滝 コイン
「今日は滝を見に行きましょう!」
翌日の朝食後、食休みを終えてから節子は宣言した。
「滝?」
昨晩家族風呂でのぼせて気絶という失態に若干落ち込みつつも興味が引かれる詩季。前世では検索してよく滝がヒットしたものである。
「崖とかから水が落ちてくる所さ」
「いや、それは解るけど」
「滝」を検索したのではなく検索した結果「滝」がヒットしたというのはある意味で危険な状況、ネガティブな動機による検索である。樹海や山、滝など自然溢れる場所が往々にして自殺の名所だったりするのだ。前世の詩季は自殺するほど思い切りの良い人間でもなかったので実行には至らなかったが「滝かぁ……展望台から眺めてたらきっと吸い込まれるだろうなぁ」などと変なトリップをしていた。
「まぁパワースポットとかそんな感じ?」
「パワースポットって言うとどうも安っぽいよなぁ」
「行って良い気分になれればそれで良いさ」
改めて昔から有る観光地にそう銘打つと何やらミーハーな印象を聞く者に与えてしまう面も否めない。
「力場、だとかっこいい」
顎に手を当てそう呟く冬美に詩季が同意する。
「おおっ良いね。なんか強くなりそう」
「ちょっと歩くけど滝行も出来るのよ?」
「なんと。やろう」
修行者のイメージだけでやると言い出す長男。
「滝の水は相当冷たいと思うが、大丈夫か?」
「え、やるのか?」
「本気かい?」
「まじ?」
まだ冬ではないとはいえ、非常に寒そうである。
「あー……流れでやりたくなったら、みたいな?」
改めて聞かれるとそこまででもなかったので保留。
そんな会話をしている間に暦家が乗った車は滝が見える展望台に到着。チケットを買いエレベーターに並んだ。
「階段で行く?」
「詩季、結構きついと思うよ」
「今日はアクティブな冗談多いな、詩季」
勿論冗談である。下手なビル程の高さがある展望台の階段を上るのはかなり骨が折れる。
「じゃあ一番のりには僕に出来ることなら何でもやってあげる権利をプレゼント」
勿論冗談である。
「ふっ!」
「くっ!」
次女と三女は階段に向かってスタートダッシュ。肩をぶつけあいながら登っていった。
「気をつけなさいよ~」
馬鹿な子ほど可愛い、と思いつつ注意を促す節子。
「じょ、冗談なのに……なぁ」
あの二人の形相を見た身としては勝者の願いを叶えねばならないと気付き顔が引き釣り笑いになってしまう詩季。
「冬美はいかないのか?」
「無駄」
長姉は末妹に訪ねるが肩を竦める。体力的にも体格的にも勝てる要素が無い。
「春姉さんこそ行かなくていいの?」
「やれば勝てると思うがそれも大人げない」
冬美は口角を少し持ち上げ頷いた。
「階段じゃなきゃダメなんて言ってない」
黒い妹であった。
「なるほど~。それなら私にもチャンスがあるわねっ」
「そこは譲ろう」
「ん」
母想いの長姉と末妹であった。そして悠々自適にエレベーターで一番乗りをした母の願いは「詩季ちゃんと一緒に腕組んでお買い物行きたい」であった。
記念硬貨というものが有る。何かの祭事や式典で特別発行されるものだったり、観光地などで観光客向けに日付や場所など刻印したものが販売されたりなど色々だ。
「ここにたどり着いたという記念にこの硬貨を買おうと思う。勿論、お小遣いで」
「おぉ……僕も」
展望台のエレベーターの目前に設置された記念硬貨自販機に早速目を付けた詩季が財布を取り出した。冬美も詩季の勢いに釣られて財布を出す。
合理性の塊である春姫は「そんな硬貨何に使うんだ?」という言葉を必死に飲み込む。小遣いをどう使おうと口を出すべき話ではない。
「じゃあ私がお金出すから皆の分買いましょう? 記念記念」
「あ、良いねぇ。キーホルダーにも出来るよ」
「首に掛けるのも……かっこいい」
「あ、これ良いね……お風呂とかで錆びないかな?」
「むぅ」
中二病に近い詩季と冬美は苦悩する。キーホルダーが現実的だと頭では理解している。が、首にメダルを掛ける、という行為に引かれてしまう。例え冷静になって見るとダサいとしても、若さとはその場その場に生きて楽しみと後悔をミルフィーユのように重ねて行くのである。和気藹々とした時間を前世では過ごした事が無かった詩季にとっては至福の一時と言えた。
「二人とも、悩むくらいなら全員分両方買えば良いのよ」
「ブルジョワだね」
「さすが成金」
確かに成金ではあるが末妹はなかなか酷い言いぐさである。
「母よ、そういう物でもないだろう。悩むのが楽しいんじゃないか」
流石お母さん、という台詞を待っていたのに予想外に酷い扱いに拍子抜けしたが逆に軽い会話に参加している雰囲気を楽しめた。
「まぁ皆でキーホルダーにしとく? 学校にネックレスとか無理だもんね」
「ん」
二人仲良くイニシャルを選択し一個ずつ作っていく。
「だぁっ! 勝った!」
「くっ負けたさぁ……ハァハァハァ」
汗だくで到達した二人。どうやらスニーカーとミュールの性能差で勝敗が分かれた様だ。
「あ、二人とも。皆で記念硬貨買おうって話してたんだけど」
「お。ネックレスなら銃で撃たれても安心だな。」
「愛しの人の写真が入ったロケットとかの方がそれっぽいと思うのさ」
「変なフラグ立てるな」
※この物語はコメディです。
「詩季の写真、良いな」
「あはは、じゃあ僕は家族写真かな。流石に小さいか。滝の前で皆で写真撮らない?」
詩季の言葉にやっと滝の前まで移動。記念硬貨だって言ってるのだが、部屋に写真を飾るのは何だか心が躍る。結局姉たちは記念硬貨をキーホルダーではなくネックレスにした。
「おぉ! 癒されるかと思ったら割りと興奮してきた!」
はしゃぐ姿を微笑ましげに眺める母と姉達。この世界で言う美少年が柵目一杯に滝に近付く姿はまさに絵画のようであった。ましてや今日の詩季は長姉からのお下がりのユニセックスな白ブラウスと薄いブルーのジーンズで爽やかさが限界突破状態である。ただ単に詩季に服のセンスがなく本人も興味が無いので何も考えず着てきただけなのだが下手に着飾るより詩季の魅力を引き立てたのである。
「まさに目の保養だな」
「秋子、早く撮れ! 今だ!」
「ほいさっロックオンっファイエルっ」
冬美は無言で詩季の背後に回り腰のベルトに掛けるように掴む。
「ん? 冬ちゃんどしたの?」
「落ちそう」
「あれ、冬ちゃんは高いとこ苦手だった?」
「苦手じゃない」
兄があまりに柵から乗り出すようにするものだから心配になった冬美は少し唇を尖らせる。
「そう?」
「苦手ではない」
「うんうん」
「信じてなさそう」
「信じてる信じてる。僕が冬ちゃんを疑う訳ないじゃない。ほら、あそこ見て! ペットボトル落ちてるよ!」
流れで柵と詩季に挟まれるポジションで滝に向かう冬美。滝で冷やされた心地よい冷気と背後からの詩季の体温。不思議な清涼感としっとりとした温もり。それはまさに
「最高」
であった。
「良いよね、滝!」
そんな二人を微笑ましく眺める母。過去を思い起こせばここまで長期間で家族団欒がなされたのは記憶の限り初めてと言って差し支えない。
「素敵ねぇ」
「ちょ、ちょっとそこの君、どこから来」
「あああああああ! 足が滑ったああああ!」
「ひっ!?」
「うむ、見事な回し蹴り、じゃなく足滑りさ」
「華麗さが足らんがその分豪快さと反応速度は素晴らしい。ただ相手によっては隙を与える事になるな」
いつの間にかジリジリと詩季に近付こうとするナンパ女たちを鋭い眼光と動作で牽制する上の娘達に「何をやってんだか」と苦笑いも浮かべたのであった。




