白いよ?」
友田は詩季から見て確かに勉強よりは運動の方が好きそうではあったがそれよりも友達とワイワイ遊んでいそうな、良い意味で元気な不真面目学生に見えていたので硬派な格闘技経験者というイメージが無く、少し驚いた。
「おいおい男子柔道部なんてないだろ」
川原木がため息混じりに首を振る。
「え、えと、ま、マネージャーとか?」
「君は詩季君をパシってこの学校に居られると思うのかい?」
熊田も苦笑いを浮かべる。意味が解っていない詩季は首を傾げつつも好奇心を刺激される。
「入るのはともかく見学はしてみたいな」
「本当!?」
話題の詩季を何とか連れて来れないか、と先輩にお願いされていた智恵子は駄目元だったにも関わらず良い反応を示した詩季に後光が見えた。
「おいおい! なんであんなむさ苦しい上に汗臭いの見たいと思うんだよおまえは!」
「あはは」
川原木と熊田の反応に智恵子は
「あ、あはは……そりゃそうだ」
と詩季のリップサービスだと勘違いした。
そんなあんまりと言えばあんまりな川原木の言葉と熊田の反応、そして智恵子の言葉に詩季は眉を眉間に寄せ窘める。
「そんなこと無いでしょ。格闘技、格好良いじゃん」
詩季は前世でも格闘技は見ないことも無い、オリンピックでは何となく見るしテレビで放映されていれば見てしまう、ネット動画で話題のシーンなんかは見入ってしまう、というレベルで好きなジャンルであった。勿論自分で実際にやってみようとは思えないが、マンガに影響されてよく電気のヒモに向かってパンチを繰り出していた。
「今日は道場行ってみよっかな。友田さん、邪魔しないから覗いて見ていいかな?」
この言葉に教室内に今度は長めの静寂が訪れた。
「詩季君、僕も付いていくよ」
比較的冷静だった熊田が詩季に同行の意志を示したのだが、彼は彼で夏紀と秋子に責められるのを避けるためという保身故であった。
「楽しみだねぇ」
詩季のニコニコ笑顔に熊田も川原木も「むさ苦しい女どものとこに行くとか変な奴」と驚きを通り越して呆れるのだが、当の本人は「女の子がハァハァ言ってくんずほぐれつ絡み合う姿を堂々と間近で見れる!」と百合スキーとして喜ぶのであった。
「僕も参加出来ないかな?」
寝技だけでも。むしろ寝技だけで良い。
「だから男子は無いってば」
「女子に混ざるよ」
無理なのは知っていての詩季流の冗談である。
この世界でこういったことを言っても男の立場ならセクハラにならない。周囲をからかおうとか笑いを取ろうとかではなく詩季はある意味願望を口にしているだけなのでスルスルと口から出てしまい、ある意味で受け止める側の女子には小悪魔的なトーク術と言えた。
「是非! い、いや冗談っ」
詩季を押さえ込む己を妄想し思わず言ってしまった智恵子は熊田と川原木からのゴミを見るような視線に一瞬で屈服する。
「川原木も来て。下手すると詩季君が無事で済まないよ」
「あー……解った。だけどよ、こいつ一回痛い目見た方が良くねぇかぁ?」
そんな訳にいかないと思いつつも詩季の男としての無防備さに呆れる二人。野獣の檻に子羊を放り込む光景しか二人には想像出来ない。
もっとも詩季にしてみればそれは『痛い目』ではなく『良い目』だとも考えられるのだが当然二人はそういった考えには至らない。
「友田さん、案内お願いしていい?」
「勿論だよ! 暦君が道場に来るなら赤絨毯用意しないと! ど、どうしよう無いよ!?」
「え、うん、そりゃ無いね。仮に有っても絶対その上歩かないからね?」
どこの芸人だ。
「えぇ!? じゃあおんぶしようか!?」
何だその鬼畜な羞恥プレイは。と詩季も引き始めたところで熊田がフォローを入れた。なんだかんだで流れを操ることに長けた男である。
「友田さん、ちょっと落ち着いて。詩季君が行くからって別に普段通りで構わないんだから」
「だが詩季も俺達も見てるだけなのもなんだからお茶とお菓子くらい用意しとけよ」
何を同級生に求めてるんだこの男は、と詩季が咎めようとする。
「解った!」
解ってしまった智恵子の声にガクっと姿勢を崩してしまった。
「あのさぁ」
そんな歓迎を受けるなら申し訳ないので行かない、というと智恵子も慌てて前言撤回するのであった。




