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カバディ 洒落乙

 家族風呂。宿泊する部屋に併設された施設か予約制で男女ともに入浴出来る風呂のことである。


「凄いねぇ」

「ん……かっこいい」


 総檜の六畳ほどの露天風呂は夜になると仄かな暖色の照明に彩られている。


「今夜は雲もなくて三日月なのは風情が有って良いなぁ」

「夏紀姉さんが風情とか、ぷ」

「あ?」

「流石夏紀姉さんさ。キングオブフゼイ」

「あ? バカにしてるだろ?」

「いやいやまさかさ。夏紀姉さんをバカにするなんて無理さ」


 丁度一歩ずつ二人から離れる詩季と冬美。


「ほんとかぁ?」

「本当さ。バカにするまでもなく元々愛すべきバカじゃないか」


 取っ組み合いの喧嘩に発展するパターンである。二人はレスリングの試合のように中腰で間合いを取り合いながら空いている座敷にじりじりと移動する。


「ふっ! ここで会ったが百年目!」

「姉妹でしょ」


 即座に夏紀にツッコミを入れる詩季。


「カバディカバディカバディカバディ」

「がんばれカバディ」


 ボケ専任の秋子を煽るのは冬美。


「あの漫才を昔っから繰り返してるがよく飽きないもんだ」

「二人ともいっつも一緒に遊んでたしねぇ。何気に仲良しよね」

「五月蠅いのが玉に疵だが」

「まぁここは離れだから他の宿泊客に迷惑は掛からないし構わないわよ」

「あはは。家はフローリングだしそう言えばテーブルも何も無い客間みたいな部屋って無いから姉さん達ハシャいでるんじゃない?」

「コドモっぽ」

「末妹に言われてれば世話無いな」


 苦笑しながら妹たちのレスリングを眺める春姫。窓は全開だしよく掃除がなされているので埃っぽくはないので放置する。小学生なら解るが高校生がこれで良いのかと思わないでもないが。

 詩季は詩季ではだける浴衣の年頃の女性二人のあられもない姿を出来るだけ見ないようにしながら、お茶を用意し母と長姉、そして冬美に差し出す。姉二人の姿は是非拝みたいが深夜になるまで自家発電出来る状況ではないのでせめて寝る直前になるまでは下半身を刺激する状況を避けたいのである。己を落ち着かせるように自分のお茶を口に含むと少し落ち着いた。


「冬ちゃん、この饅頭おいしいよ」


 素晴らしい宿で、きっと一人一泊何万円もするような高級宿なのであろう。温泉も部屋も申し分無く、料理も詩季が前世も含めここまで舌が感動する味は無かった。


「ん。美味」


 何気ないやり取りが何故か妙に楽しい。心の底からじわじわとわき上がる、暖かい楽しさ。

 可愛い妹もすっかり自分に警戒心を持たずに隣に座る。あと十センチで体が触れ合う距離。家のリビングのソファーならばそんな距離も抱え込んで撃破するが座敷でそれはお互いに居心地が悪いだろうと諦める。


「買って帰ろうか?」 

「賛成。緑茶も」


 そう言う冬美の湯飲みにはもう緑茶は無かった。猫舌の冬美のために多少冷ましてから渡していたがどうやら大分口に合ったらしい。思えば食後の紅茶はいつも三割位残していた。コーヒーに至っては飲んでいるところを見たことがない。


「あー、そういえばうちって紅茶かコーヒーばっかりだよねぇ。緑茶、有るには有るけど古そうだから新しいの買おうか」

「湯飲みも」

「お揃いで買おう」

「ん」


 仲睦まじい二人を食後と飲酒後の気だるさでもって眺めている節子。その隣に座っていた春姫は神妙な顔で詩季を見た。


「詩季。私は地酒を買って帰ろうと思うんだが」

「ん? 良いんじゃない?」

「料理酒に使わないで貰えると助かる」

「ご、ごめん。気をつける」


 以前の失敗を思い出す。春姫のお気に入りの特別純米大吟醸を肉じゃがに投入した前科があったのである。


「そんなの春姉が酒を台所に置いておいたのが悪いだろ」

「そうさ、春姉さんが悪いさ」

「否定はせんがお前達は私を茶化す時と詩季が関わる時だけ結託するよな」

「んなことねぇよ。学校で誰かハメる時とかも協力するぞ。詩季、俺にも茶くれ茶」


 禄でもない姉妹愛である。


「主に校内の治安維持のためにいじめっ子を虐めて感謝されて名声を高めたり、素行不良な生徒を締め上げて私たちにだけ逆らえないようにしておいて教師の言うこと聞かないけど私たちの言うことは聞くみたいな状況作って教師より発言力高めたりする時に協力する程度さ。あ、詩季君、ミーにもグリーンティープリーズ」


 禄でもない協力関係である。


「何故ルー語」

「あはは、ちょっと待ってね」

「あまり恨みを買わないようにしろよ。お前達二人の評判が詩季にも影響するんだからな」

「解ってるよ。敵はぶっ倒す」

「サーチエーンドデストローイさ」

「売られた喧嘩は買うべき」

「お、冬も解ってるな。流石我が妹。その通りだ」

「私はそういう物騒な事を言ってる訳じゃないんだが。あと冬美に悪いことを教えるなよ」

「春姉さんが在学中の時に作った伝説は今でも語り草さ」

「むしろ草が生えるよな」

「二人とも、その調子で頼むぞ」


 物騒でどことなく愉快な会話に苦笑を浮かべる詩季。大人しいと思っていた冬美に驚きつつもこの世界の女性らしさとはこういうものなのだろうか、と少し納得した。実際冬美は喧嘩一つしたことないが、昼の兄に対するナンパを見て以来何か、この世界で言う『女らしさ』という物に目覚めつつあった。


「そうそう、買うと言えばマンション買おうと思うのよ」

「え?」

「いきなりだな」

「サドゥンリーだね」

「だから何でルー語」

「饅頭、緑茶、湯飲み、酒に喧嘩から随分大きな物に移ったな」


 呆れる子ども達に母は鞄から図面を出した。普通の旅行鞄にクリアファイルごと入れていたので歪んでいるところに節子の性格が見て取れる。


「割と近所でね? 広いしマンション買って移ろうと思って。今の家から歩いて五分位だし」


 広げられた図面と外観図。写真は合成写真のようだが詩季の貧相な語彙で言えば「洒落乙」である。最上階とその下を中二階として繋ぐ構造で、最上階から出られるテラスも有り家庭菜園くらい軽く作れる花壇も有る。


「良いな。近所なら私達も学校変わらないで済むし」

「何だかんだで愛着が有る町だからその方が嬉しいさ」


 遠くでなければ良い、という次女と三女。


「あ、これってショッピングセンターのすぐ近くだよね?」

「歩いて三十秒よぉ」

「うわぁ。買い物が楽になるねぇ」


 買い物の利便性に心躍る。


「冬美ちゃんも良いかしら?」

「安全?」


 引っ越しの理由、その核心にダイレクトに突く冬美。転生した詩季は記憶が無いのでともかくとしても、冬美にとっては詩季に対する強盗致傷はトラウマであった。血塗れの兄を見るのは金輪際お断りだとその目は厳しい光を携えていた


「二十四時間体制で複数人の守衛さん、というかコンシェルジェというのがエントランスに付くのよ。ホテルみたいなものね。勿論世の中絶対とは言えないけど、今よりも凄く安全よ?」


 その言葉に冬美以外の子ども達は息を飲む。母の本気を垣間見た気持ちであった。冬美も母の言葉に安心したようで、頷き合意を示したのに節子も安堵する。


「え、ジムもあんの? やった! これも二十四時間なのか?」

「いや残念ながら利用時間が有るさ」


 夏紀は施設内容を見て歓喜する。


「あー、良いねぇ。マンガ喫茶とか有ったら嬉しいけど」

「それなら近所にネットカフェが有るさ」


 おっさん臭くマンガ喫茶と言ってしまった詩季。


「カラオケも有るな」

「春姉、カラオケはやめとけ」


 夏紀の呆れた口調から、春姫は音痴なのだろうと詩季も察する事が出来た。完璧超人な長姉が音痴だとは流石に想定外だったが、逆に己も巧いとは言えないのでむしろ親近感が湧いた。


「カラオケも有るな」


 大事な事らしく二度言った。


「無駄な努力は止めるべきさ。人生の時間は有限なのだから今ある才能を伸ばすのをお勧めするよ」


 秋子に茶化す様子はなくむしろ悲痛な表情で眼鏡を押し上げ目頭を摘んでいる。余程酷いらしい。


「カラオケも有るな」

「春姉、諦めも大事」


 トドメはまさかの冬美。それも悲しそうな瞳で真っ正面から受け止める春姫は硬直する。まさか姉妹の仲では一番手塩にかけて育て接してきた末妹に諭されるとは予想だにしていなかったのだ。


「春姉さん、カラオケ苦手?」

「ライバルはジャイ子さ」


 某青狸アニメのガキ大将(女)役の名前が飛び出るあたり、もう下手だと言われているに等しい。ジャイ子リサイタルは所謂「ボエ~」な感じである。 


「む……そこまで酷くはな」

「有るだろ」

「有るさ」

「有る」

「有るわねぇ」


 一般的にどこの家庭でも女は女の家族に容赦がない。親まで出てくると流石に泣けてきた。詩季の風呂上がり情報などサービスが過ぎた気さえしてくる程にやさぐれた気分になった。が。


「あ、じゃあ引っ越したら練習しようよ。僕もカラオケ苦手だしレパートリーも変みたいだから普通に無難なの覚えたい」

「し、詩季……良いのか?」

「うん、練習楽しみだねぇ」

「ああ」


 詩季が転生する前まではこんなフォローは一切無かっただけに春姫は感無量である。


「俺も俺も」

「私も私も」

「僕も」

「お母さんも接待とかで歌う機会有るから練習しなきゃ」

「春姉さん、一回二人で練習してからみんなで行こうね?」

「はっ?」

「なっ?」

「えっ?」


 悪意は感じられなかったが前向きな春姫に対し滅多打ちだったことに少し苛ついた詩季は他の家族に意地悪をする。母と他の姉妹たちは自分と行きたいのであろうことは当然気付いているので少しだけお預けを宣言したのだ。


「あら。しくじったみたいねぇ。ま、引っ越したらみんなで色々やりましょうね。さてお酒も抜けたし露天風呂入るわ」


 苦笑いを浮かべタオルを手に取り節子は立ち上がった。


「背中流そうか?」


 詩季は深夜の自家発電ネタを得るべく申し出てみた。母とは言え、詩季は節子を性的対象に出来てしまう。美魔女な節子の裸は是非拝みたいが覗くのは論外である。故に堂々と見るという割りとゲスい発想であった。



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